二日目 前編
アルベルは目を覚ました。
未だに頭の中がすこしぼやけている。
ただ、もう一度眠ろうと言う気は起きない。
それよりも、先程まで見ていた夢の事が気に掛かる。その夢は目覚めた今でも鮮明に頭の中に残っている。
「変な夢だったな・・・」
それは多分、忘れていた記憶なのだろう。唯の夢にしては余りにも現実的過ぎる。
が、現実にしても少しおかしい所もあったが。
創造者と管理者と言ったか、その二人の話を俺は簡単に信じすぎている。
と、アルベルが考えを巡らせてていると彼の横で何かが動くのに気付く。
首を動かし、そちらを見る。
そこにはユユが眠っていた。上半身にはTシャツを着ている。下半身の方は毛布に隠れて見えない。
シャツはサイズが少し小さいようで、胸のラインがくっきりと浮き出ている。
昨夜、服を着ていたときは分からなかったが、今改めてみると、随分と発育しているのが見て取れる。男の性なのか、ついそっちに目が行ってしまう。
そういえば、なぜ一緒のベッドで寝ているのだろう。
アルベルは昨夜の記憶を思い出そうとする。
「だめだ、思い出せない」
料理をご馳走して貰い、食後にワインを飲んだ所までは思い出せるのだが、そこから先の記憶はは靄が掛かっている様に霞んで思い出せない。
「俺、変な事していないよな」改めてユユをみる。服は乱れていない。どうやら、そんな事はしていないようだ。
「そろそろ起きるか」掛け布団を彼女の方にどけ、ベットに腰掛ける。
アルベルの方は着の身着のままの状態で眠ってしまっていた。
靴は流石に脱いでいたが。
「痛てて」頭の中に少し痛みが走る。
触ってみるが、外傷はない。昨日のワインが残っているようだ。
床に落ちているコートを拾い、壁に掛かっているハンガーに吊るす。
誰かがこの家のドアを叩いている事に気付く。
玄関に行くと相手はドア越しに気配を感じたようで、「おーいユユ居るなら開けてくれー」と言ってきた。
口調から察するに昨夜彼女が言っていたユユの叔父なのだろう。
ドアの鍵に手を掛けて外そうとする。
・・・ユユに断わり無く勝手に開けていいものだろうか。そんな疑問が頭の中をかずめる。
それとユユの叔父は見知らぬ男が姪っ子の家から出てきたらどう思うだろうか。
少なくとも良い印象は与えないだろう。
「ん、どした?もしかして昨日顔出さなかった事怒ってる?」アルベルが悩んでいると、ユユの叔父と思われる男は勝手に喋りだす。
「いやー集会が夜遅くまであってさあ、昨日帰ったのが深夜だったのよ。それでユユの家見たらさ電気点いてなくてさ、起こすのも悪いから行かなかったのよ」
話を聞きながらアルベルは、ユユが起きてきてくれないかな、と考えていた。
「今回の集会は国の存亡に関わる大事な集会でさあ、こっそり抜け出す訳にも行かなかったのよ。だかさ、今回だけは多めに見てくれよ、な、この通り」
ドアの向こうで頭を下げている様だ。ドアに頭をぶつけたらしく、ゴンという音と「いてっ」と言う声も聞こえてくる。
国の存亡に関わる?昨日もユユからその話を聞いた気がする。それはつまりどういうことなのだろう。
詳しく聞きたい。
後ろで寝室のドアが開く音がする。
振り返るとユユが目を眠そうに擦りながら立っている。
「あ、おはようございます〜」アルベルにそう挨拶する。
「おはよう、でそろそろこのドアを開けてくれないか」叔父と思われる男は自分に挨拶されたと思いそう返して来た。
「あ、叔父さんもおはようございます〜」声で分かったらしく、玄関のドアの前に歩いて行き、鍵を開ける。
「あれユユの他に誰かいるのかい?」ユユの叔父はそういって玄関の奥を覗き込む。
「・・・お邪魔してます」目が合ったので挨拶をする。
