眩しい。そんな感想で目が覚めた。床の上からゆっくりと体を起こした。
随分と長く寝ていた様で体中のの関節がポキポキと鳴る。
何もない殺風景な部屋だった。窓とドアが一つずつあるだけだった。
人がこの部屋を使っていた形跡は見かけられない。が、何故か部屋自体は掃除がきちんとされており、埃一つ無い。
ゆっくりと伸びをし、それから立ち上がって窓に近づき、外の風景を伺う。
沢山の木が眼の前に広がっていた。どうやらこの家は森に囲まれている様だ。
ドアを抜け、階段を通じて階下に降りる。階段の向かいに玄関が有るが、直ぐに向かう事はせず、その途中にあるドアを開き中に入る。そこは居間だった。
テーブルとソファーが一つずつ。それだけだ。 テーブルの上にはリックサックが一つ置いてあった。
何の疑問も持たずにそれを開き中身を確認した。 パンと水の入った水筒、財布、本、それに杖。腹がすいていたので、財布を鞄に、杖をポケットにしまい、ソファーに腰掛ける。パンと水を平らげる。
ポケットの中から懐中時計を取り出し蓋を開け今の時刻を確かめる。午前7時37分。 ここにいられる期間はおよそ一週間。 期限が来るまでこの世界を傍観する。それか今回の使命だ。
―さて、そろそろいくか。ソファーから立ち上がりゆっくりとした足取りで玄関に向かう。
この世界はなにを魅せてくれるのだろう。
そんな淡い期待を寄せながらドアを開け外に出た。
彼の名はアルベル。この世界を傍観する為、神によって使わされた使者だった。
日差しが眩しい。 空は雲ひとつない晴天で、「そういえば雲どこ行ったんだろ」と太陽が言っている様であった。
目の前に広がっている森は一つ一つの木々が青々と葉を付けていて、
家の前から伸びている獣道をゆっくり歩く。
この道に沿っていけばいつかどこかの街に着くだろう。
そんな当てもない憶測を考えながらひたすら真っ直ぐと歩いていく。
森の中は穏やかであった。 鳥の声などは聞こえるのだがそれ以外の野生動物の気配が感じられなかった。
やはり、町が近いのだろうか。
襲われる危険もないと思い、歩きながら財布の中身を確認する。
財布の中には紙幣が10枚程と、金貨と銀貨がそれぞれ5枚ずつ入っていた。
空き家を出てから7時間後。アルベルは飢餓と渇望に悩まされながらいまだに森の中を歩いていた。
リュックの中にあった水はかなり前に尽きていて、それから何も口にしていない。水が出る所は無いかと、辺りを見渡し、耳を済ませたが、木々以外視界に入るものは無く、水が流れ落ちる音もしなかった。 ひたすら歩く以外に道はなかった。
しかも先ほど木の幹につまずいたときに右足をひねってしまった。
歩けないほどではなかったが足首の筋を痛めた様で、足を引きずる形で歩くことになった。
それからどれ位歩いただろうか。
突然森が開け平地に出た。 奥のほうには光があった。
既に限界が来ている脚を引きずりながら光を目指す。
息を切らしながらやっとの事で町についた。
すぐにでも地面に座り込みたかったが、最後の力を振り絞り少し奥にあるベンチに倒れこむようにして腰を下ろした。
空は夕焼け色に染まり、あと少しで夜が来る事を示している。
切れていた息は整ってきたが、脚のほうはまだしばらく休まないと歩けそうになかった。
が、そんな事以上にアルベルは喉が渇いていた。
周りを見渡したが水がありそうな場所は見受けられない。
それにしても、人がいない。
自分が今いる街道に人影は見られなかった。
いや、一人いた。 ベンチから10メートルほど離れたところで街灯に隠れながら様子を伺っていた。
少し遠いので表情などはわからないが背丈や服装から見る感じだと14〜16歳ぐらいの少女のようだった。
足元には水瓶らしきものが置いてある。 しばらく目を向けていると、観られているのに気付いたのか街灯に身を隠した。 とはいっても街灯は細いので殆ど隠れていない上に光が真上から照らしているので丸見えだったのだが。
少しして街灯から顔を出しこちらを伺うが、
アルベルと目線があうと急いで身を隠す。
声を出して呼び掛けようと考えたが、喉が完全に干上がってしまい、そんな事が出来る状態ではなかった。
手招きしてみようと思ったが
仕方ないので少女のことは気にしないことにし、ベンチに深く座りなおし脚が動くようになるまでマッサージをする事にした。 ふくらはぎがぱんぱんに張っていたのでゆっくりともみほぐした。
しばらくそうして、張りが少しずつほぐれてきた頃に街灯の方か少女が歩いてくる気配がした。
本人はこっそり近づいているつもりだろうが、その動作が仰々しいのでアルベルにには丸分かりだった。
おそらくそちらを向くとまた慌てて隠れそうなの気がしたのでアルベルは気付かない振りをした。
「あの・・・」
自分との距離が3メートルぐらいに近づいた時だろうか、女の子が話しかけてきた。
そちらを向く。 なぜか彼女は驚いた。
話しかけられたから向くという普通の反応の筈なのに驚いた。
