その頃は趣味として小説を書いている時だった。時間が空いたときには大抵リビングに置かれたパソコンに向かい、キーボードを叩いていた。表が騒がしくないときは大抵、パソコンのファンが回る音と、自分がキーボードを叩く音を聞く事が出来た。家に訪問する者が居ない限り誰にも邪魔されることなく、モニター上の文字を増やす事が出来た。ただファンの音だけしか聞こえない、そんな時も多々あった。そんな場合は伸びをしたり、キッチンでコーヒーを啜り、気分転換をする。それでもなお、テキストファイルの容量を増やす事が出来ないときは冷蔵庫を開いて今日の献立を考える。するとコツコツと何か叩く音がする。
 リビングの横の窓から聞えてくるようだ。カーテンを開ける。外に随分と大きい鳥篭が置いてあった。窓を開ける。中にはおそらく鷹と思われる生き物があった。
 私が近づくと、鷹は自分のほうを見据えながら、その太く鋭い嘴で籠の太い部分を再びコツコツと叩いた。はて、何でこんな所に鷹が居るのだろう。買った覚えはない。いつからここにいつから居るのだろう。と、籠の下になにか挟まっているのが見えた。封筒のようであった。 中の手紙を傷つけない様注意して封筒を開けると、中には五桁の数字が書かれた紙幣が一枚と、手紙が封入されてあった。
 手紙を取り出し広げる。どうやら友人Kからの手紙のようであった。Kは古くからの付き合いであった。ただ今はここから遠い二人の故郷に住んでいる筈であった。
「こんな形で頼みごとをしてしまって申し訳ございません。ただ貴方があまりに帰ってこないものですから仕方なく手紙での依頼になってしまいました。どうかこの子を二、三日の間だけ置いてやって欲しいのです。私はある事情で、いや、仕事ではなく私事なのですが、ともかくこの町にやってまいりました。暫く滞在するので、旅館やホテルではなく下宿出来る所を探そうとしたのですが、それにはこの子は少し足手まといなのです」
再び鷹がこちらをみて籠を叩いた。何のサインなのだろうか。
「ここに貴方が住んでいると聞いていたので、図々しくもこの子を預かってもらおうと考え、貴方が許せば私も置いて貰えないかとも思い、此処まで参りました。しかし、肝心の貴方が帰ってまいりません。貴方には貴方の用事があるのでしょう。ただ私が訪ねてくるときには虫の知らせでも何でも、察知して家に居て欲しかったのです。私には頼りどころは貴方しか居ないのですから。仕方が無いので、待ちました。出直そうとも思ったのですが戻るところもなく、直ぐに貴方が帰ってくるだろうと思い家の前で待ちました。しかし4、5時間待っていても貴方はいっこうに帰ってくる気配がありません。」
そこで私は手紙を読むのを止め外にある鳥篭を中に運び込んだ。
 「なので仕方なく私はこうして貴方に手紙を送る形でお願いをするのです。大変迷惑だと思うでしょうがどうぞよろしくお願いいたします。さて貴方に預かってもらいたいと言うその子ですが、貴方ならすぐお分かりになるでしょうがあえて言っておきます。鷹です。種類が何かは度忘れしてしまいましたが、正真正銘の鷹です。預かってくださいと言いましたがその間その子の世話も少しして貰いたいのです。別に難しい事を頼むわけでは在りません。ただ餌と水を遣って欲しいのです。一緒に封筒の中に心ばかりのお金を入れておきました。それで餌と水を買ってその子に遣ってください。お金は足りると思います。もし余ったならその余りは貰ってください。少ないですが預かってくれる貴方へのお礼です。餌は市販で売っている生の鶏肉です。水は水道水でもいいでしょうがなるべくなら何処かの山などで取れる天然水が好ましいです。これも市販の物で良いです。餌を遣るにはその子の顔の少し下にある扉を開けそこに在る受け皿に餌を置いてください。その子は私がちゃんと躾けているので扉を閉めるまで餌を取る事はしない筈です。餌をあげる時間はその子がが合図をするので分かると思いますが、大体の目安は貴方が規則正しい生活をしているのならば貴方が食事を取る時間とほぼ同じ筈です。」 ここまで読み、やっと鷹が籠を叩いている理由が判った。
