世界はこんなに美しい6 [ 1/3 ]

夜の帳が降りたマリージョア。
出航を無理に遅めてまで会いに行った男は、スモーカーにとって人生最大の敵になった。

ずっと想いを寄せていた相手。
出会った時から守りたいと思っていた。
しかしどうやら、その手を掴むのは自分ではないらしい。

それが、ようやく、理解できた。


【世界はこんなに美しい6】


乾いた右手がテーブルから葉巻を取り上げる。
火をつけるまでの一連の動作を、スモーカーは何も言わずに見ていた。
吐き出された煙の揺らぎは次第に広がりながら彼の元にまで漂ってくる。
自分のものとは銘柄の違う葉巻。
スモーカーと居る時の**が時折、物憂げな表情をしていることがあった。
あれは、自分の葉巻を通して、クロコダイルのそれを思い出していたのかもしれない。
その想像は思った以上にスモーカーの心を抉った。

苦々しい心境のまま、灯る灯を見つめる。
不意に、クロコダイルが顔を上げた。
三白眼は揺るぎをみせない。

「自分の女がどうしてああなったかくらい、知らなくてどうする」

クロコダイルの言葉に、スモーカーは身体中の力が抜ける思いだった。
**は、奴にそこまで話したらしい。
スモーカーでさえ、知ったのは数ヶ月前だったというのに。
それもサカズキづてにだ。

最近、**は不思議に思う行動もあったが、やけに機嫌の良い日が増えていた。
サカズキはそれをかなり喜んでいる。
あの部屋に居させるようになってからほとんどの出来事を愛想笑いで受け入れるようになった姪を心から心配していたのだ。
その分、思いはひとしおだったはずだ。
まさか…それが全てクロコダイルの存在故だったとは、夢にも思わないだろう。

あの2人は、愛し合っている。
スモーカーが付け入る隙など、微塵もないほどに。

約1年ほど前、急に部屋に置き始めたコーヒー。
自分のためだと言われて、一時は喜んだことを思い出す。
しかし、それが嘘だと、スモーカーはすぐに気がついた。
世話人の話では、自分と2人の時にしかコーヒーを飲んでいないとのことだった。
それなのに、豆の減りが早いように感じたのだ。
コーヒーと共に置かれるようになった新しいカップ。
ひっそりと隠すように置かれていたそれに、スモーカーは別の誰かが来ていることを疑い始めた。

きっと、女ではない。
直感でそう思った。
それが間違いであってほしいと願った。
何度か確かめようとした言葉は、向けられる**の笑顔の前では出すことができなかった。
嫌われることを恐れた不甲斐ない自分に何度歯噛みしたかなど、もう覚えていない。

今日、部屋を訪れた時、最初から違和感があった。
**は服を着替えていなかった。
目が見えなくとも、あの部屋であれば日常的な動作は1人でできる。
役人と会うための服はよそ行きのもので、動きにくいデザインだった。
帰ったらすぐに日常のものに着替えるだろうと思っていた。
それが、まず1つ。

次に目についたのは、満たされたコーヒーカップ。
**は数ヶ月前からやけにコーヒーを好むようになっていた。
部屋に置き始めてからの月日を考えれば、不思議なことではない。
しかし、飲みたくて入れた割りには、カップに残る量は不自然だった。
2杯目だとしても、**のペースで飲んでいたにしては、やけに冷めているように見えた。

そこまできて、スモーカーは3つ目の違和感に気づく。
**の口紅が落ちていたのだ。
コーヒーを飲んだのだとすれば不自然でもない。
しかし、その肝心のカップには口のつけられた跡がなかった。
**はカップについた口紅をそのままにはしない。
客人と会う機会も多いため、その辺りのマナーは身につけさせられたと苦笑いしていたくらいだ。
それにしても、テーブルの上のカップは綺麗すぎた。
やはり、飲んでいないのだ。
なら何故、入れたのだろうか。
一瞬で答えは出た。

この部屋に、誰か来た。
コーヒーを好む、スモーカー以外の誰か。
そして、そいつは男だと、スモーカーはこの時に確信した。

着替えなかったのは、普段着でなくよそ行きの服で会いたかったから。
口紅が落ちたのは、口づけを交わした証。
それに気がついたのだ。

クロコダイルだと知った瞬間は、心臓が止まりそうだったと他人事のように思う。
何故、よりにもよって七武海の人間なのか。

この事実は、隠しておかなければならない。
例え、あとに自分が罰を受けることになってもだ。
それが**のためであり、自分の気持ちへのけじめにもなるとスモーカーは思っていた。

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