そもそも、こっそり近づいて話しかけられたのならこっちが驚くべきではないか、とアルベルは思った。
少女は驚いた事が恥ずかしかったようで、コホンと咳をしてから再び話しかけてきた。
「あ、あの、どうしましたか?」 声が少し震えている。
返事をしたかったが喉が枯れてしまい声がほとんど出ない。
喉が渇いた、と言ったのだが、やはり聞こえないらしく、「え?」と聞き返してきた。
「あ、あの、聞こえなかったのでもう一度言ってもらえますか」といいつつ良く聞こえるように少し近づいてきた。 アルベルは同じ言葉を繰り返す。
まだ自分との距離が2メートルほど離れているので聞こえる筈もなく、「も、もう少し大きな声で」とさらに近づいてきた。
そのやり取りを3回ほど繰り返し、息が掛かりそうな至近距離にまで近づいた。
繰り返し言った所為で喉は悲鳴を上げていたが、なんとか最後の力を振り絞り、かすれ声で 「喉が渇いた、水をくれないか」といった。
やっと聞こえたようで「ああ、そのせいで喉がかれて声が出なかったんですね。急いで持ってきます」といって水瓶が置いてある街灯の元へ走っていった。
急いで水瓶をベンチまで運んで来たところで彼女は水を掬うものがないことに気付いた。
「い、急いで探してきます!」と慌てて町のほうへかけていった。
アルベルは呼び止めようとしたが声が出ず、彼女はそのまま走って言ってしまった。
バッグから水が入っていた水筒を取り出し、コップにもなる蓋を外し、水瓶の中の水を掬う。 水はきれいに透き通っていた。
アルベルは水を飲もうとしてコップを口元に近づけたが、少しそこで考える。
今水を飲んでしまうとあの子の行動が無駄になるな、アルベルはそう考え、コップの水を植え込みに捨てる。
水を捨て少し待つと、少女が戻ってきた。
右手にはコップを持っている。 ベンチに向かって駆け寄ってきた。
「あ、ありました!」 立ち止まってアルベルにコップを渡す。
喉は既に限界だったのでアルベルは許可も取らずに水を掬い喉に流し込む。 世界が戻ってくるようだ。 一杯だけでは全く足りないので二杯、三杯と掬い、流しこんだ。
5杯目を飲んだ所でやっとのどの渇きが収まってきた。
隣で息を切らし休んでいる彼女にコップを返す。
どうやら彼女も喉が渇いていたらしく、水をコップの半分程掬って、コクコクと飲み始めた。 その仕草が可愛らしい。 最初に見たときも思ったがこの少女は可愛かった。
ちょっと小柄で瞳は二重まぶたでパッチリしていた。
あまり詳しいことも言えないが、守ってあげたいと思うような感じの子だ。
少女はコップの水を半分ほど飲み、口からコップを離し「ふう」とひと息ついた(その仕草も可愛らしい)。
そのタイミングを見計らって声をかけた。
「助けてくれてありがとう」アルベルは言う。
「いえいえ、困った時はお互い様ですよ」彼女は謙遜した
「でも見ず知らずの俺を助けるなんて・・・」
「そんなの関係ないですよ。困っているなら、知らない人でも助けます」と彼女は胸を張って言う。
「ごめん、せっかく運んできた水飲んじゃって」とアルベルは謝る。
「大丈夫ですよ。また汲んで来ればいいだけです。ところで足を怪我したんですか?」彼女はアルベルの脚に目をやりながら言う。
「筋をちょっと痛めたみたいだけど、大した事ではないと思う」
ちゃんと冷やして布などで固定しとけばすぐに直るだろう、とアルベルは考えていた。
「旅人さんなんですか?」彼女が質問してくる。
「まあ似たようなものかな」とアルベルは少し曖昧に答える。
傍観者といっても恐らく混乱するだろうし、詳しく話すのも面倒だったのでそういう事にしておいた。
「へえ〜」 アルベルが旅人だと言う事にいささか興味がわいたようで、自分のことをまじまじと見つめてきた。
別に悪いこともしてないのにアルベルは思わず目を逸らしてしまう。
このままずっと見つめられるわけにもいかないので、聞きたいことを聞くことにした。
「あのさ」
「はい?何でしょう?」
「ここら辺に泊まれる所とか知ってるかな?」アルベルは言う。
「えっと・・・あ、私の家ならベットが余ってますけど」
「いや、ただ寝れる所って意味じゃなくて、宿屋がどこに在るのか知ってるかなって意味だったんだけど」
いくらなんでもいま始めて会った人の家に押しかけて泊めてもらうなんて図々しさはアルベルは持ち合わせていなかった。
(というか普通見ず知らずの人に自分の家なんて勧めるか?)アルベルは思った。
「あ、それなら私の叔父さんがやってる宿屋があります。案内しましょうか?」
「いや、そこに至る道を教えてくれるだけでいいよ。君は家に戻らなきゃいけないだろうし」そこまで彼女に迷惑を掛けたくないな、そう思ってアルベルは言った。
「あ、それなら別に大丈夫です。宿屋は私の家のすぐ近くに在るので」
そこまで言われてしまうとと断るわけにも行かなかったので、案内してもらうことにした
まだ足は痛かったが歩ける程までには回復していた。
さっきの彼女の口ぶりからすると宿屋(と彼女の家)はそう遠くは無いみたいだ。
まあこの足でも辿り着くだろう。
