首領の殺気に圧され、モンゴメリとアンは動く事が出来ない。以前の私もそうだった。けれど人よりも付き合いが長い分、すっかりそれにも慣れてしまっている。
「モンゴメリ。貴女はもう少し視野を広げた方が良い」
「な、にを、」
「自分に自信を持ち過ぎるのは、その分、崩れるのも早くなる」
今の私の表情は、それはそれは厭らしく見えるだろう。でもそれは、さっきまで自分が私達に振る舞っていた姿だ。ユラユラとドアが揺れる。そしてそこには、必死に食らいつく敦君がいた。
「どうして――ドアは確かに閉まったはずなのに!」
「貴女、私の事調べたって言ったけど、そんな嘘の情報ばかり何処で手に入れたの?」
「う、嘘!?何を言っているのよ!」
モンゴメリは私の言葉に動揺する。本当にあの人は私の事を恐ろしいくらいに真っ白な人間にしてくれたみたいだ。自分の立場が悪くなっていくのに気付いたのか、その顔は段々と青くなっていく。
「私達は初めから三人で動いていた。それを見逃していた時点で貴女が負けるのは決まっていたの」
「っ、!」
「谷崎君の異能って凄くてね、違和感の無い位に映像を偽装できるの。それに敦君の虎の力。普通の人間じゃ、体を引っ張られながら食らいつくなんて無理だよね」
モンゴメリの顔には大量の汗が流れる。これはもう自分の負けを認めているのと同じだ。嗚呼そうだ。私はこの顔を見るのが大好きだった。にんまりと笑うと、モンゴメリの顔色がさらに青白くなる。
「これは…!」
「リボンを君に結んでおいた!引き込まれる直前に!」
私の頭はまだまだ鈍っていないようだ。全て思い通りのシナリオが続いている。勢いよく敦君がリボンを引っ張る。巻き込まれないように、私は少し離れる。そして引き寄せられたモンゴメリの体は敦君に拘束された。
「は、放しなさい!」
「このドアを開けるには鍵が必要。ならもし、貴女が此処に幽閉されればこのドアは誰が開けられるの?」
モンゴメリと視線を合わせ言う。彼女の呼吸は荒い。「意味、分かるでしょう?」私が言うと、モンゴメリの口からは言葉に成らない声が溢れた。彼女はもう、崩落している。
「あたしは…失敗するわけには、」
「今から手を離す。決断の時間は扉が閉まる一瞬しかないよ」
敦君の言葉は、勇気で溢れていた。彼は私を信じてくれた。だからこそ、こんな無謀な作戦に乗ってくれたのだ。敦君と目を合わす。お互いどちらとなく、ゆっくりと頷いた。
「だめ、待っ…!」
敦君の手が離れた。二人が部屋に引き込まれていく光景が、スローモーションで見える。その間にも敦君の瞳は私を見ていた。「大丈夫」ゆっくりと、私は口を動かした。
次の瞬間、瞬きした時には交差点のど真ん中にいた。助かったのだ。辺りを見渡すと、賢治君とナオミちゃん。そして他に捕まっていた人たちも皆いた。一先ず終わった事に安堵のため息が溢れる。
敦君はモンゴメリを見つけると一目散に駆け寄る。彼は優しい、優しすぎるのだ。それは時に人を傷付ける。案の定、モンゴメリは瞳に涙を溢れさせ、その場を立ち去った。恐らく、ギルドを解雇されるだろう。
「あああ!エリスちゃん!」
この場には似つかわしくない名前だ。私は背中を向け、姿を見せないようにする。――エリス様に見つかると、何かと面倒事になりそうだからだ。今更ながら、あれが首領の好みにインプットさせられた異能だと思うと反吐が出そうだ。
「賢治君、無事で良かった」
「名前さん!ご心配おかけしたみたいで、すみませんでした」
「んーん。大事な後輩を助けるのは先輩の役目!」
「僕、名前さんの後輩でとても幸せです!」
私よりも低い視線で、見上げるように言うからその可愛さに胸がときめく。ぎゅう、と抱きしめると太陽の香りがした。「擽ったいです」と言って笑う賢治君に頬が緩む。
その時、鏡花ちゃんが敦君に駆け寄ってきた。タイミングが悪い。その一言だ。賢治君を抱きしめながらその様子を見守る。首領の姿が少し小さくなり、私は賢治君から少し離れる。
「賢治君は皆と事務所に戻ってね」
「名前さんは?」
「ちょっと気になる事があるから」
さらさらの金色の髪の毛を撫でる。すると賢治君はにっこりと微笑み、元気に返事をした。私は賢治君達に手を振り、その場を立ち去る。視界の端では、鏡花ちゃんが身を縮まらせ震えていた。
※
首領の後を着け、辿り着いたのはビルの集まった路地裏だ。ほんのりと血の匂いがする。そこにはマフィアのメンバーが円になり集まり、その中心で誰かが血を流し死んでいた。
黒蜥蜴、梶井基次郎、そして中原中也。他の見たことの無い顔は中也の部下だろう。首領の姿を視界にいれると、一斉に膝を付いた。数年前まで私もあの一人だったと思うと、鳥肌が立ちそうだ。
「これがギルドの刺客かね?」
「はい」
首領の言葉に返事をしたのは中也だ。矢張り、ギルドはポートマフィアにも手を出していたのか。短絡的というか、何というか。少々手が早すぎるのではないだろうか。私がそんな事を考えている中、首領は死体を気にする事なく、靴底に血液を付け歩く。
「ギルドも探偵社も、敵対者は徹底的に殺す」
低い声が響いた。元々首領と社長は仲が良く無かった事は知っている。ギルドが現れた事によって、堂々と武装探偵社を潰すチャンスだと考えているのだろう。少し、面倒な事になってしまった。
聞きたい情報は得た。この場から立ち去ろうとした時「ところで何処に行くんだね…名前君」その言葉が聞こえ、足が止まる。完全に気配を消していた筈だ。その言葉通り、首領以外の人達は驚いた表情をしていた。
「だから首領の事、嫌いなんですよ」
「久しぶりに会って嫌いだなんて酷いなぁ」
ゆっくりと建物の陰から姿を現す。にっこりと微笑んで見せれば「名前だー!」とエリス様が私に勢い良く抱き着く。頭を優しく撫でてみせれば、満足げな表情をした。
「さっきはお見事だったよ。矢張り、ポートマフィアには君が必要だ」
「お言葉は嬉しいですが、私は探偵社の一員ですので」
「探偵社では君の能力が腐ってしまうよ」
私に負けず劣らず胡散臭い笑顔だ。腰元に抱き着くエリス様をゆっくり離す。こんな所で言い合いをしに来たわけでもないし、ましてや殺し合いになったら不利なのは私だ。ここは穏便に済ませたい。
「殺されたら困るので、私はここで失礼します」
「おや?久しぶりの恋人との再会に浸らなくていいのかい?」
「浸るとしても場所を考えますよ。ね、中也」
視線を首領から中也へ移す。すると手に持っていた帽子で顔を隠す。そんな彼の様子を見ながら、私は首領達に背を向けた。「あ、そう言えば」私はそう言って振り返る。
「殺し合いになったら、太宰も喜ぶかもしれませんね」
私の言葉に首領がにやりと笑った。首領が何を考えているのかなんて知りたくないし、知ろうとも思わない。背中にたくさんの視線が突き刺さるのを感じながら、私の足はゆっくりと探偵社へ向かった。
2018/05/19