世界はそんなに美しいのか(前編) [ 1/5 ]

彼女は「世界はとても美しい」と言う。
耳と肌と、光を受けない瞳であらゆるものを感じて微笑む。

ダズにはその言葉が理解できない。
少なくとも、彼の見てきた世界は、全くもって美しくなどなかった。
生きてきた世界が違うのだと言われればそれまでだが。

それでもやはり、疑問は残る。
開かない瞼の奥で彼女が何を見ているのか。
他人に陥れられ、視力と自由を奪われた過去を経て尚、何故そんなことが言えるのか。

正直なところ、ダズは彼女が苦手だった。
初対面でその言動に驚かされて以来、近くに居るとどうにも落ち着かない。

クロコダイルが新世界での拠点を定めるまで、ダズの主な仕事は彼女の警護だった。
彼女はクロコダイルの恋人であると同時に、海軍の現元帥サカズキの姪だ。
そういった立場の重要性から、クロコダイルが腹心のダズに警護を任せたのは当然のことと言えた。

警護そのものは容易かった。
彼女はほとんどの時間を専用の船室で過ごし、部屋を出たとしても行き先はクロコダイルの元だった。
船外どころか甲板に出ることさえ稀だったが、その際には必ずクロコダイルが側に居て、「2人にしろ」と追い払われることもしばしばだった。

思った以上に警護の負担が少なかったことは、逆にダズを困惑させた。
彼女は自分の部屋ならば、まるで目が見えているかのよう生活する。
本当に見えていないのか。
確かめたい気持ちに駆られることもあった。
しかし、疑問を口にする前に「何度疑っても一緒よ」と柔らかに微笑まれて、その度にダズは言葉を呑み込んだ。

彼女は、些細な仕草や言葉からを相手の心理状態を的確に読み取る。
知られて困ることなど何一つないが、それでも心の奥底までを見透かされているような感覚に慣れることはない。

拠点となる島を手に入れて早数ヶ月。
警護の任を離れてからが、更なる試練の始まりだった。
どんなに足音を潜めても、息を殺しても、彼女は当たり前のようにダズの気配を感じ取る。
部屋の前を通りかかるだけで顔を出され、何をしているか問われた。
ほとんどは「仕事中です」とか「ボスの用事が」で済んだが、稀にある暇な時間には必ずお茶に誘われる。
今のところ「やりたいことがあるので」と切り抜けてはいるが、嘘が露見するのも時間の問題だ。
先日、クロコダイルから「やりたいこと」の内容について問われたのが、その確信の根源である。
彼は部下のプライベートに口を出す質ではない。
言葉にこそされなかったが、疑問の出処が彼女であることに間違いはなかった。

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