そうしている内に彼女が戻ってきた。
「じゃあ、行きましょう」
二人は並んで歩くことになった。最初は彼女の後ろについて歩くつもりだったのだが、
そうしようとすると彼女が自分と並ぶように歩調を合わせて来たので自然と二人並んで歩く形になってしまった。
彼女はアルベルと話しながら歩きたいらしく、こちらを向きながら話しかけてきた。
「あのあの、旅人さんは名前なんていうんですか?」
「アルベルだ」そう答える。
「?あれ下の名前は無いんですか?」
「ん、ああ・・・」
そういわれると下の名前が思い出せない。
この世界に来たときから下の名前は記憶に無い。何故覚えていなかったのかは分からない。
単に忘れただけなのか、それとも思い出したくないのか。
「忘れた」
「えっ」
「使う必要が無かったから覚えていない」
「そうなんですか」
彼女はまだ疑問が残る感じだったが上辺は納得している様子だった。
「あ、私の名前をまだ言ってませんでしたね。ユユ・アンダーソンです。呼ぶときはユユでいいです」ユユは言う。
「アルベルさんって歳いくつなんですか?」ユユは再び質問をしてくる。
「確か17か18位だったはず」
歳すら正確には覚えていなかった。
「じゃあ私より年上なんですね」
「何歳なんだ?」
「私は16歳です」
「じゃあ中学生位か」
・・・中学生って何だ?、とアルベルは自分が言った言葉の意味が分からず混乱する。
「?ちゅーがくせいって何ですか?」
ユユのほうもその言葉の意味が分からないらしく訪ねてきた。
「あ、いやなんでもない」 とりあえずそう言っておいた。 歳を聞いて頭に浮かんだ言葉だったが意味は分からなかった。 たしか自分の歳だと高校生・・・。 高校生?これも何だろう? 年齢に当てはまるようなものだから・・・階級とか称号の類か?
「あの〜」 考えていると横からユユが自分の袖を引っ張り引き止めてきた。
「そっちの道じゃなくてこっちの道なんですけど・・・」
気が付くと十字路に来ていた。
「ああ、ごめんちょっと考え事をしていた」
「ちゃんと付いてきてくださいね。ここら辺迷路みたいになってますからはぐれちゃうと迷子になりますよ」
そう言って十字路の道を右に曲がった。
話すこともなくなったのでしばらく彼女のあとについて歩いた。
それから道を数回ほど曲がったところで彼女が立ち止まった。
ユユは不安そうに辺りを見回していた。
「着いたのか?」アルベルは言う。
宿屋らしき建物は一つも無かった。 と言うより周りに明かりがついている家が無い。
「あの、ごめんなさい」ユユが謝ってきた。
「まさか、迷った?」
「えっと、その・・はい、迷いました」
「・・・」
「・・・ぐすっ」
彼女が泣き出した。
・・・どうする、とアルベルは考える。
@ほっとく。
A逃げる。
B自分も泣く。
混乱してるな俺、とアルベルは自分を落ち着かせる。
「ほ、本当にごめんなさい」
そう言いながら本格的に泣き出してしまった。
アルベルはとりあえず声を掛けることにした。
「ま、まあ取り合えず落ち着こう。ほらこれで涙拭いて。水瓶持つから」アルベルはポケットからハンカチを取り出し、差し出す。
「す、すいません・・・」
ユユはハンカチと交換にアルベルに水瓶を渡し、涙を拭き始めた。
「ここにいるのもなんだからどこかに座ろう」
「は、はい」
二人はさっきまで座っていたベンチに戻った。
どうやら何処かで来た道を戻っていたらしくベンチがある通りにすぐ戻る事が出来た。
「ううっ、ぐすっ、ひっく」
「・・・」
慰める言葉が見つからない。
「ごめん」
とりあえずアルベルは謝った。自分でも意味が分からなかったが、こうするのが一番良いと感じたのだ。
「え?」
ユユは泣くのをやめ、驚いた風ににこちらを見た。
「な、なんでアルベルさんが謝るんですか・・・・?」
「なんとなく」本当になんとなくだった。
「なんとなくって」
「強いて言うなら泣いてたから、かな?」アルベルは適当にそう言ってみる。
「・・・ふふっ」
「え?」
「面白い事いうんですね、アルベルさんって」
「そ、そうか?」
「私が悪いのに逆に謝られたの初めてです」
まあ、普通はそうだろうな、とアルベルは思う。
ともかく泣き止んでくれてよかった、とアルベルは心の中で胸を撫で下ろした。
「でも悪いのは私ですよね・・・。案内を勝手に申し出て、それで道に迷うなんて最悪ですよね」再びユユの目に涙が溜まり始める。
「ま、待て分かったから泣くな!俺の事を助けていたのがそもそもの原因だろ?それなら俺が悪い」とアルベルは言った。
何で悪いのが自分の方だと証明するために弁明してるんだ俺は、とアルベルは思う。
「でも私は自主的に助けただけです。助けてくれと頼まれたわけでもないのに」ユユは言い返す
「いやいやそれなら俺は声が出なかっただけで、助けは求めていた。だから俺が悪い」 「いえ私が悪いです」
「俺が悪い」
「私です!」
「俺だ!」
しばらく二人で睨み合っていた。
どうあってもこの事は譲れな・・・あれ?