叔父はアルベルの事をしばらく見つめていたが、「ああ」と納得した様に手を叩く。
「ユユ、彼氏が出来たのなら教えてくれないと。一応俺保護者なんだからさ」
「え」とユユは一瞬が追いついてないと言う表情をした。
「いえ、そういう関係では無いです」誤解されそうになっているのでそう言っておく。
「そそ、そうですよ!アルベルさんとはまだ全然そういう関係ではないですよ!」
混乱しているのだろうか、余計な語呂が混じっている。
「違うのか。じゃあ肉体のみの関係ってことか」思ったことを素直に口に出す人だな、と少し感心する。大人でそういう人は余り見た事が無い。
「それも違います!」ユユの方はと言うと、こっちが恥ずかしくなるぐらいに顔を真っ赤に染めている。
「じゃあ何で朝からそのアルベルくんだっけ?と一緒に居るんだい」
「これは単に泊めただけです!そもそもこうなったのは叔父さんのせいなんだからね!」
「え、そうなの?」とユユの叔父はアルベルの方に顔を向け訪ねてくる。
「まあ結果的にはそうなりますね」
2
「何だ、そういうことだったのか。すまんね早とちりしてしまって」事情を理解したユユの叔父は少し恥ずかしそうに頭を掻く。
ユユとその叔父、そしてアルベルの三人は居間のテーブルを囲む形で座っていた。
ユユの叔父、エデル・アンダーソンは30代という年齢に反して随分と若く見えた。
髭がほとんど生えておらず、体型も二十台の筋肉質な男のそれだった。口調も気さくな雰囲気を感じさせる。ユユの叔父と言うよりは、少し年の離れた兄と言った方が納得できる。
「アルベル君は何日間滞在するつもりなんだい?」エデルは椅子を前後逆さまにし、上半身を背もたれに寄り掛せる形で座っていた。
「一応、一週間程度です」素直に答える。
「随分と短いんだね。なら、此処で泊まって貰ってもいいかな」エデルは無い髭を撫でる様に顎を触る。
ユユは少し驚いたように訪ねる。「私は別に構わないですけど・・・叔父さんの宿屋は使えないんですか?」
「実はもう店を畳もうと思っていたんだ。元々趣味でやっている様な物だったし、そんなに利益も上がっていなかったからね。まあ、どうしてもって言うんなら部屋を貸すけど」
アルベルは寝る事が出来る場所があるなら何処でも構わないと考えていたので、「此処に泊まらせてもらいます」と答える。
「それで決まりだね。大丈夫、お金は取らないから」まあユユが取るってんなら話は別だけど、と付け足す。
「取りませんよ。でもアルベルさん、私なんかと一緒にいて大丈夫なんですか?」それは暗に私の事を嫌いでは無いんですか?と聞いているようであった。
「全然」むしろ嬉しい、とまでは言わなかったが。
「一日3食おまけに思春期の女の子付き、料金は無料。どうこれで文句あるかい?あ、食事の味は保障できないけど」がはは、と笑う。そこは30代の叔父らしかった。
勝手な事言わないでよ、とユユが少しむくれる。
「では、これから宜しくお願いします。ユユさん」アルベルはそういってユユに向かって頭を下げる。
彼女は照れた様に「そんなかしこまらなくても・・・じゃあ、こちらからも宜しくお願いしますね」
「あ、そうそう気に入ったら、ユユのこと恋人にしても構わないから」
「お、叔父さんな、なにを言ってるんですか」ユユは動揺しているのか、目を白黒させている。
「無理やりは良くないけど、合意の上でならキスとかしても」
「わーまってまって叔父さんもうやめて」エデルの言葉を途中で遮る。
「考えときます」ユユの反応を少し見てみたいので、試しにそう言って見る。
「ええっ?!え、あ、ご、ご飯作ってきます!」混乱し過ぎたようで、逃げる様に台所の方へ去っていった。最期の方泣きそうな顔になってたな、とアルベルはそんな感想を思った。
