だからこの気持ちは全部が間違い




 ズードリームランド。動物をモチーフとした遊園地らしく、森や、サバンナなど自然を模した造形が派手に目を引く。綺麗なお城や、おとぎ話に出てきそうな可愛い小屋もたくさんあって、日曜日なだけあって人は多い。
 来るのは初めてだったけれど、家からそこそこ近いし、名前はよく聞く。いつだったか両親と行く約束をしたけれど、急な仕事が入って行けなくなってしまったこともあったな。こんな形で来ることになるとは、と、少しだけ感慨深い気持ちになる。

「ん、チケット」
「あ、ありがと。いくら?」
「いいよそんなの」
「え!?良くないでしょ!電気お小遣いいくら貰っても多趣味のせいですぐ使っちゃうんだから!スケボとかヘッドフォンとか時計とか欲しいのたくさんあるんでしょ?こんなところで使ったら勿体ないよ」
「いーんだって。勿体なくねぇよ、お前のために使うのに」

 う、と、僅かに身を固くして、思わず仰け反る。なんか、今日、変だよ。ワンピースの件と言い、セリフがクサイというか、恥ずかしくなるようなことばかり言ってくる。
 ああでも、これはデート……なのだから、男の電気に甘えておいた方がいいの?申し訳ないし納得できなかったけれど、電気の性格を考えて、しぶしぶ折れることにする。

「……あ、ありがとうございます」
「なんで敬語」

 ふは、と漸くいつも通りの笑顔を見せてくれて、安心する。良かった。せっかく遊園地に来たんだから、楽しみたいよね。うん、せめて払ってくれたお金の分くらいは、電気を楽しませてあげよう。私ができるのは、それくらいだ。

 家族連れで賑わう園内は、動物の被り物をしている人でいっぱいだった。ズードリームランドというだけあって、遊園地というよりも動物園を彷彿とさせる。
 入口にある広場の、邪魔にならないところまで手を引かれて、ここでちょっと待ってろ、と言い残し、電気は走ってどこかへ行ってしまった。飲み物か何かを買いに行ったのだろうか。
 特に何かをするわけでもなく入園してくる人の波を眺めていると、目をキラキラさせてはしゃぐ子どもを中心に、一組の家族が手を繋いで楽しそうにしている姿が目に入った。ああ、幸せそうだな。ああいう光景は、見ていてこちらも嬉しくなる。私自身が家族と来ることは叶わなかったけれど、こうやって電気と二人で来られた。……これが、良いことなのか、悪いことなのかはわからないけれど。
 幼なじみと遊びに来るっていう名目なら、きっと余計なことは何も考えなかった。いつも通りの服装。いつも通りの態度。それで良かったのに。これが、デート、となってしまうだけで、こんなにも世界は変わって見えるのだから複雑だ。

 あの家族の、お父さんが電気だとして、隣にいるお母さんは、きっと私じゃない。

 そう思うと、少しだけ、本当に少しだけ。今まで感じたことがない胸の痛みを感じた。

「おまたせ」

 突然側頭部を撫でられるような感覚に襲われ、ぎゃあと悲鳴を上げる。痛くはないけど、ぞわっとした。なんだろう。こう、カチューシャをする時のような感じで……。

「……カチューシャ?」
「動物の耳がついた、な」

 せっかく差してくれたのをわざわざ取るのはしのびなくて、後ろを振り返る。お店の窓ガラスが反射して、なんとなくだけど今の自分の姿が見えた。

「う、うさみみ……」
「バニーガール最高!」

 ぐっと親指を立ててヘラヘラと笑いながらバカなことを言う電気の頭にも、色がちょっと違うだけでお揃いの、うさぎの耳が生えていた。に、似合う……!なにそれ……か、可愛い……!!

「何にしようか迷ったけど、なまえに似合うのこれだなって思ってさ。うん、服と合ってるし、すげぇ可愛い」

 ほら、また、可愛いだなんて。
 何度言われたって、好きな人からそんな風に褒められて、嬉しくないわけがない。普段全然そんなこと言わないのに、慣れるわけもない。
 わかりやすいのかなんなのか、高鳴る心臓と共にすぐに顔に熱が集まる。絶対コレ、顔赤いのバレてる。

「……なまえってさ、そんなに顔に出やすかったっけ。今日、すぐ真っ赤になるよな」
「だから、朝も言ったでしょ……。電気、普段そんなふうに褒めてこないじゃん……」

 私の言葉を聞いて、電気は目をぱちくりとさせた。そして意味深な表情の後、そうだっけ、なんて苦笑を漏らす。そうだよ、と言葉を発する前に、まるで誤魔化すみたいにして電気は「そんなん今はいいじゃん!」と私の手を引いて歩き出した。

「行こうぜ、デート楽しまねぇと!」

 うさぎの耳の効果なのか、電気はやけにはしゃいでいて、その姿がなんだか、年齢よりもさらに若い子どものように見えてしまう。
 さっきは通りすがりの父親に当てはめて、勝手に悲しい気持ちになってしまった。けれどこうやって見てみると、父親というよりも本当に子どもだ。未就学児くらいの。失礼なことを考えてしまって、本人に気付かれないようにくすりと笑う。

 ……きっと、私が、意識しすぎてるだけなんだろうな。

 電気は私のことを好きじゃない。意識なんてしてない。そうじゃないと、他の女の子を気軽にデートに誘ったりするわけないもん。今日は特別だけど、私の容姿を褒めたりする事は普段全く無い。他の女の子のことは頻繁に褒めるけど。私には、ない。
 私たちは本当に小さい時から一緒にいた幼なじみだから。きっと電気は、女の子として見てくれてないんだろうなって思ったの。
 仲のいい、女友達。電気がそんな風に思っているなら、同じようにそう思うことにしよう。
 電気が私を求めてくれる限り、いつでも側にいて、助け、守ってあげよう。
 必要じゃなくなる時がきたら、潔くこの関係に別れを告げよう。

 私たちのこの関係に、恋愛感情は必要ない。

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