おかしい。何故か二人ともどちらの方が悪いかで口論している。
何でこんな事になったんだ?
ああ・・そうか。アルベルは思い出す。
「ごめん、やっぱり俺が悪かった」
「だから何で謝るんですか!悪いのは私です!」
「俺がさっき謝ったからこんな事になったんだ。けどまあ、迷ったのはユユさんが悪いから・・・・・どっちも悪いってことでいいんじゃないか」
「む〜。アルベルさんがそういうのならそれでいいです」
ユユは不服そうに頬を膨らましていたがそれでようやく納得してくれた。
「でも10対0で私のほうが悪いんですからね」
・・・納得してないなとアルベルは少し落ち込んだ。
まあ、泣き止んでくれたからいいか。
人を慰めるのって苦手だ・・・。
日は完全にに落ち、4分の一ほど上の部分が月が空高く上ってきていた。
時計の時刻は午後7時。
「・・・どうしましょう」
俺に聞かれてもな・・・。
自分は此処に着たばかりで地理なんて全然分からない。
「うーん、そうだな・・・他の人に聞いてみるのはどうだ」アルベルはそう提案してみる。
「それいいですね」ユユは同意し、きょろきょろと周りを見回した。
「誰も居ませんね・・・」と彼女は肩を落とす。
「そうじゃなくて、家に住んでいる人に聞いてみるのは?」アルベルは再び提案する。
「それも良いですけど・・・。明かりが点いている家なんてありませんよ?」
「この街道って人が住んでないのか?」
「そんな事は無いはずですけど・・・あ、そういえば今日何かの集まりがあるって聞きました。だからまだ帰ってないのかも」
「こんな時間まで集まりがあるのか?」
「それは分からないですけど・・・・でも、国が変わる事になるかも知れないって言ってました」
「じゃあ誰も居ないのはその集まりに行っているから?」
「だと思います」
「君は何で行かなかったの?」
「女の人や子供はあんまり行っちゃいけないみたいです。それに私は仕事があったので」
こんな夜まであって国が変わる程大切な集まり・・・。
いったい何なんだろう、アルベルは疑問に思う。
「人が居ないとなるとどうしようもないな・・・ん?」
ふと、アルベルはある事に気付いた。
「なあコップって家から取ってきたのか?」
彼女がコップ取りに行った時と案内してくれた時の道の方向は違ったはず。
まあ案内してくれた時に最初から間違っていたのなら元も子もないが。
「違いますよ?知り合いのおばさんの店から借りてきたんです」
「その店はどこにあるんだ?」
「えーっと、あっちの道をまっすぐ行って大きい十字路を右に行くと直ぐ・・・あ」
気付いたらしい。
二人はユユの知り合いの道具店に行き、道を教えてもらった。
どうやらユユが何時も使っているルートは近道で、目的地に早く着くが、複雑だったらしい。
教えてもらったほうの道は近道と比べ随分と遠回りではあるが、道順を聞いた限りでは迷う事も無さそうだった。
「ごめんなさい。こんなに迷惑を掛けてしまって」
彼女はもう泣く様子は見られなかったが、まだ落ち込んでいた。
「その代わり、私に出来る事なら何でもします」
「そ、それってどういう・・・」とアルベルは動揺する。
「そのままの意味ですよ?この町の案内とかアルベルさんの買い物の手伝いとか、私に出来る事なら何でもやります」
ああ、迷惑を掛けたお詫びって事か、とアルベルは自分が変な事を考えに至っていた事に気付き、いささかの嫌悪感を覚える。
「あ、ここですこの建物です」とユユは立ち止まる。
そこには宿屋らしい建物があった。
ただ、明かりは点いておらず、人が居る気配も無かった。
「今日は休みたいだね」アルベルは言う。
「そんな事は無いです。叔父さんの宿屋は年中無休のはずです」
彼女はそう言ったものの、明かりが点いてない事に少し不安を覚えているようだった。
「叔父さんー。私ですよー。ユユですよー」と正面の扉を軽くノックした。
ドアの向こうから返事はこない。
「叔父さん!寝ているなら起きてください!」再びドアをノックする。今度はいささか強めに叩く。