ユユが台所の方へ行くのを見届けると、エデルはアルベルに再び話し掛ける。
「まあ、付き合うってのは言い過ぎだけど、仲良くしてやってくれないか」そこでエデルは顔を少し曇らせながら続ける。「あいつは友達って呼べる程の知り合いが無いんだ。いや、別に性格に問題がある訳じゃないんだ、ただ運が悪いと言うか、その・・・」エデルはそこで決まりが悪そうに口をつぐむ。
「両親のことですか」アルベルは少し勘を働かせて訪ねる。
「ああ、知ってたのか。ユユから聞いたのか」
アルベルは昨日、家にユユしか住んでいないのを疑問に思い訪ねた所、両親は既に居ない、と言う返答を聞いたと伝える。
「そうか。まあ両親が居ないのも理由の一つなんだがな。いやむしろ本当に居ないほうがよかったのかもしれん」と最後の方は独り言の様に呟く。
「それって、どういう」アルベルには彼の言っている意味が良く分からない。
「ああ、いやこっちの話だ。聞かなかった事にしてくれ」とお茶を濁すように答える。
「まあ取りあえず仲良くしてあげてくれ」とエデルは再び言う。
「わかりました」泊めて貰う立場なのだから、相手の機嫌を損ねようとは考えていなかったし、それに加え、ユユは十人並み以上に可愛く、性格も良いので、アルベルは迷うことなく答える。
「ご飯ができましたよ」それからしばらくエデルと雑談をしているとユユが奥の方から朝食の乗った盆を持ち戻ってくる。
未だに顔が少し紅潮している。
朝食は卵サラダを挟んだサンドウィッチにスープ、それに・・・
「これは食パンの耳?」
「を焼いたものです。本当は揚げた方が美味しいんですけど、時間が無かったので」
試しに一つ食べてみる。サクサクと軽い食感でなかなか美味しい。
「あ、それ蜂蜜を少しつけて食べた方が美味しいですよ」
言われたとおりに蜂蜜を少し垂らし、再び口に入れる。
蜂蜜がそんなにしつこくパン耳に絡まず、調和する。
残りの二つも、普通に美味しかった。
「ところで今日は何をする予定なんだい?」とエデルが食後のコーヒを飲みながら訪ねてくる。
「色々とこの国を見て回ろうと思っています。簡単に言えば観光ですね」一応使命は果たしておかないとな、と考える。使命と言うほどの物でもないが。
「じゃあユユ、案内してやれ」
「え、いいの?」そう言ったユユは少し驚いた反面、なんだか嬉しそうでもあった。
「ああ、宿屋の仕事も無いしな。アルベル君もそれでいいかな?」
「ええ、寧ろおねがいします」ユユに頭を下げる。
「そんなかしこまらなくても」ユユは少し照れたように頬を赤らめる。
30分後、アルベルはエデルと一緒に宿屋の前に立っていた。ユユはまだ自宅で支度をしている。
「はい、これ」エデルは紙幣を二枚と地図をアルベルに渡す。
「これでさユユに何か買ってやってくれ。案内してくれたお礼だ、とか言ってさ」
いえ、それなら自分で出します、と断わると「いいから」と無理やり手に紙幣を握らせる。
「あいつさ、俺が「何が欲しいものある?」って聞いても無いとしか答えてくれないんだよ。俺に気を遣ってるのか何だか知らないけど、思春期の女の子にそんな事あるはず無いんだよ。だからさ、何気なく聞いてみて。彼女も買って貰えるとは思って無いだろうから、すんなり答えてくれると思うんだよ。あ、そのお金で足りないなら無理して買わなくてもいいから。その時は俺に欲しい物を教えてくれ」残ったお金は返さなくていいから、とも付け足す。
そこまで言われると返すのも悪いと思い、「分かりました。でも余ったお金は返します」と答え、紙幣を服の内側のポケットに入れる。