手紙をポケットに仕舞い、鳥篭を持ち上げてテーブルに置く。予想はしていたが随分と重い。
冷蔵庫をあけ今日の夕飯の材料にしようと考えていた鶏の腿肉を取り出す。
そういえば大きさはどの位だろうか。手紙を読み返してみたが、その事については触れられていなかった。
取り合えず一口サイズになる様に丁寧に包丁を入れて、10等分にした。皿に載せて持っていくと、鷹は籠を叩くのをやめた。やはり、籠を叩いていたのは餌が欲しかったためらしい。
扉を開け、鶏肉を中に入れる。Kは扉を閉めるまで餌を取らないとは言っていたが、少し怖いので箸で一つずつ摘んで受け皿に置いた。5切れ程置いた所で扉を閉めた。
鷹は扉を閉めるのを確認するように首を傾げ、それからゆっくりと餌をついばみ始めた。
 鷹は嘴を受け皿の中にに落とした。一つの鶏肉をツンツンと突く。鶏肉はそれにあわせコロコロと転がる。咥える。嘴を持ち上げ、鶏肉をゆっくりと嘴の先から根元まで器用にずらし、一息に呑みこんだ。喉が鶏肉の形に膨らんでやがて胃の中に落ちていった。
そして再び嘴を下ろし次の鶏肉を突いた。
 私はその動作を優雅だと感じた。これが野生の鷹であったのならば、こんなに余裕のある食事は出来ないだろう。
やがて受け皿が空になる。再び扉を開けて餌を入れようとする、とそこで私を見下ろす視線に気づいた。顔を少し上げると、少し首を傾げている。
ガラス球の様に透き通った瞳で私のことをじっと見つめ、今しようとしている行為を不思議と思っている様で在った。
既に満腹感で満たされているのだろうか。試しに一つだけ鶏肉を入れてみた所、先程の動作より更に遅い動作で肉を突き、咥え、呑み込んだ。呑み込むとき、少し苦しそうであった。
 扉を閉め、残った鶏肉にラップをかけ冷蔵庫に仕舞う。その間、鷹は既に籠を叩く事はしなかった。再び冷蔵庫の中からペットポトル入りの天然水を取り出す。籠の前に行き扉を開ける。
 水はどうするのだろうか。少し迷い、鷹を見る。
そんな事をしても答えてくれる筈も無いと思っていたが、意外な事に首を少し下げ下を指した。籠越しに下を覗き込む。鳥篭の底には水用と思われる陶器で出来た器が落ちていた。どうやらさっきテーブルの上に運び上げる際に落としたらしかった。
拾いたいのだが受け皿の所からでは腕が入らない。もう一つの大きい方の扉を開けるしか無いようだが、それには少しばかり勇気が必要であった。
何故ならばその扉を開けると鷹が出て来る可能性があった。元々その為に作られた扉なのだ。開けたら勘違いして鷹が飛び出して来るとも限らない。
扉に掛かっている留め具を外す。再び鷹を見る。目が合う。安心しろ、開けても飛び出さない、とそう言っている様に感じた。いや、ただ私が良い方向に進んで欲しいと思って無意識に頭の中でそう感じたと解釈しているだけかも知れない。
万が一私目掛けて飛び掛られたら力の強い鷹の事、引っ掻き傷ではすまないだろう。失明という事も在りうる。
とはいえこのままで居る訳にもいかないので覚悟を決めて扉を開ける。と、同時に鷹が翼を広げた。咄嗟に頭を抱えて転がるように後ろに飛びのく。が、鷹は翼を広げただけで、止り木から動く様子は無かった。ただ偶然扉を開けた時に、羽を伸ばしただけらしい。少し安心して近づく。
何も扉を全部開ける理由は無い筈で、腕が入るだけ開ければいいことだった。扉を3分の1ほど開け、恐る恐る手を入れる。手袋をした方がいいとも思ったが既に入れてしまっていたので後の祭りであった。