それでもやはり、返事はない。
「・・・ごめんなさい」
「他に知ってる宿屋は?」
「すいません、分からないです」ユユは申し訳無さそうに俯く。
「そうか・・・」
どうするかな。
宿を知らない以上、一緒に居ても仕方ない。彼女とはここで別れて、一人で探すかな、とアルベルが考えていると「あ、あの」とユユが再び話しかけてきた。
「そ、そのアルベル君が良かったらで良いんですけど、私の家なら泊まれます」
「いや、でも君の家族とかいるだろうし・・・」
「今はもう居ません。色々と迷惑掛けてしまったし、私からもお詫びしないといけないですし。お金なんて取りませんから!」ユユは少し必死になりながらアルベルに言ってくる。
なんか今、すごく悲しいことを言わなかったか。
もう居ないってことは・・・。
まあ、いいか。そんな話題には触れなくても。とアルベルは考えていた事を頭の中から振り払う。
「そうだな、無料なら言葉に甘えさせてもらおうかな」とアルベルは言う。
正直財布の中にある金額で泊まる事が出来るか心配だった。
この世界の相場なんて知らないし。
「はい。ぜひ泊まっていってください!」
ユユは笑顔でそう答えた。その表情がまた可愛いかった。
宿屋の丁度裏に位置する場所にユユ・アンダーソンの家はあった。
表の宿屋に比べると小さかったが、それでも少女一人が住むには大きかった。
まあ、もともと家族で住んでたみたいだし大きいのは当たり前か。
「どうぞ。靴は脱がないで大丈夫ですよ」
玄関を通して居間に入る。
「汚い所ですけどゆっくりしていって下さい」
そう言うと彼女は居間の奥のほうに消えていった。 周りを見回す。
生活感はあまり感じられなかった。
必要最低限の家具はあるのだが、嗜好品の類はほとんど見当たらない。
本棚が一つあるぐらいか。まあ居間だから簡素なのは当然なのかもしれない。
奥に引っ込んでいたユユが戻ってきた。手には水が入ったたらいを持っていた。
「これで怪我した足を冷やしてて下さい。今湿布を探してくるので」
と椅子を目の前に持ってきてその前にたらいを置いた。
椅子に座り靴と靴下を脱ぐと左足と比べ少し腫れている。
少し曲げると痛みが走る。が、激痛というほどでもなかった。
まあ、軽い捻挫だろう。
しばらく水に浸し、熱を持った足を冷やしていると、彼女が戻ってきた。
「少し腫れていますね」
「ああ。でもそんなに痛くないから骨に異常は無いと思うよ」
そう言いつつ彼女が持ってきた湿布とタオルを受け取ろうとすると、
「私がやります」
そう言って渡そうとしなかった。
「いや、でも自分で出来るんだけど・・・・」
「良いんです。迷惑を掛けたんだからこれ位やらして下さい」
そう言うとしゃがんでアルベルの足をタオルで丁寧に拭き始めた、
まあいいか。本人がやるっていってるんだし。
「終わりました。あまり動かさないほうがいいですよ。」
「ありがとう」
一応お礼を言っておく。
湿布は患部にちゃんと貼られており、取れない様に周りにテープが張られていた。
「お腹すきましたか?」
たらいを片付け、戻ってきたユユが聞いてきた。
そういえば朝パンを食べたきりでそれからは何も口にしていなかった。
「うん、まあ」
「じゃあ今から晩御飯を作りますね。そこのソファーに座って休んでて下さい。あ、コートはそこのハンガーに掛けていいですよ」そう言ってってユユは台所に消えていった。
アルベルはコートをハンガーに掛け、そのポケットから懐中時計を取りだし時刻を確かめる。
針は丁度9の位置を指そうとしていた。その懐中時計を戻さず今度はズボンのポケットに仕舞う。
この町(国か?)に来てから結構時間が経っていた。
ソファーに座ってくつろぎながら自分のしなければいけない事について思考を巡らした
まだこの世界に何の概念があるのか全く知らなかった。
今日中に少しでも知っておかないとな。
だが・・・・・こんな事をして、何になるんだ?
