久しぶりの休日に、私の財布の紐は随分と緩くなってしまったようだ。ブランド物の紙袋を両手いっぱいにぶら下げて、気分良くヨコハマの街を歩く。
その時数メートル前に、すっかりと見慣れた鳶色の外套を着た長身男性の姿を見つけた。重たい荷物を持ってもらおうかと思い、駆け寄った。
しかし、私の足は静かに止まる。太宰は赤い着物を着た女の子に掴まれると、そのまま姿を消した。「見付けた」その女の子は確かにそう言った。
「うーん。放っておこう」
どうせポートマフィア関連だ。太宰の事だから自力で帰って来れる。それにアレは芥川の仕掛けで間違いない。太宰が芥川にやられる事はまず無いと思うが、仮にやられたとしても死にたいのだから本望だろう。
「そういえば、敦君に懸賞金掛けたのって誰だろう」
すっかり忘れていたけど、敦君は動く大金なのだ。本部の書類の中になら一つ二つは、懸賞金を掛けた人のデータがあるだろう。散歩がてら久しぶりに行ってみようか。
とりあえずこの荷物を置きに家に帰ろう。ヒールを鳴らしながら、私はアスファルトを蹴った。
※
「どうも、こんにちは」
「こ、こんにちは…?」
四年振りになるポート・マフィアの本部は、変わっていないようで随分と変わっているようだ。まず、私を知っている構成員がいない事。素顔を晒しているにも関わらず、誰一人私を呼ぶ人はいない。改めて月日の流れを感じた。
その時、一つの気配を感じ物陰に隠れる。殺気立ったそれは芥川のものだ。こっそりとその姿を見ると、随分と苛立っているようだった。
彼が来た方向は確か…。私は芥川の気配が完全に消えてから、彼が来た方へと歩いて行く。いつも自分が手を出していた場所で、手を出されるのはどんな気分なんだろう。
そんな事を考えて、血が疼くのはもう仕方ない事だ。長年黒に染まっていたのだから、そんな直ぐには白くなれない。
※
階段を降りていくと、それはそれは賑やかであった。セメントの壊れる音が、ひんやりとした地下に響いている。どうやら先客がいるようだ。まぁ、大体誰かは理解出来るけれど。
私のヒールの音は、"二人のじゃれ合い"によって掻き消される。気配も消しているから、私の姿には気付いていないようだ。階段上から、ひっそりと二人を見る。随分と白熱した再会をしているようだ。
体術では勝てない事は、誰よりも太宰が知っている。その言葉通り、太宰は鈍い音を立てて壁に打ち付けられた。骨の一本や二本は持っていかれただろう。
「マッサージにもなりゃしねえ」
久しぶりに聞いた声は、最後の記憶のものと変わっていなかった。そういえばむかーし昔、此処でキスした事があったなあ、と思い出す。今思えばよく、こんな場所でしたもんだ。若さとは実に恐ろしい。
「最後に教えろ。態と捕まったのは何故だ」
あ、やっぱり態とだったんだ。と一人で納得する。太宰はいつでも異能力を無効化出来るし、こんな手枷なんて簡単に解ける筈なのだから。どうせ太宰がここにいるのも、私と同じ理由だろう。
「一番は、敦君についてだ」
矢張り、そうだった。私みたいに直接訪問すれば、あんな痛い目に会わなかったのに。帰ったら晶子ちゃんコースだ。ご愁傷さま。
そこから二人の会話は長かった。半年振りに帰ってきたら太宰がいたとか、明日五大幹部会があるだとか、太宰が手紙を送っただとか。
ここ迄の話に興味が無いかと聞かれれば嘘になる。でも今の私には不必要な情報であり、利用する価値は無い。強いて言うなら、さっきまでとは形勢逆転している事が見所である。
「久しぶりの再会なんだ。この位のサプライズは当然だよ」
太宰はいつも通りに笑顔を作った。私がマフィアにいた頃、太宰は良き同僚であり、誰よりも苦手な相手であった。"マフィアを動かす計画を練るのは私であるのに"勝手に太宰が行動するのだ。そのせいで、何度作戦を練り直した事か。
二人に気付かれないようにあくびを零す。そろそろ終わるだろうか。正直"敦君の様子も気になる"けれど、向こうには必要な人材は揃っている。だから私一人いなくたって、大したことではない。
「人虎がどうとかの話なら芥川が仕切ってた。奴は二階の通信保管所に記録を残している筈だ」
眠たくなっていたひとみが、ぱ、と開く。まあ、予想は付いていたけれど。舌打ちが聞こえた後、コツコツと革靴の踵の音が聞こえた。どうやら、やっと終わったようだ。
少しずつ階段を登る音がする。それに隠れるようにして、私も同じリズムで階段を降りる。するとそれはぴたり、と止まる。けれど私の足は動いたままだ。
「二度目はなくってよ!」
その声と同時に太宰の笑い声が響いた。思わず私は足が止まる。そして階段を登ってきた"彼が"怒りを露にしながら、こちらを向いた。しかし私を見ると大きく目を見開き、明らかに動揺を表していた。
「…、な、んで、ここ、に」
「何?中也って私と別れてからオネエに目覚めたの?軽くショックなんだけど」
もしかしたら出るタイミングを間違えたかもしれない。以前付き合っていた人が、真逆オネエに目覚めていたなんて知りたくもない事実だった。
「やぁ、名前。そろそろ来ると思っていたよ」
「好奇心で来るんじゃなかった。最悪」
巻かれた髪の毛を弄りながら、私は呆然として突っ立っている彼の隣を通り過ぎようとした時だった。ぐっ、と手首を掴まれる。離すのは簡単だけれど、久しぶりに付き合ってもいいだろう。
「おい、名前。言いたい事は山程あるが、一つだけ聞く。ポート・マフィアを抜けて何処ほっつき歩いてんだ」
「ヨコハマ市内」
「…あんなメモ一つで終われると思ってんのか?」
私の手首を掴む力が強くなる。ちびの癖に相変わらずの馬鹿力だ。彼の――中也の瞳が私を映す。私は掴まれた手とは逆の手で、中也の襟元を強く引き寄せた。唇が付きそうなくらい、顔が近付く。
「忘れられないくらい、良い女でしょ」
そう言うと、私の手首を掴む力が弱まった。その瞬間を狙い、私は中也から離れる。少し赤くなった手首を摩りながら、太宰の元へ行く。その間、私は振り返らない。今一体、どんな表情をしているのだろうか。知りたい、でも知りたくない。
2018/04/12