「あ、それと地図は帰りが夜になった時、此処に戻って来れる為だから」地図を広げ、赤い印が付いている所を指差す。
でもユユが居るから別に心配無いのではと、考えたアルベルの思考を読んだか様にエデルは続ける。
「理由は分からないんだけどあいつは夜になると迷うんだ。ああ、そう言えば昨日はあいつ迷わなかった?」
「いえ、迷ったというよりは、道を度忘れしてしまったみたいで」
迷いました、とはっきり言うのもユユに悪いと思い(彼女なりに一生懸命案内してくれたのだから)、曖昧な返事をする。
「つまり迷ったんだな」はあ、とエデルはため息を着く。
「大通りを通って帰る時は大丈夫なんだけどさ、近道する時毎回迷うんだよ。日が昇っている内には全然問題無いんだけどね」なんでだろうなあ、と首を傾げる。
「ま、とにかくあいつは夜になると役に立たなくなるから、その地図を頼りにしてくれ」
それから五分ほど経つと、ユユがやって来る。
「お待たせしました」
下には赤と紺のチェック生地で出来たスカートをはいている。
肩には小さめのバックを掛けている。
随分と似合っているな、とアルベルは思う。
「おお、結構似合ってるじゃん。ユユにしては」エデルも同意見らしい。
そうですか?とユユは照れと喜びが少しずつ交じった表情になる。
「それで、アルベルさんは何処か行きたい所はあります」
「いや、特に無いよ」そもそもこの国の地理を知らない。
「じゃあ、サン地区にでも行きましょう。叔父さんもそれでいいですよね」
「うーん・・・まあいいか。いいよ、行って」エデルは少し悩み、答える。
「じゃあ行きましょうアルベルさん」行ってきます、とエデルに挨拶をし、二人はサン地区への道を歩く。
二人が歩いている大通りは平日の朝というのもあって、人通りは少なかった。
昨日は気付かなかったが、道路は規則性があまり無い石畳でできていて、歩く分には疲れにくいが、車輪が付いた乗り物で通るとなると苦労しそうだった。
ユユがいうにはサン地区はこの大通りを一直線に行った所に在るらしい。
「その、サン地区ってのはどういう特徴を持っている所なんだ」アルベルはユユに訪ねる。
「んーと、この国の中で一番人口があって、政治の中心とか言われています。えっと、その事を何て言うんでしたっけ
「首都?」
「ああ、そうそう首都です。それでそのサン地区には大きい図書館や、王様が住んでいる宮殿とか色々あります」
「王様?この国は王政なのか」
「王政?」意味が分からなかったらしくユユは訪ねた。
「王様が国を治めているって事」アルベルが説明すると、ああ、とユユは合点が言った様だった。
「私、政治のことは詳しく知らないけど、多分そうです。あ、叔父さんなら政治の事に詳しい筈です。だから訪ねてみるといいですよ」
「じゃあ、後で聞いてみる事にするよ。それとは別にお願いがあるんだけどさ」アルベルは答え、話題を変えることにする。
「なんですか?アルベルさん」
「そのさんってのなんか気恥ずかしいから、止めてくれると嬉しいんだけど」
「でもサン地区の他の呼び方なんて知りません」ユユは思い切り勘違いしている。
「・・・言い方がまずかったかな。そうじゃなくて、俺の名前を呼ぶ時さん付けして欲しく無いって言う事」
「あ、ごめんなさい」自分の勘違いに気付き恥ずかしそう謝ってから、「じゃあアルベル様って呼びますね」とユユは言う。
「いや、それはおかしい」何故更にへりくだるんだ。
「それならアルベル殿」もう意味が分からなくなってきた。
「できれば何も付けないで呼んでくれるかな」
「でも、年上ですし」ユユは食い下がる。
「一、二年早く生まれたからってそんなに敬意を示す必要は無いよ」
「じゃあ、アルベルくん」これ以上は妥協できないと言う表情でユユは言う。