実の所、アルベルは傍観者と言うものが何なのかほとんど分かっていなかった。
すべき事は分かっている。
限られた時間の中でこの世界を傍観し、記憶に残す事。
ただそれだけの簡単な仕事だ。
歴史の記録者みたいなものだと思う。
たが何故自分が其の行為をしなければいけないのか。
そこの所が分からなかった。
歴史の記録を残すだけなら、そこの世界に人にやらせればいいはずだ。
なのにわざわざ他の世界の人間を連れて来てこんな事をさせる必要があるのか。
それと自分がこの世界ですべき事が分かっているのか。
色々と不思議だった。
「あの」
「ん」
「起きて下さい」
考え事をしているうちに眠ってしまったようだ。
彼女が私の事を揺すっていた。
「ごめん。眠ってしまったみたいだ」
「別に謝る必要は無いですよ。えーと、ご飯が出来ましたよ」
ソファーから立ち上がろうとすると自分に掛かっていた毛布が下に落ちる。
どうやら彼女が自分に掛けてくれたらしい。
毛布を拾い丁寧にたたむ。
「これ、どうすれば・・・」
「え?ああ、ソファーの上に置いといて下さい。あとで私が片付けますから」
言われたとおりにする。
「飲み物何にします?」
「何があるんだ」
「えーとワインとラム酒とウィスキーと麦酒と・・・」
酒しか無いのか。
「アルコールが入ってないのはある?」
「え」
何故驚く。
「えっと、水ぐらいしか・・・」
「じゃ、水でいい」
「分りました」
彼女は水を私のコップに注ぎ自分のコップに琥珀色の液体を注いだ。
「その飲み物は何?」
「これですか?ウイスキーですよ」
「・・・この国では未成年が酒を飲んで良いのか?」
「え?別に良いですけど。でもウィスキーは20歳以上じゃないと駄目なんですけど」
「どう言う事だ?」
話を聞くとここでは子供が酒を飲んでも違法ではなく、別に罰せられる事も無いらしい。
ただアルコールの度数によって飲んでもいい年齢が変わるらしく、麦酒、ワインは10歳頃からでウィスキー、ラム酒などは20歳からと言われている。
でも「言われている」だけで実際には誰が何を飲んでも良い、ということらしい。
「私の叔父さんは厳しいからウィスキーは二十歳になるまで飲んじゃ駄目って言うんですけど、今日は叔父さんが居ないから飲んでみようかなーって」
「いつもは何を飲んでいるんだ」
「ワインかな。麦酒はあんまり美味しくないから」
「酔わないのか?」
「私はあんまり酔わないですね。でも沢山飲んじゃうと寝ちゃったりしますけど」
「次の日頭痛くなったりしないの?」
「そんな事無いですけど」
どうやらこの世界の人は自分と体の作りが少し違うらしい。
「アルベルさんはお酒飲めないんですか」
「いや飲めない事は無い、と思うけど・・・」
ウィスキーなんて飲んだら絶対二日酔いする。
ましてやストレートなんて飲んだら・・・。
「ん?」
「どうしました?」
「ちょっとそのコップ貸して」
彼女からコップを受け取り匂いをかぐ。
「アルコールの匂いがしない・・・」
少し鼻を突くアルコール特有の匂いが全くしない。
「アルコールに匂いなんて無いですよ?」
「一口貰っても良い?」
「いいですよ」
もしかしたら自分が考えているアルコールとは常識が違うのかも知れない。
ウィスキーを少量口に含む。
「・・・にがっ」
彼女にコップを返す。彼女も一口飲む。
「・・・苦いですね」彼女も同意見だった。
「ごめんなさい。こんな物飲ませて」
「いや俺が勝手に飲んだんだ。謝る必要は無いよ」
彼女は席を立ち、自分のコップの中身を取り替えて来た。今度は透き通った赤紫色だった。恐らく彼女が何時も飲んでいると言っていたワインだろう。
「それは苦くないのか?」
「このワインですか?ウィスキーみたいに苦味は無いですよ」
「美味しいのか」
「私は好きですけど・・・。アルベルさんも飲んでみます?」そう言ってコップを差し出してきた。
断るのも悪いので受け取り、また少し口に含む。
「どうですか」
「うん。普通に美味しいよ」
葡萄の味だ。苦味は全く無かった。というかこれ普通のグレープジュースじゃないのか。
「アルベルさんもワインにします?」
「あー、いや、水捨てるのも勿体無いし、このままでいいよ」
「遠慮なんてしなくて良いですよ」
「なら後で御代わりする時に貰うよ」
「分かりました」
今日の晩御飯はデミグラソースが掛かったオムライスで、見た目は美味しそうであった。
味の方は一口食べただけで気絶する・・・なんてそんな訳がある筈も無く、見た目と同様、美味しかった。見た目に反した料理なんて在ってたまるか。
まあ何処が美味しかった?と聞かれたら返答に詰まってしまうが。
卵がとろける様で美味しかった、という位しか答えられない。
彼女は自分が食べ始めたときは少し反応を窺っていたが、そんな質問はして来なかった。
やがて二人とも食べ終わり、御代わりのワインとデザートを楽しんでいると、ユユが質問をして来た。
「アルベルさんって旅人さんなんですよね」
「うん、ほんとうは傍観者って言うんだけどね。してる事は旅人と殆ど一緒かな」
「傍観者?」
「そう、傍観者。世界を傍観する者」
「なんかカッコイイ名前ですね。それで、何処から来たんですか?」
「え?どこって・・・」
