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「残ったのは四人だけ?」その声はとても不服そうであった。普通の人間なら逃げるのが当たり前だ。私だって理由がなければそうしていた。それが出来ないからこそ、今ここにいる。

しかし、私には少々居心地の悪い空間だ。何も知らない敦君が、首領に優しい言葉を投げかける。けれど返ってきたのは「女の子を探しているんだ」その言葉だった。恐らく、いや、確実にエリス様の事だろう。自分の異能で作り上げた幼女にまだお熱のようだ。

敦君と首領の会話を盗み聞きする。あくまでも首領は“何も知らない一般人の振り”をするらしい。目的は敦君の見極めで間違いないだろう。首領が何も知らないのなら、私も彼について“何も知らない”のである。


「ルールは簡単よ!」


モンゴメリは本当にただのゲーム感覚のようだ。それで何人もの人の行方をくらませている。それがどんなに罪深く、人を傷付ける事なのか、こいつは知らないのか。怒りを抑え込むように、拳を強く握る。長く伸びた爪が掌に食い込む。

鍵でドアを開ければ勝ち、そう言っているけれど、どうせあの鍵にも何かしらの仕組みがある事なんて丸分かりだ。鍵穴が閉じるか、もしくは鍵が変形するか、だろうか。口の止まらないモンゴメリを静かに観察する。


「それで、参加されるのは誰?」


その言葉に返したのは谷崎君だ。「三人同時でも良いのか?」その疑問にモンゴメリは嬉しそうに返事をした。これは余裕の表れ。体が先に動いたら確実にこちらが不利になる。彼女がどんな異能を持つかが分からないから、無闇に動く事は出来ない。

でも一言言えるのは、谷崎君の異能が勝敗を決める。『細雪』は敵からすれば、非常に面倒な異能だ。使い方さえ間違えなければ、どんなに不利な状況であっても勝利に導く。視線を谷崎君に動かせば、小さく彼が頷いた。


「準備はよろしくて?」


モンゴメリの瞳孔が開いた。私は今まで何百の人と命を奪い合いしてきた。だからこそ分かる。これは攻撃を仕掛けてくる合図だ。鍵を手に取った谷崎君に注意を送ろうとした時、彼は“アン”と呼ばれたそれに、捕らえられていた。


「一人目、捕まえた」


ひと呼吸終える前に、谷崎君は叫び声を上げながら姿を消した。人よりも戦場を踏み、人よりも血を吸って生きてきた。だからこそ、自信があった。けれどこれは、今までとは比べ物にならない位のスピードだ。

ひやり、と額から汗が流れた。攻撃型の私と敦君では不利である事は間違いないだろう。モンゴメリの甲高い笑い声が耳に付く。集中しろ。必ず穴がある筈だ。私は何年もたくさんの部下を従え、作戦を練ってきたでは無いか。誰の命も落とさず、仲間を救ってきたではないか。――あの日までは。


「なあに?まだ欲しいの?」


わざとらしくモンゴメリが言う。それと同時にまたあの瞳が私達を映した。そして“アン”が猛スピードでこちらに迫ってくる。それを敦君と同時に避ける。敦君には申し訳無いが、彼に囮になってもらい私は陰に隠れた。

一緒にいたのが敦君で良かった。彼の異能力は攻撃だけで無く、こういった場面でも非常に有能だ。少しの間時間を稼いでもらい、私はその間にこの空間からの脱出を考える。

すると攻撃が止む。場所を悟られないように陰から覗けば、モンゴメリの昔話が始まった。しかし聞けば聞くほど、その不幸自慢に腹が立つ。孤児院育ちがどうした。ギルドに買われただけでも、幸せだと思わないのか。モンゴメリはただの嫉妬の塊だ。

話が終わり、また攻撃が始まった。敦君が鍵を掴み、ドアへと一目散に向かう。それは罠だ。私は物陰から飛び出し、敦君へと走る。途中アンが迫ってきたのが見え、左手から電撃を浴びせれば動きが一瞬止まる。