これ以上言っても無駄たとアルベルは考え、「じゃあそれでいいよ」と答える。
「じゃあ俺もユユちゃんって呼ぶかな」試しにそう言ってみる。
「えっ、それは・・・ちょっと恥ずかしいです」ユユは少し顔を赤らめる。
「どうして?ユユちゃん」わざと呼んでみる。
「なんかそういわれるとまるで・・・になったみたいで」ユユは話している途中で突然声を落としたので、そこの部分がアルベルには聞こえなかった。
「え?何になったみたいだって?」
「・・・もういいです」ユユは前を向きさっさと歩きはじめた。
「じゃあユユちゃんでいいんだね」言ってるこっちが恥ずかしいな、とアルベルは思う。
「駄目です!ユユって呼び捨てにしてください」とゆゆは振り向いて言った。顔が随分と赤くなっている。
「お、おう分かった」アルベルはその口調に押され頷いてしまった。
それからしばらく二人は無言で歩く。
10分程経っただろうか、ユユが思いついた用に話し掛けて来る。
「そういえばアルベルさ・・・くんはもう足首大丈夫なんですか?」
「んー」少し立ち止まって足を軽く回すように捻ってみる。痛み、違和感共にどちらも感じない。「うん、もう大丈夫だ」アルベルは答える。
「じゃ、湿布はとってもいいですよ」
「わかった」どこかで一休みした時にでも外して置こう。
気付くと人通りが多くなってきている。店らしき建物もまばらに見えてきた。
目的地まであとどれくらいかとユユに訪ねる。
「実はもう着いちゃっています」
「じゃあ、ここは・・・」
「はい、サン地区です。それでアルベルくんは何処か行って見たいスポットはありますか?」
「そうだな、取りあえず図書館に行って見たいな」
図書館はそこから五分程歩いた場所にあった。
ユユの話によるとサン地区の中心に近い場所らしい。
建物はアルベルの予想を上回り、更に大きかった。
ユユの家がは50以上余裕で入るだろう。
「あのさ、ここって誰でも入れるのか」アルベルは少し不安になり、ユユに訪ねる。
「大丈夫ですよ。ゲートチェックとかありませんし。本を借りるときはカードが必要ですけど」
ユユの言った通り、アルベルが入っても誰にも見咎められなかった。
サン地区王立図書館。蔵書数500万冊。と玄関ホール案内板にそう書いてある。
ユユは15分ほど掛けて内部を一通り案内した後、言う。
「それじゃ私は此処の閲覧センターに居ますから、何かあった時は言ってくださいね」
「分かった」
「もし借りたい本があるなら持ってきて下さい。2、3冊程度なら私の名義で借りられますから」
まず、アルベルは歴史書が置いてあるコーナーに向かった。
ざっと見て、目についたタイトルの本を手にとる。
「20代からのサン・バシス国の歴史」
適当にページを捲ってみる。
文字がぎっしり詰まっている訳ではなく、適度に挿絵等が入ってて、意欲があれば、簡単に読破する事が出来そうだった。
ちなみにユユの家にあった歴史書は「サン・バシス国の起源の全て」とか言うタイトルで、空白が見えない程文字で埋まっており、一ページ読むのに5分はかかり、しかも文がほとんど専門用語で構成されているので、ほとんど理解が出来なかった。
まあその話は置いといて、「20代からのサン・バシス国の歴史」を閲覧する事にした。
コーナーの近くに椅子とテーブルが一セット設置してあるのでアルベルはそこに座って読み始めた。
二十分程で一通り読み終わる。
大体の事は把握出来た。
本を閉じ元あった場所に戻す。
歴史コーナーから離れ、他のコーナーを意味も無く歩き回りながら、今しがた頭の中に入って来た知識を整理する。
50年前には12の国がこの場所に存在していたという。
お互いの国は敵対関係では無いが、友好関係にある訳でもなかった。