説明しにくい。たぶんユユが言っているのは「この世界の何処」と言う意味だろう。だが俺は「何処か他の世界」から来ているので先にその事を説明しなければいけない。
説明しても理解して貰えるだろうか・・・。
「あ、別に嫌なら言わなくていいですよ。その、少し気になっただけですから。他の国ってどんな風なのかなって」
「この国から出た事無いのか?」とアルベルは訪ねる。
「はい。生まれも育ちも此処ですよ。そもそもこの国の外から来た人なんてアルベルさんが初めてなので」
「そうなのか、外に出たいとは思わないのか?」
「んー、そんな事考えた事も無かったですね」
「あ、そういえばこの国の名前は何ていうんだ?」
「えっと、ちょっと待ってくださいね」
彼女は立ち上がって部屋の隅に置いてある本棚から一つの本を持ってきた。
「えーとサン・ラノン・ラジル・バチカ・イスル・ニス・ギリ・ルルグ・ボニュス・アラトルコ・プルトウム・バシス国です」
「随分と長いな」アルベルは少し驚いた。
「元々沢山の国があったのを一つの国に纏めたらしいです。それで国の名前を決める時、皆自分の国の名前にしようとしてたくさん揉めたらしくて、こうなったらいっそ全部の国の名前を入れようって事になって」
「で、こんなに長くなったのか。憶えられないだろ」彼女も完璧には覚えていないのだろう、それは先程国の名を言う為に本をとってきた事から明らかだ。
「はい。ですからみんな略してサン・バシス国って言っています」
「ふむ」
「あ、そうそう、今私達がいる地区はバシス地区って言うんですよ」
「昔の国の名前を使っているのか」
「多分そうなりますね。他の地区を全て知ってる訳じゃないから絶対とは言い切れませんけど」
「そういえばさっき他の国を知りたいって言ってたけど」
「はい。でもアルベルさんが嫌なら良いんですよ」少し遠慮がちにユユは言う。
「嫌では無いんだけど、約束して欲しい事があるんだ」
「あ、他の人には言いませんから」
「いや別にそれは良いんだけど、あんまり信じて欲しくないんだ」
「え?」
「俺の話を鵜呑みにして、その国を見に行こう何て思って欲しくないんだ。そうだな、お伽話と考えて欲しいかな」
そう、今俺が話そうとしているのは他の世界にある「国」の話だ。
「・・・おとぎばなしというのは良く分かりませんけど、分かりました。見に行こうとは思いません」
さて、どの国から話そうか。ああ、そうだ。あの魔法都市がある国の話をしよう。
「・・・で、その国は人々の魔力で機能しているんだ」
「へえ。面白そうな国ですね」
「それでその国の殆どの人が魔法を使えるんだ・・・あれ?」
一瞬目の前が暗闇に包まれる。
「どうしました?」
「なんかちょっとめまいが」
「大丈夫ですか」
うん、と答えようとしたとたん、突然頭が内部から割れていく様な痛みに襲われる。
「いてて」アルベルは頭をおさえる。何故こんなに痛いのか原因が分からない」
「すこしソファーで横になりますか?」
「ああ」そう言ってソファーの方を向き立ち上がる。
と、また目の前が真っ暗になり、平衡感覚が狂う。前のめりに倒れそうになり、慌てて足を前に踏み出そうとする。が、間に合わなかった。と、いうより体が反応しなかった。受身を取る事も出来ず顔から床に突っ込んだ。筈だった。
「あ、アルベルさん大丈夫ですか」その声で目が覚める。どうやら少しの間気絶していた様だ。まあ床に突っ込んだんだから無理も無いか。
・・・それにしてもこの床随分と柔らかいな。何の素材で出来ているんだろう。
「えっと・・・その」ユユの声が頭の上から降ってくる。しゃがんで話しかけているのか。早く助け起こして欲しいんだが。
「起き上がって・・・もらえます・・・か」
なんだ随分声が上ずってるな。てか起こしてくれないのか。
仕方ないので腕を付いて・・・あれ?床が顔のとこより一段低いな。こんな床あったか?
腕に力をいれ起き上がろうとしたが直ぐに腕の力が抜けてしまい再び床に顔をぶつけた。
「ひゃっ」なにか驚いた声をだしている。一体どうしたんだろうか。
それにしてもこの床本当に柔らかいな。突っ込んでも全然痛くない。
「・・・すまん腕に力が入らないんだ。起こしてくれるか」
「えっ・・・ちょ、ちょっと待ってて下さいね」
いや・・・眼の前にいるのなら直ぐに起こして欲しいんだが。
「よい・・・しょっと」掛け声と共にアルベルの体が少し上に浮く。
え?なんで床ごと持ち上げてるんだ?俺だけでいいの・・・あ。
「あのさ」
「は・・・はい?」
「俺さ・・・今ユユの上にいる?」
「え・・・えーっとまあ・・・そうなりますね」
・・・そういうことか。床が柔らかくて一段高いのも、ユユが何故か助け起こしてくれないのも、変な悲鳴を上げたのもそういう訳か。
「四つんばいになれます?」言われた通りにする。相変わらず腕の力は抜けていたが、それでも何とか体重を支えられた。
彼女は這い出すと、肩を貸してアルベルを助け起こす。
そのままソファーにまで行き、二人で腰を降ろす。
相変わらず頭痛は続き、眼から脳に伝わってくる映像も鮮明さを欠いている。
たが、さっき起きた事は憶えている。いや、むしろ頭から離れない。
結局、俺は眩暈を起こし倒れた。が床に倒れる前に、ユユが助けようと俺の前に立ち、そしてそのまま俺は彼女の胸に向かって顔から・・・これ以上は言うまい。
