今日の武装探偵社も、いつもと変わりなく賑やかだ。肩で息をする程までに呼吸を乱した敦君が「同棲なんて聞いてませんよ!」と大声を出す。しかし太宰はけろっとした表情で「家賃折半が財布に優しい」と言った。
そんなやり取りを右から左に聞き流しながら、提出しなければならない報告書を淡々とこなしていく。国木田君に早く報告書を出せと言われている太宰は、マフィア時代と何一つ変わっていない。あの頃は太宰の代わりに報告書を制作するのもしょっちゅうだった。
「好い事考えた!」そう言うと国木田君にじゃんけんをしようと言った太宰の魂胆はバレバレである。すると今度は真面目に机に向かっている私の肩に手を回し「ねぇ、名前。良い話があるんだけど」と言うので、額を思いっ切り叩く。
「自分の事は自分でやる」
「えー。昔の名前はあんなに優しかったのに!」
「もう昔じゃないからね」
額を押さえながら唇を尖らした太宰はブツブツ文句を言う。けれどその後すぐ「敦君。今日は君に報告書の書き方を教えようと思う」と格好つけながら言った。一気に仏頂面になった敦君だったけれど「君にも関わる話だよ」の一言に、私のキーボードを打つ手は止まった。
「君に懸賞金を賭けた黒幕の話だ」
太宰の言葉で私ははっきりと手を止め、彼を見る。すると太宰の瞳と一瞬混じり合うと、それはすぐに敦君に向けられた。「判ったんですか!?」敦君の声は明らかに動揺が見え隠れしていた。
「出資者はギルドと呼ばれる北米異能者集団の団長だ」
――ギルド。その単語に私の脳裏で一瞬にしてギルドに関しての情報が溢れ出てくる。しかし何故また、ギルドなんて面倒なものに目を付けられてしまったのか。敦君の不幸体質は今に始まった事では無いけれど、可哀相にも程がある。
その時、谷崎君が血相を変えて事務所に飛び込んできた。「た、大変です!」その言葉には焦りと動揺が溢れていた。すると外からヘリコプターの羽が回る音が聞こえてくる。一斉に皆が窓辺に向かう。私は遅れる事数秒、太宰の隣に立った。
ヘリコプターから降りてきたのは男性二人に女性一人。恐らく一番最初に降りてきたのがギルドの団長だ。こちらを見上げた鋭い瞳は、私達を視界に映すと厭らしく笑った。
「先手を取られたね」
珍しく焦った様に太宰が言った。こんな表情を見たのはいつ振りだろうか。気付けば無意識に太宰を見つめてしまっていたようで「こんな時に私に見惚れているのかい?」と言われ、その額をまた思いっ切り叩いた。
※
目の前には先程、ヘリコプターから降りてきた三人がいる。私は社長の後ろでギルドの様子を見る。ここまで来たということは、何かしらの交渉に来たのは間違いない。目当てが敦君なら、彼を捕りに?いや、そんなチンケな事はしない。何時でも大胆な行動をするのが、ギルドの特性だ。
「フィッツジェラルドだ。北米本国でギルドという寄合を束ねている」
机の上に出された名刺を遠目から見る。フィッツジェラルド。その名は聞いたことがある。複合企業を三つ、ホテルを五つ、そして航空会社や鉄道運営など様々な事に手を出している大富豪だ。
「貴君は懸賞金でマフィアを唆し、我らを襲撃させたとの報が有るが、誠か」
社長の言葉には小さく怒りが込められていた。しかしこのフィッツジェラルドという男には分からなかったのか、それともただ気付かない振りをしているのか。笑顔を見せると「この国の非合法組織があれほど役立たずとは!」と返した。先日の芥川による敦君の生け捕り失敗のことを指しているのだろう。
「謝罪に良い商談を持ってきた」
指を鳴らすとフィッツジェラルドの後ろにいた男が銀色の鞄を取り出す。この男の事だ。中身は推理しなくても分かる。それは開けられると、溢れんばかりの大金がぎっしりと並べられていた。
「この会社を買いたい」
社長の肩が揺れた。しかしこの男が、この会社の為に金を出すのか。これ程までの大富豪ならば、必要ないはず。それなら何か目的か――その時、はっ、と思い付き「異能開業許可証、」と小さく呟いてしまった。するとフィッツジェラルドは厭らしく笑った。
御託を連連と並べるフィッツジェラルドに対し、社長は一言「断る」と言い切った。けれどそれでも男は懲りず、自分の腕時計もつけると言い出した。金で解決できる問題では無い。このフィッツジェラルドという男は、金でしか解決出来ない男なのだ。
普段あまり感情を露にしない社長が怒っている。それは背中越しでもはっきり分かる。二人のやり取りを聞きながら、フィッツジェラルドの後ろにいる二人を見る。すると女の方と目が合い、にっこりと微笑んで見れば、まるで殺すぞと言わんばかりに睨んできた。
「だがいくら君が強がっても社員が皆消えてしまっては会社は成り立たない」
まるでその言葉を強調するように、ゆっくりと言った。何かが引っかかる。しかし社長の一言により、ギルド達はこの場を後にした。社長はゆっくりと湯呑を手に取った。「また来る」フィッツジェラルドはそう言った。
「お送りします」
そう言って顔を見せたのは賢治君だった。にっこりと微笑めば、賢治君も返してくれる。先ほど気になったあの言葉は、気のせいだったのだろう。けれど最後に「俺は欲しいものは手に入れる」と言い残し、姿を消した。
静まり返った社長室。「苗字、貴殿は何を感じた」そう聞かれた。今得ている情報は小指ほどだ。これが役に立つかなんて分からない。
「一言言えるのは、彼らは近日中に何かしら仕掛けてきます。きっと私達が怒り狂う程の事を…っ!」
その時、フィッツジェラルドのあの言葉の意味をやっと理解した。「社員が皆消えてしまっては会社は成り立たない」そうか、それは…!私は一目散に賢治君の後を追った。こんな時ばかりは馬鹿みたいなヒールの高い靴を履いている自分を恨む。踵が床に当たり、ビル内に甲高い音が響く。
エレベーターはもう動いていた。私の異能で止めることは出来るが、怪我人を出すのは本意では無い。転げ落ちるように階段を降りていく。邪魔な靴は脱いだ。見た目なんかより、私は賢治君の事が、命が心配だ。
「っ、賢治君…」
遅かった。私が降りた時、そこには賢治君のトレードマークともいえる麦わら帽子が落ちていた。それを優しく手に取る。止めどなく涙が溢れる。私はまた、仲間を失ってしまうのだろうか。
「泣くな」
誰かが私を後から抱きしめる。その声も、この香りも知っている。知らないのは温もりだけだ。滲む視界に、少し癖のある黒髪が見え隠れした。
2018/05/03