それがある事件により、このままでは全ての国が戦争を始めてしまう、と言う事態に陥ってしまった。
戦争が始まったら、全ての国が滅んでしまう。と、考えたそれぞれの国のトップはは一箇所に集まり、話し合った。
戦争は国家が存続して行く為に始めるものであって、国を滅ぼす為にする物ではない。
普通は話し合いの末、決裂して戦争が起きるのだが、何故だか今回は逆になっていた。
話し合った結果、戦争を起こさない様にする為には、国を統一するしか無い、という結論に達し、今のサン・ラノン・ラジル・バチカ・イスル・ニス・ギリ・ルルグ・ボニュティウス・アラトルコ・プルトウム・バシス国(略称サン・バシス国)が建国された。
サン・バシス国は王政と言う形式上の形態をとっているが、実際は「クテネス政府」という機関が行政の担当をしている。
しかもこの事実は国民の大半は知らないらしい(調べれば直ぐに分かる事だが)。
今現在の王はデルド・サン王。建国後3代目の王らしい。
10分ほど他のコーナーを周り、閲覧センターに戻る。
ユユは座って文庫本を読んでいた。
「ユユ」声をかける。
「・・・」返事は無い。
「ユユさん」再び声を掛ける。
「・・・」ユユは返事をせず、ページをめくる。
本に集中していてアルベルの声は聞こえていない様だ。
読み終わるまで待とうか、とも思ったが、結構時間が掛かりそうなので(残りページは半分以上あった)少し考え、再び声を掛ける。
「あの、ユユさん?」そう言ってユユの肩に手をかける。
「ひゃっ!?」ユユは椅子から飛ぶほど驚いた。むしろアルベルの方が驚いてしまう程の驚き様であった。
「なんだアルベルくんですか。びっくりさせないで下さいよ」
「ご、ごめん」声をかけても反応が無かった、と言おうとしたが、話をこじらせるのも面倒なので謝った。
「もう用事は済んだんですか?」ユユは言う。
「うん」
「じゃあ次の場所に行きましょう」そう言って立ち上がり、出口へ向かう。
「その本は借りなくていいのか?」と、アルベルは訪ねる。
「え」ユユはなんでそんな事聞くのだろう、と不思議そうな表情をした。
「随分と集中して読んでたみたいだから」
「そんなに集中してましたか?」
「うん、かなり」なにしろ声をかけても反応しない程だからね、と胸の内で付け足す。
「アルベルくんがそう言うなら借りようかな。あ、アルベルくんは借りたい本はありますか?」
「いや、いいよ」
「遠慮しなくていいんですよ?」借りれる冊数も余裕がありますし、と付け加える。
「ならお勧めの本とか教えてくれないか」アルベルは言う。
「んーと、それなら」と、ユユはアルベルについて来る様促し、閲覧センターから少し歩いたところにある一つのコーナーに連れて行った。
「この本とか面白いですよ」と本棚から一冊の本を取り出しアルベルに手渡す。
アルベルはそれをパラパラと捲ってみる。内容から察するに、SFやファンタジー物のようだった少なくとも純文学ではない事が分かる。
「どんな感じの内容なの?」とアルベルが訪ねてみると、「そうですね、昨日アルベルくんが話してくれた魔法の国みたいな場所が舞台です」そうユユは言う。「そこでミカって言う主人公が活躍するお話です。これ以上言うとネタばらしになっちゃうので言えませんけど」
「じゃあ、これ借りて貰えるかな」アルベルは本をユユに渡す。
「はい、いいですよ。じゃあ借りて来ますから玄関ホールの前で待っててください」
言われたとおりに玄関ホールに行く。
時計を見ると11時を少しまわっている。
今思い出したことだが、コートを家に忘れてきてしまった。
杖もコートのポケットの中に仕舞ったままだった。
