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わたしにとって彼はヒーローだった。
少し乱暴な言動はあれど愛情たっぷりに育てられた彼にはわかりにくいが確かに優しさがあったし、何より絶対的な自信と信念は眩しく輝いてみえた。
彼はとても強くかっこよかった。
憧れだった。将来はプロヒーローになるんだと信じて疑わなかったわたしが「大きくなったらサイドキックになる!」と告げれば、彼はハッと鼻で笑って「せいぜい足を引っ張ンじゃねーぞ」と言ってくれた。
ヒーローごっこをして列を作り前を歩く彼の背中を見ながらすごす毎日は楽しかった。
わたしはとても幸せだった。
だけど、彼があの子をにちょっかいを出すようになってから、わたしの幸せは少しずつ曇り始めた。
彼の言動は次第にエスカレートしていき、それはヒーローにあるまじきものへと変わっていった。
だからわたしはあの子を庇った。
「かっちゃん!出久くんは可哀想なんだよ!」
そう言って二人の間に入り両手を広げてあの子を隠すように立ち彼にやめるように諭した。
しかしこの子を想っての言葉ではない。
この子は弱い立場の人間で、ヒーローである君が守ってあげなきゃいけないんだよ。
そういった意味を込めて放った可哀想を彼はどう受け取ったのか。
わたしの言葉を聞いた彼は眉間に皺を寄せて、つり上がった目をさらに鋭くし怒鳴った。
「なンだよなまえ!デクの味方すんのか!」
「そういうんじゃないよ!」
「どーゆんだよ!どけよ!」
一歩も譲らないわたしに苛立った彼が個性を使って威嚇のように顔の前で数回ボッと小さい爆発をおこす。
怖くなったわたしは、後ろで不安そうな目をしている子に振り返り腕を掴んだ。
行こう!と無理やり立たせてこの場を離れようとした瞬間、彼の待て!という声がした。
と同時にわたしが腕を振り上げたのが良くなかった。
「ッ…!!」
「あっ…!?」
「なまえちゃん!」
3人の声が重なる。
彼の威嚇で発動していた個性がわたしの腕に当たった。
ジュッと焼ける音とにおいがした後、猛烈な痛みが襲いくる。
蹲って大声で泣くわたしの背中を心配そうに支える出久くんの目は恐怖と涙でいっぱいだった。
火傷を負わせたかっちゃんの目にも、同じく恐怖が宿っていた。
◇◇◇
「出久」
教室のドアに、なまえちゃんが立っていた。
突如現れた彼女にここにいた全員は口を閉ざし視線を向ける。
しかし、僕に暴言を浴びせていた彼のをはじめとしたそれらとは一切交わることなく、彼女は僕にだけ視線を向けていた。
ああ、怒っている。
「帰ろ、出久」
彼女はそう言って僕の側まできて手を取る。
この状況でよくそんな事が言えるね、と普通なら肝を冷やすだろうがもう慣れてしまったこの関係では今更だった。
さっきまで楽しそうにしていたかっちゃんは殺されるんじゃないかってぐらいの鋭い視線で僕を睨んでいたけど、何も言わずに舌打ちをして僕の椅子を蹴った。
それを見たなまえちゃんは小さくため息をついて、彼にはじめて視線を向ける。
「かっちゃん、椅子に当たっちゃだめだよ」
「るっせ」
それだけ言葉を交わした後、じゃあまたねと右手で僕の鞄を左手で僕の腕を持ちドアへと足を向ける。
と同時に腕を強く握られ痛みが走り、僕はなまえちゃんを見たけど彼女は前を向いていて表情は伺えなかった。
教室を出る一瞬ちらりと振り返れば、鋭く睨む赤い目が僕を追っていた。
僕はかっちゃんたちから一時的に解放された安堵と、これからなまえちゃんに連れて行かれる恐怖とで吐きそうだった。
学校をでてすぐに掴まれていた腕は離され自分で持てとリュックを胸に押し付けられる。
強く握られていた腕をみるとうっすら跡が残っていた。
そんな僕を一切気にすることなく彼女は僕の前をすたすたと歩いていってしまったため、すぐさまリュックを背負いその後を追いかける。
しばらく無言で歩いた後、人気のないあたりで路地裏に引っ張られた。
なまえちゃんはそのまま僕を壁に突き飛ばすと、冷たい目で言い放つ。
「出久、またかっちゃんにいじめられてたね」
背中の衝撃で一瞬呼吸が乱れ、僕は何も言葉がでなかった。
そんな僕などおかまいなしに彼女は次々と棘のある言葉を降らせる。
「わたし言ったよね、かっちゃんにいじめられるなって」
「なんで学校来てるの?辛いなら来なきゃいいじゃん」
「本当はかっちゃんに構ってもらって喜んでるとか気持ち悪いこと言わないよね」
誰がどう聞いても理不尽なそれに、僕は何も言えずに両手でズボンを握りしめて俯くしかできない。
何も言わない僕に痺れを切らしたのか、彼女は教室で吐き出したため息よりも冷ややかに一息つくと、ゆるりと右手をあげた。
あ、くる。その瞬間彼女の個性によってとてつもない力で押し潰され壁に背中を打ち付ける。
息が苦しくて涙が潤む。
なまえちゃんは絶え絶えに短く息をする僕をゴミを見るような目で見ている。
どうしてこうなったんだろう。
僕たちは仲のいい幼馴染だったはずなのに。
「出久、かっちゃんを敵にしないで」
ああそうだ、彼女は今でも彼のことをヒーローだと、ヒーローになるんだと信じて疑わない、かっちゃんに囚われたまま歪んでしまったんだ。
彼女の目にはどう映っているのか。
歪に捻れてしまった幼馴染は、苦しそうな僕の顔を数秒見てからその手をおろした。
フッと力から解放された僕はその場でずるずるとへたり込んでしまう。
なまえちゃんは荒い呼吸を整えようとする僕にしゃがみ目線を合わせて、すこしだけ眉をさげて笑った。
「ちょっとやりすぎちゃったかな、ごめんね」
でも出久が悪いんだからね、付け加えて僕の頭を撫でる彼女は、昔の優しい幼馴染と変わらない優しい顔をしていた。
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