09

――『超推理』


それは乱歩さんが社長から譲り受けた、特殊な眼鏡を掛けることによって発動する、彼の異能力だ。こうなった乱歩さんに六十秒も必要無い。瞬きを数回すれば、乱歩さんは「なるほど」と小さく呟いた。


「犯人が判ったのか?」
「勿論」


すると箕浦さんは喉を鳴らし笑った。「どんなこじつけが出るやら」その言葉はまだ、乱歩さんの能力を信じていない事が理解出来る。たったあの一瞬で、乱歩さんはこの事件の全貌が分かったと言うのに。

「犯人は誰だ?」その言葉に乱歩さんの綺麗な指が動いた。その指が示す人物を見て、一同が硬直する。私は乱歩さんの後ろで、思わずニヤけそうになる口元に気づかれないよう、姿勢良く立つ。


「犯人は君だ」
「は―――?」


乱歩さんが指を指した人物、それは杉本君であった。彼はとぼけた表情をした。するとすぐに箕浦さんが、お腹を抱え笑う。杉本君は警官であり、自分の部下だと主張する。だが、それは殺人犯で無い事とは何ら、関係が無い。


「杉本巡査が、彼女を、殺した」


ゆっくりと、皆に言い聞かせるように、乱歩さんは口を開いた。それからすぐ、また箕浦さんが乱歩さんに食って掛かる。だが乱歩さんはそれを華麗に交わす。こうなった乱歩さんを止める人は、誰も居ない。


「それに云わなかったっけ?『どこに証拠があるかも判る』って」


そう言い乱歩さんは一言「拳銃貸して」と杉本君に言った。だが彼は一般人には貸せないとの一点張り。「探偵って奴は口先だけの阿呆なのか?」箕浦さんは杉本君を庇いながら言う。


「その銃を調べて何もでなければ、僕は口先だけの阿呆って事になる」


ニコニコと、いつも通りの笑みを零しながら乱歩さんは言った。すると箕浦さんは溜め息を付いた後、「杉本、見せてやれ」と言う。だが、それに対し杉本君は躊躇している。


「これ以上時間を無駄には出来ん。銃を渡してやれ」


それは自分の部下を信じているからこその発言だ。だが、杉本君は指一つ動かさない。乱歩さんが口を開くが、その言葉は箕浦さんには届いていないようだ。俯いたままの杉本君に、箕浦さんは少しずつ顔を青くしていった。


「彼は考えている最中だよ。減った三発分の銃弾について、どう言い訳するかをね」


矢張り、乱歩さんは格好良い。私がそんな事を考えている間にも、箕浦さんは必死に杉本君を庇っていた。早く銃を渡せ。そう怒鳴りながら言う。

すると杉本君の手が動く。同時にカチッと音が聞こえた。何時もなら私の仕事だが、今日は折角新人アシスタントがいるのだ。杉本君が銃口を乱歩さんに向ける。


「行け、敦君」


そう言った声も、敦君の背中を押した手も、太宰と被ってしまった。「止めろ!」低い声が響く。私達に押された敦君は、見事銃の軌道を変え、杉本君を取り押さえる事に成功した。今日は帰りにアイスクリームでも奢ってあげよう。


「僕は関係ない!」


杉本君の叫び声が聞こえた。地面に顔を近付けた彼に近付き、片膝を立てしゃがんだのは乱歩さんだ。「逃げても無駄だよ」そう言うと、乱歩さんはすらすらと犯行時刻、そして場所まで正確に答える。それに対し、杉本君は動揺して声を荒げた。


「そこに行けばあるはずだよ。君と、被害者の足跡が。消しきれなかった血痕も」


今回も乱歩さんの推理は見事であった。そう、瞬きをするのも惜しいぐらいに。杉本君はただただ動揺していた。箕浦さんは静かに、彼に手錠を掛けた。一体、どんな気分だろうか。





警察署の取調室の隣の部屋。私はそこから様子を見ていた。「撃つつもりは…なかったんです」杉本君のその言葉は本当だろう。今にでも消えてしまい方なほど、繊細な声であった。

どうやら今回の事件の被害者、山際さんは政治家の触れては行けない所に触れてしまったようだ。しかしそれを消そうと思ったのが政治家に雇われた警察のスパイ――杉本君である。

試験に落ち続け弱った所に議員に声をかけられ警察になった杉本君に、拒否権はなかったのだろう。だが、杉本君は彼女を殺すつもりはなかった。寧ろ、助けてあげたかったのだ。

しかし彼女は正に、正義の塊だったのだろう。結局、杉本君の必死な説得に応じず揉み合いになった結果、銃弾が彼女に向かって飛んでいったのだ。

硝子の向こうでは、言葉では言い表す事の出来無い空気が流れている。「…酷い話ですね」口を閉じていた敦君が言った。それに対し、私も太宰も口を開かない。

その議員も山際さんも杉本君も皆生きていく為に、それぞれの力を使った結果がこれなのだ。何が正しくて、何が悪いのか。私には良く分からない、そう思ってしまうのは矢張り、私自身が黒に染まっているからだろうか。


「…世話になったな」


警察署の玄関口で、小さく箕浦さんが言った。私は乱歩さんより一歩下がったところでその様子を見守る。恐らく箕浦さんにとって、今回の事件は深く心に刻まれる事だろう。





「乱歩さん、今回もお見事でしたね!」
「勿論だよ。僕に解けない謎があると思うかい?」
「無論、ございません!」
「その通り!」


ルンルン気分で鼻歌を歌いながら机に座り、お菓子を食べる乱歩さんの隣で、私は今日の事件の提出書類を仕上げていく。事務仕事が全く出来無い乱歩さんの代わりをするのも、私の仕事である。


「名前」
「なん、っ、ぐ」
「今回はどの時点で犯人が分かったの?」


乱歩さんは私の口に無理矢理お菓子を入れ込んだ。私はそれを一生懸命、喉に流しこむ。それを食べ終わった後、私は静かに深い呼吸をしてから「"偽装の為に遺骸に二発も撃つなんて"のところです」と答える。


「ふーん、割と早い段階だね」
「でも犯人を特定出来ても、それ以外は乱歩さんの推理を聞いて理解しました」
「そうじゃないと、僕が必要無くなるじゃないか」


乱歩さんは変わらずお菓子を食べ続ける。今、事務所には私と乱歩さんしかいない。私達の会話が無くなると、呼吸音が聞こえるまでに静まり返る。


「僕ほどじゃないけど、本当に頭が切れるよね」
「ありがとうございます」
「…前の職場でも、重宝されてただろうに」


そう言った乱歩さんの表情は悪戯っ子のようだった。にこりと笑いながら「そりゃあ、もう」と答えれば乱歩さんはお腹を抱えて笑う。


「僕は君が仲間になってくれて良かったと、心底思っているよ」


その言葉に私は一言「光栄です」とだけ答えた。彼が、乱歩さんが実際どう思っているかは分からない。けれど、人の口から出た言葉が、私にとっての真実となるのだ。


2018/04/12