底にある小皿を取り、腕を扉から抜こうとする。と、籠の中に手だけを残したという時に突然嘴で突かれた。痛みは無かったがその鷹の行動に驚いた私はその手から小皿を落とした。顔を上げる。鷹は私と目を合わせようとせず、そっぽを向いた。なんだろう、鷹にからかわれているようである。
 もう一回腕を籠の中に入れ小皿を取り出す。今度は何もしてこなかった。受け皿に小皿を置いて水を注ぐ。
時計を見る。丁度自分の夕飯の時間であった。台所に戻り支度をする。それがひと段落着き、少し暇になったのでに手紙の残りを読む事にした。
 「その子は余り鳴くことをしません。しかも賢いので余り貴方の手を煩わらせる事はしないでしょう。ただ性格なのでしょうか、最初にあった人には少し悪戯といいますか、危害と言いますか、いえ危害と言うほどではないのですが、すこしからかうような事をすると思います。ただ大抵の場合最初だけなので大目にに見てやってください」
 最初から思っていた事だが、Kはこんな手紙を書く人ではなかった。内容はKの性格そのものなのだが、私に対して敬語は使わなかった。手紙だからなのかと言えば、そうではない気がする。Kが依然私に送った手紙は敬語等使われていなかった。ただ2,3年ほど会っていなかったのでその間に変わったのかもしれない。
 「さてもうそろそろ私は下宿先を探しに行きます。もし貴方がこの手紙を書いている時に帰ってきたならば貴方がこの文章を読む事は無いでしょう。正直、疲れました。なにせ、この手紙を書くにあたって敬語をはじめて使ったのですから。まあ、そんな事はどうでもいいのです。
貴方がこのお願いを引き受けてくれるかは判りませんが、いえ優しい貴方の事ですからきっと引き受けてくれると思っていますが、おそらくここまで読んくれているならばら既に引き受けていると思いますが、引き受けてくれた時の為だけににお礼を言っておきます。                                       有り難う」
 言葉使いこそ丁寧だが、随分と身勝手な文章であった。連絡もなく人を訪ねて、頼みごとを押し付け、姿を消す。
 これが昔からの変わっていないKの性格であった。
 ふと、あることに気付いた。手紙の「有難う」の部分だけ少し滲んでいる。他の部分は何とも無いのだが、そこの部分だけ何故かスポイトで水を垂らしたように滲んでいる。また、この手紙はは鉛筆で下書きをしてその上からボールペンで丁寧に清書をしているのだが、書き間違いだろうか「有難う」の少し上に消し忘れと思われる「今」と文字が薄く残っていた。それだけで大して気にとめる事では無いのだが、私には少し引っかかった。とはいえその時はそれ以上疑問に思う事も無かったので再び夕飯の支度に戻る。
食事も終わり、食器を片付け、パソコンに向かってキーを叩いていた時、ふと先程の手紙について新しい疑問が頭をよぎった。あの手紙の言い方からするとKは私の帰りを待っているa間にこの手紙を書いた様だが、果たしてそんな事が容易に出来るだろうか?
庭にはテーブルのようなお茶会が開ける気の利いた施設など無い。何処かの喫茶店で書いた可能性もあると考えたが、私の家の近くにはそういう建物は無い。あるのは田んぼと畑だけである。1、2km先には在る筈だがKがそこまで歩いて書くとは思えなかった。
やはり玄関先で書いたことになるだろうが、それだとこんなに丁寧な手紙を書くのは容易ではないはずである。
ましてやKは昔から字が余り上手くは無かった。そもそも書くこと自体を嫌っていた。それなのに何故、下書きまでして、手紙を送ったのだろうか。
 しばらく考えていたが理由は思いつかなかったので、再び小説を書く事にした。預かるのは下宿先が見つかる間と言っていたのだから、長くても一週間程で帰ってくるだろう。手紙の事は再びあった時に訪ねればいい。
しかし、Kは私の前に現れる事は無かった。                  続く

- 1 -

*前次#


ページ:



ALICE+