「よし!」


鍵を高々に持ち、敦君が声を荒げた。「敦君、だめ!」その声に大きな瞳が私を振り返った。鍵がまるでナイフのようになり、彼の首元を狙う。左手で変形した鍵に電撃を食らわせ、右手で敦君を引き寄せる。少し遅れてしまい、敦君の首元には血が流れてしまった。


「間に合わなくてごめんね」
「っ、助かりました、でも、これは…!」
「大事な鍵をこんな風に扱って。孤児院の先生に叱られるわ」


転がった鍵をモンゴメリが持ち上げる。するとそれは不気味な笑い声を上げた。「鍵でドアを開けたら勝ちじゃあないのか!」敦君の怒鳴り声が響く。けれどモンゴメリは気にする様子が無く「そうよ、開けられればね」と馬鹿にしたように微笑んだ。

作戦は思い付いた。けれどそれは矢張り、全て谷崎君に掛かっている。彼が、私達がお互いに信頼していなければ成功しない作戦だ。けれどもう、これしか勝ち目がない。思い付いた作戦を敦君に耳打ちしようとした時、彼は一目散に外へと繋がる扉に向かい走った。


「敦君!」


思わず舌打ちが溢れる。彼の考えることは単純だ。恐らく太宰でも呼んで来ようとしたのだろう。私は彼にとって信頼出来る上司では無かったのだろうか。下半身を虎に変化させた敦君に追いつける訳がなく、あと数センチでドアノブに手がかかる。


「駄目だよ少年。敵はあっちだ」


それを静止させたのは首領だった。その口から溢れる言葉を聞く。嗚呼、矢張り首領は何も変わってはいない。まるで良い事を言っているようだが、簡単に言えば“此処で敵を殺せ”と言っているのと同じだ。


「絶対に負けぬと高を括る敵ほど容易い相手はいないよ」


――その言葉には同感だ。自分に自信があればある程、窮地に陥った時に隙を見せやすい。だからモンゴメリを窮地に陥れれば良いだけの事。何故こんな簡単な事を思いつかなかったのだろう。


「敦君」
「、苗字さん」
「私を信じて」


少し汗ばんだ手を握る。すると敦君は真剣な眼差しで私を見て、しっかりと頷いた。この時ばかりは首領に感謝をしてしまった。小さく、モンゴメリには聞こえないように耳打ちをする。


「お話は終わり?やる気は戻ったかしら…でも終わりよ」


すると床からアンが浮かび上がる。私はしっかりと敦君に、先程首領が敦君を捕まえたリボンを握らせる。これが鍵となる。私の瞬発力では恐らく出来ないだろう。敦君の虎の能力が必要だ。

床にいたアンが攻撃をすると敦君は高くジャンプをする。そしてその上にはもう一体。矢張り、想像どおりだ。思わず口角が上がりそうになるのを、ぐっと堪える。私は床にいるアンに攻撃を食らわせ、その場から逃げる。

敦君は上にいたアンに捕らえられ、そのままドアの向こうへと消えた。私の目がおかしくなければ、私達の信頼関係は成り立っている。それを知らずモンゴメリは「人虎もゲットー!」と喜んでいる。


「それで、探偵社の女とおじさまはどうなさるの?」


矢張り、その口は止まることが無い。「元々、そこの探偵社の女が気に入らなかったのよ。フィッツジェラルドさんが貴女の事調べてたけど、とっても幸せな人生を送っているのね!確かに、何一つ苦労を知らないような綺麗な顔して突っ立ってるだけで良いんだもの。どうせ微笑んでいれば、それだけで周りの人が勝手に手助けしてくれる幸せ人間でしょう?」よくもまあ、そんなに口が動くものだ。

お喋り好きなのは構わないと思う。それもまたコミュニケーションの一つだ。けれどそれは相手を選ばなくてはならない。私なら絶対に“子汚い中年”なんて首領に向かって言えないだろう。言わない、でなく、言えない、だ。


「試すかね」


全身が粟立つ感覚は久しぶりだ。ほら、言わんこっちゃない。私が一歩歩くと、ヒールの音が一回響く。谷崎君と敦君が消えたドアの前で微笑む。さて、ここからが逆転劇だ。


2018/05/19