実際俺は目が見えていなかったので分からないが、まあそんなとこだろう。
「怪我はありませんか?」
「お陰で大丈夫だ。ありがとう。それと・・・すまない」
「え?どうして謝っているんですか」
「いや・・・はらその、胸に顔を・・・さ」
「ああ、大丈夫ですよ。怪我してませんから。だから謝る必要は無いですよ」
「いやそうじゃなくて、顔を押し付けた事に関してさ」くそ。全部言ってしまった。あんまり声に出して言いたくは無かったのに、とアルベルは心の中で舌打ちをした。
「だから大丈夫ですって、男の人と違って柔らかいんですから。ほら、柔らかいですよ」
そういうとユユはアルベルの手を取り自分の胸に押し付けた。
確かに柔らかいな。
「いや違う違う。何してんだよ!」あわてて手を引っ込める。どうしたんだ。
ユユの頬は随分と赤くなっていて、眼も少し据わっている。
何か酒でも・・・あ、そういやさっきワイン飲んでいたか。あれやっぱりアルコール入っていたのか。俺も3杯飲んだが、彼女は8杯飲んでいたな。
「あれ私今何を」正気に戻ったみたいだ。
「酔っ払って俺に絡んだ」絡んだ内容は言わない事にする。
「ごめんなさい」
「別に謝る程の事では無いから大丈夫だ」寧ろこちらが感謝したいぐらいだ。
そこで会話が途切れ、二人の間に沈黙が訪れる。
そのまま何も考えずに床を見つめていると、少し前から頭の隅に存在していた睡魔、それが今、急激に存在を拡大させていく。
軽く頭を振り、睡魔を少し払いのける。
横を向くと、ユユも睡魔に侵略されている様で、ゆっくりと頭をもたげている、
すこし揺すってみる。
「あれ、どうしたんですか」
「あの、寝る所は何処?」
「あっち」と居間の奥のドアを指差す。
案内してくれないのか、と思ったが彼女も眠いのだろう。
ソファーから立ち上がり、ドアを開ける。なんだか足元がおぼつかない。アルコールの影響だろうか。
ドアを開けるとそこは寝室だった。
そのままベットに倒れこむ。
直ぐに睡魔が頭を支配し始める。
あれ、そういえば彼女は何処で寝るんだろう。
そんな疑問が頭をよぎった。
が、そんな疑問を弾き飛ばし、睡魔が頭脳を完全に支配する。
そして、アルベルは眠りに落ちる。
行間
「で、俺は何をすればいいんだ」彼は眼の前の二人に向かって問いかける。
「適当に世界がどんな様子か覗いてくればいいのよ」女は答える。
「簡単に言うとにいろんな町を旅して、それを報告してくれればいいんだ」男は答える。
「それで俺は赦されるのか?」
「いや別に許すも何も無いけどな。まあ、記憶は戻すけどね」男は言う。
「俺は何か罪を犯したんじゃ無いのか?」
「そういうわけではないけど」
「じゃあ何で記憶を消した」
二人は顔を見合わせる。
「どうする」男は言う。
「別に事情を説明しても良いんじゃないの」女は言った。
「そうするか」
男は右の何も無い空間に手をやり、そこから椅子を取り出す。
三つほど取り出し、三つが等間隔に向かい合うように並べる。
「まあ長くなるから座って話そう」男は言って、自分に一番近い椅子に座った。
「・・・お前らなんなんだ」
「創造者」男は答える。
「私は管理者だよ」女は答える。
「何を創造して管理するんだ」
「世界とか概念とか色々」自称、管理者
「・・・神って事?」
「君にとって神と言う定義が何なのか分からないけど、私達の定義で言えば、同意義だね」そういいながら管理者は、上の方に手を伸ばし、ティーセットを取り出す。その空気しか無い空間に棚が有るかのように。
そしていつの間にか椅子の間にはテーブルが置かれている。
「ほら君も座りなよ。話が進まないよ」
拒否する理由は無いので座る。
「はい、君の分」眼の前に湯気のたったカップが置かれる。
「それで、記憶を消した話だけど、こっちの事情で消させて貰った。いや、正確に言えば俺達が預かったって事だけど」創造者は言う。
「その事情を話せよ」
「一つの理由は君に働いてもらう為。これ熱いよ」管理者は火傷した舌を冷ますように少し出す。
「お前が淹れたんだろうが。おいこっちは温いぞ」
「働けばちゃんと返してくれるんだろうな」コップの中身を啜る。丁度良い温度だ。
「うん」
「世界を見て来るってのは具体的にどうするんだ」
「自由だ」
「え?」
「基本的に何してもいいよ。でも殺人とか強盗みたいな人道的に反する事はもちろん駄目だけどね」管理者はおそるおそるコーヒーを啜る。
「ま、とりあえずその世界で適当に過ごしてれば良いんだ」創造者は一口でに半分ほど残っていたコップの中を空にする。
「期間とかあるのか」
「一ヶ月程」
「以外に短いんだな」2、3年位かと覚悟はしていたのだが。
「伸ばしたいのなら伸ばしても良いけどな。お代わり」創造者は管理者にコップを渡す。
「いや、いい。それよりそんな事に意味は有るのか?」
「あるよ。君が世界を見て報告する事によって私はその世界を知る」
「知ってどうするんだ」
「私は管理者だよ?」管理者は続ける。「もしその世界が破滅に向かっているんだったら、それを止めなきゃいけないの」
「なるほど、その意図は分かった」
「じゃあ手伝ってくれるか?」創造者は尋ねる。
「ああ、気は乗らないけどな」
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