01
彼女が怪我をしてからも、かっちゃんの嫌がらせは続いた。
無個性、クソナード、そう言って僕をからかう彼に彼女は変わらず立ちふさがった。
しかし以前と変わったのはその彼女に対して彼はすぐさま引くようになったということだ。
痛々しい左腕の火傷の跡をみて彼は苦しそうな表情をして押し黙るのだ。
僕はその時彼女は僕の為に身を呈してくれていると思っていたし、そんな彼女に少しばかり好意も生まれていた為守られてるばかりでは情けないと、彼女に大丈夫だよと後ろから声をかけてすぐにその場をおさめていた。
かっちゃんもそれ以上は何も言わなくなるので、僕たちは変わらず一緒に遊んだし関係は続いていた。
小学校に入って、公園でヒーローごっこをしたり駆け回ったりする遊びが減ってきた頃から女子と男子でグループも別れて、なまえちゃんとも自然と遊ぶ機会がなくなった。
僕とかっちゃんは同じクラスが多かったけど、なまえちゃんは一度も同じクラスにならなかったのもあると思う。
なまえちゃんはあの時より一緒にいることが少なくなった為止める役がおらず、かっちゃんの嫌がらせは少しずつエスカレートしていった。
そんなある時、なまえちゃんが放課後の教室で僕たちにたまたま出会ったのだ。
声が聞こえて気になったのだと思う。
廊下から教室の中を覗くなまえちゃんが僕たちを見つけたとき、彼女の目が大きく見開かれて、すぐさま駆けつけるとあの時と同じように僕とかっちゃんの間に割って入ったのだ。
かっちゃんは突如現れた彼女にびっくりしたのかさっきのなまえちゃんと同じように大きく目を見開いたが、すぐさまそれは鋭さを取り戻した。
「かっちゃん!出久くんは可哀想なんだよ!」
いつかも聞いたセリフを口にしてかっちゃんの手を握るなまえちゃんに、彼は一瞬ギョッとして両手を強張らせたが、振り払うこともせず彼女を睨み続けている。
「なまえには関係ねぇだろが!」
「関係あるよ!幼馴染だもん!」
「ッ…!」
これでもかと大声をあげるかっちゃんになまえちゃんは負けじと声を張り上げる。
幼馴染、と言われてかっちゃんは少しだけ悲しみを含んだ息を飲んだが、すぐにそれを隠すかのように舌打ちをし彼女の手を振り払う。
そしてそのまま彼は取り巻きを従えて荒々しく教室から出ていった。
暴君が去ったことによりほっと胸を撫で下ろし、久々に昔のように助けてくれた幼馴染にお礼を言おうと顔を向けると、視線がかちりとあった。
急降下、僕はひどく狼狽えた。
「出久くん、何でかっちゃんにいじめられてるの?」
そう真っ直ぐと僕を捉えた声色は静かに怒りを孕んでいて、思わずヒュッと息を飲む。
その怒りはかっちゃんにじゃなく今ここにいる僕に向けられているものだと全身で理解してしまったからだ。
彼女はまあるい目を細めて、こわくて固まってしまった僕の腕を強く掴む。
「出久くん、かっちゃんはヒーローなんだよ?」
今までみたこともない彼女の表情と声と雰囲気に、僕は口をはくはくとするだけだった。
「出久、もう、かっちゃんに近寄らないでね?」
この瞬間僕は全てを理解した。
彼女がなんでこんなに怒っているのか、なんでさっき僕を助けてくれたのか、今までも何から何まで全て。
なまえちゃんの語尾は上がっていて、一見僕に優しく同意を求めているようだったが、中身は完全に拒否権などないどろどろしたものだった。
絶句する僕にこてんと可愛らしく首をかしげるが、その目は笑ってなどいなかった。
この日から僕たちの関係は変わってしまった。
いや、正確に言えば変わってはいないのだろう。
彼女ははじめから何一つ変わっていなかった。僕がそれに気づいてしまい、表面化しただけだ。
放課後になると彼女は僕を迎えにくるようになった。
僕がかっちゃんにからかわれていると強めに腕を掴んで帰路につき、人目のないところで僕を責める。
といっても毎日絡まれるわけではなかったので、その時は普通に他愛のない話をしながら通学路を一緒に歩いた。
かっちゃんが関わらなければ彼女は少しマイペースで優しい昔から変わらない幼馴染だった。
彼女と帰るようになって、最初はかっちゃんもなまえちゃんに言い返していたが次第にそれもなくなっていった。
中学3年になった今では放課後にちょっかいをかけてくること自体が減って、たまに心無い言葉を浴びせる場面に運悪く出くわしてしまったとしても彼は苦々しく舌打ちをして視線を逸らすだけだ。
放課後が減った分授業中や休み時間など彼女がいない時にそれが増えたことに気がつかない彼女ではないと思うのだが、そこについてはどう思っているのかは知らない。
またいじめられて何回言ったらわかるの、と何回聞いたからわからない事をなまえちゃんは冷めた目で吐き続ける。
先ほどまで鯉につつかれていたこのノートは乾かせばなんとかなるだろうか、思いながら彼女の言葉を聞き流す。
バサッと彼に窓から放り投げ出されてすぐ、取りに向かう途中の廊下で彼女に会い、誤魔化しもできず一緒にノートの元まで来てしまった。
するとすぐに状況を理解した彼女の行動は早く、僕の腕をいつものように強く握り校舎裏に連れていきいつものように責めはじめた。
なんでこんな風になっちゃったのか、昔を思い出して苦しくなる。
幼い頃、彼女はきらきらと瞳を輝かせながらいっぱいの笑顔で「かっちゃんは強いね!ヒーローだね!」と彼の背中を一生懸命追いかけていたが、いつからこんなに暗く冷たい色になってしまったんだろう。
僕から関わろうとしてるわけじゃないのに彼女は認めてくれない。
なまえちゃんは僕が上の空なのに気がついたのか、ふと口を噤んだ。
そしていつものようにため息をつくと、右手をゆるりとあげて僕にかざした。
これからくるであろう衝撃を想像しぞわっと身震いしてぐっと構えると、ぐんっと何かに引っ張られるような感覚がして僕の頭から全身は地面に勢い良く叩きつけられた。
手に持っていたノートが吹き飛び、衝撃と痛みとで視界が一瞬チカッと弾ける。
「出久、もうかっちゃんに関わらないでね」
ほんの一瞬だった。
フッと上から押さえつける力が退き、彼女はそれだけを言ってこの場を立ち去った。
痛いのは頭か、体か、心か。
僕は髪についた土を払いながら、地面でぐちゃぐちゃになったノートを拾って溢れそうになる涙を飲み込んだ。
この後、僕の人生が大きく変わる。
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