まあ今日はどちらも使う機会は無いだろう。
少し不安なのは他人に使われてしまう事だが、コートはちゃんとハンガーに掛けて置いてあるので、エデルが偶然拾って能力が発動してしまう心配は無いだろう。
そう考えているうちにユユが戻ってきた。
「はい」と本をアルベルに渡す。
「一人で何冊まで借りられるんだ?」本を受け取りながらアルベルは訪ねてみる。
「確か、10冊までです。そんなに借りた事無いですけど。借りたのもこれで三回目ですし」
玄関ホールから外に出て、歩き出す。
「図書館にそんな来た事無いのか?」本は好きそうに見えるのだが。
少し悲しそうな表情を見せながらユユは「実を言うと私、一人でサン地区に来た事無いんですよね。いつも来るときは叔父さんと一緒なんです。一人ならフラッと立ち寄ったり出来そうなんですけど」と言う。
「叔父さんと一緒じゃ行きづらいのか」
「前に一回ほど一緒に行ったんですけれど、叔父さんが退屈しちゃって。だからそれ以来行った事は無いんです」
「ふーん」ユユの口ぶりからするに一人でサン地区に行ってはダメ、みたいな事を言われているのだろうか。
「次はどうします?」
「腹が減ったから、何か食べれる所に行きたいな」
「じゃあ少し早いけどお昼にします?」
それでいいよ、とアルベルは答える。
二人はサン宮殿前広場に行った。
ここも図書館に劣らないほどの面積を誇っていた。
中央には噴水があり、それだけでもユユの家程の大きさだった。
噴水は今のところ水を噴出してはいなかった。恐らく定期的に噴出するのだろう。
噴水の向こう側には宮殿と思われる建物が建っている。
何か食べたい物とかありますか、とユユが聞いた。
「美味しければ別に何でもいいよ」とアルベルは答える。
「じゃあ一通りお店を回って、それから食べるもの決めましょう」
広場にある屋台には100程の料理が並んでいた。
ハンバーガー、ホットドック、サンドウィッチなどのファーストフードに始まり、パスタ、ラーメン、うどん、蕎麦(掛け蕎麦のみだった)、等のの麺類、カツ丼、牛丼、親子丼、海鮮丼などの丼物、果てはアイス丼、チョコ蕎麦、生クリームステーキ、などのゲテ物までもが売っていた(見た目が悪いだけで実は美味しいのかもしれないが)。
アルベルは串焼きラーメンなる物を頼み、ユユは七色ピザを頼んだ。
渡された引換券を持ち、テーブルに座って待って待っていると、やがてほぼ同じタイミングで二人の料理が運ばれてきた。
「・・・これ、凄いな」アルベルは自分の料理を見て唖然とした。
串焼きラーメン、と言う名の通り、串にラーメンの麺に刺し焼いた物なのだが、麺の太さがが明らかに違う。直径五センチはある。大体やき鳥のモモと同じサイズだ。
どうやらつけ麺らしく、浸け汁が入った容器が付いていた。
ユユの方は七色ピザ、という名とは裏腹に普通のピザだった。一つのピースごとに味が違うようで、要するに七つの味がする、だから七色ピザ、と言うことらしい。
アルベルは一つの串を持ち上げてみる。ずっしりとした感触が手を通して伝わって来る。
「アルベルくんの美味しそうですね」
「そうか?」美味しそう、というよりこれだけの量を食えるのか、と言う疑問の方が先に来た。一本なら大丈夫だろうが、何しろ三本もあるのだ。
「お互いの一つずつ交換しません?」とユユが提案してきた。
いいよ、とアルベルは答える。
「あ、でも量的に私が二つ渡した方がいいかな」
いいよ一枚で、と言う。
冷めると伸びて不味くなりそうなので、浸け汁に浸して一息に3分の一を頬張る。
「あふっ」内部はまだ熱く、舌を火傷しそうになったが、息を吸ったり吐いたりして冷まし、それからゆっくりとかみ締める。
「あれ、美味い」麺の中身はチャーシューやメンマ、そしてねぎ等が詰まっていて、噛むとそれぞれの味が染み出す。
まるで、と言えば良いのか、当たり前、と言えばいいのかわからないが分からないが、ラーメンそのものだった。
唯、浸ける時間が短すぎたのか、スープの味が余りしなかったが。
気付いたら、既に二本とも食べ終わっていた。
ユユが串焼きラーメンを食べたそうだったので、浸け汁を渡し、ピザを手に取る。
幸い、まだ腹は八分目だったので、ピザの味を味わう事が出来た。
鶏の照り焼きにマヨネーズが掛かったピザで、普通に美味しかった。
「ふう」とユユがお腹がいっぱいと言うかの様に下腹部をさすった。
アルベルの方も満腹だったので少し休もうか、と提案してみる。
それがいいですね、とユユも同意した。
時計を取り出し時間を確かめる。12時を少し過ぎていた。時計を再びポケットに仕舞おうとしたが、どうせまた見るだろうと思いテーブルの上に置く。
「ユユってさ、恋人とかいたの?」ふと、疑問に思った事を訊いてみる。別に他意が在った訳でもなく、頭に浮かんだ事を聞いただけだった。が、直ぐに失敗したと気付いた。ユユには友達が居ない、とエデルから言われていたのを、今思い出したのだ。
「と、と突然な何をい言い出すんですか!」凄く動揺している。居たのか。
友達は居ないけれど、恋人は居たってのもいささか変な感じだが、まあ人生は色々あるだろう。
「それで、年下?年上?それとも同い年?」アルベルは少しからかってみる事にした。
「えっと、年上・・・じゃなくて!何で私に恋人がいる前提で話してるんですか!」
「え、居ないの?」
「そ、そうはいってません」
「あ、もしかして片思い中でまだ告白していないのか」
「・・・」ユユは突然黙り込んでしまった。これも図星だったらしい。
「ごめん、ちょっと言い過ぎた」アルベルは謝る。
「・・・恋とかじゃないんですよ」ぼそりとユユが呟く。
「え?」
「結婚したいとか、そういうのじゃ無くて、ただ一緒に暮らしたいというか、でもそういうエッチな事じゃなくて、その」ユユはうまく言葉が見つけられない。
「家族としての異性が欲しいのか」
「別に異性じゃなくてもいいんです。だた偶然アル・・・その人が異性なだけで」
「でもさ、相手には家族がいたりするんじゃないのか」それだと話はややこしくなってくる。
「いないと思います。いませんよね?」いや、俺に聞かれても。
「じゃあ俺がその人に言ってあげようか?」余計な事とは思いつつも提案してみる。
「無理ですよ。第一何ていえばいいか判らないし」
「・・・まあそうだろうな、家族になってください、なんて突然言われたら相手はどう返せば言いかわからないだろうし」アルベルは言う。
「じゃあ、もしアルベルさんが言われたらどうします?」
「俺がユユに?うーん」少し悩む。「OKすると思うよ。他に行き場が無いし、この世界には家族も居ないし」その後、アルベルは付け足す。「でも俺なんか参考にならないだろう」
一周間経ったら、この世界には居られない、そんな意味でそう付け加えた。
「いえ、とっても参考になりました!」ユユは凄く嬉しそうな表情で言う。
「そ、そうか。なら良かった」アルベルは少し気圧されながらそう答える。
俺と同じ境遇の奴が他に居るんだろうか?
まあこの話はこの話は此処までにしとこう。これ以上からかったらユユに嫌われそうだし。
「ちょっと片付けてくる」そういってユユの容器も一緒にトレイに乗せ、ゴミ箱に捨てに行くいく。
丁度噴水から水が噴き出し、太陽の光と混ざり、綺麗な虹を映し出していた。
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