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『おはようっなまえちゃん!』
「…おはよう」

朝、目が覚めると目の前に小さいのが浮いていた。
なんだっけ…昨日は疲れてたから家に帰ってすぐに寝ちゃったんだよな…えっと…。

「そうだ、しゅご…しゅご…しゅごキャラ?」
『そうそう!って、えっあたしのこと忘れてたの!?』

目を見開いて驚く小さいのの名前はリッツ。昨日突然卵から孵って私の前に現れた、“しゅごキャラ”と呼ばれる妖精らしい。
朝からテンションが高すぎてついていけてないし、とてもうるさい。しゅごキャラってみんなこういうものなのか。
ぎゃあぎゃあと騒ぐリッツを横目に、ふと時計を見るととんでもない時間になっていた。

「…遅刻っ」
『あー!なまえちゃん待ってよ!』
「あー朝ごはんは抜きで」
『ちゃんと食べなきゃ倒れちゃうよ!』
「体育ないからいいの!!」

まさか転校二日目から遅刻なんて。


家を飛び出して学校まで全速力で走る。昨日教えてもらった道だ。
足の速さには少し自信があるので多分、間に合う。

覚えたての道を右へ左へ移動していくと大きな校門が見えた。門の前に人は少ないけどあちらこちらから運動部の声が聞こえてくる。
遅刻だと思っていたのに何故運動部の声が聞こえるんだろう。
そう思って時間を確認しようと携帯のディスプレイを見て驚いた。1時間勘違いしてた…だと…。

ショックを受けつつ教室に向かった。
相変わらず廊下は広くてきれいで迷いそうだったけど、教室が階段をあがってすぐのところにあるからよかった。本当によかった。
朝の部活の時間だから教室も廊下もしんとしている。
教室に入ると誰もいなかった。そりゃそうだ。部活以外でなにか仕事がない限りこんな朝早く来る人がいるわけがない。
窓際の自分の席に座り荷物を取り出す。慌てて出てきたから教科書合ってるといいんだけど。

『あの…なまえちゃん…』
「わ、」

カバンを開いたら耳元で声がした。と、思ったらリッツだった。忘れてた。
またあたしのこと忘れてたの?と尋ねるリッツに、素直に首を縦に振ると若干涙目になった。

「急に話しかけるのやめてよ…第一こんなのクラスの子に見られたら」
『だ、大丈夫だよ!あたしの姿は同じ“キャラ持ち”の人にしか見えないもの』
「キャラ持ちってなに…」

訳の分からない単語に首をかしげているとチャイムが鳴った。朝の部活が終わる時間、つまりほかのクラスメイトが次々とやってくる時間。
段々と廊下からざわめきが聞こえ、クラスにも何人か入ってきた。

「みょうじさんおはようございます!」
「あ、お、おはよう」

隣にいるリッツのことを気づかれないかとヒヤヒヤしたが、何も言われなかった。
とりあえず普通の人には見えていないらしい。それならいいんだけど。

安心して小さくため息をつくと、急に周りが騒がしくなった。ドアの方から聞こえるから多分廊下からだろう。
気になってドアを見つめていると音量はだんだん上がっていく。そのまま見つめていると、

「うわ…」

キャーキャーというBGMと共に視界に現れたのは、藍色の髪を高い位置で結んだ一人の女の子。
花柄の髪紐がとてもよく似合っていた。すごく着物とか似合いそうな、お人形みたいな、落ち着いた子。

「みょうじなまえさんはいるかしら?」
「え、…私?」

周りの視線が彼女から私に集中し、とても嫌な気持ちになる。何故私なんだ。
しぶしぶ席から立ちドアへと向かう。彼女の前に立つと、大きな威圧感に倒れそうになった。

「みょうじさんね」
「はい。…何か用ですか?」

彼女にニコリと微笑まれて、私も不器用に微笑み返す。美人が笑うとこっちが恥ずかしくなる。思わず彼女の髪の毛を見つめた。髪の毛サラサラ羨ましい。

「あなたを、ロイヤルガーデンに招待しに来たの」

彼女が差し出した白い封筒を受け取った瞬間、ドッと聞こえる声が大きくなった。
彼女のその言葉を聞いてぽかんとする私とは裏腹に、私たちを見守っていたクラスメイトが一斉に叫び声をあげたのだ。えっなに!?

「今日の放課後、ロイヤルガーデンにきてくれるかしら?」
「…なんで私が」
「辺里君に昨日言われたでしょう」

周りの声の大きさに片耳を塞ぎながら問うとそう返された。
言われて辺里君との会話を思い出す。確かに昨日辺里君に会い“明日の朝、教室で場所と時間を聞いてね”という謎の言葉を残されたのだ。これのことだったのか…!

しかし問題が一つ。

「あの、分かりました、けど…。私、ロイヤルガーデンへの行き方を知らないんですが」
「そういえばそうだったわね…。そうね、迎えの者を用意するから教室で待っていて」
「は、はい」
「それじゃ、また放課後ね」

冷静に返答をして言うだけ言った彼女はくるりと方向転換をし、履いているブーツを小さく鳴らしながら廊下を歩いて行った。
その瞬間、さっきは見えなかったけど彼女の肩にリッツと同じくらいの大きさの妖精が見えた気がした。
そして、彼女がとなりのクラスへ入って行った瞬間、クラスメイトたちは一斉に静かになった。


とりあえず状況の整理をしたい。わけがわからない。


「みょうじさんすごいじゃないですか!ガーディアンからの、なでしこ様からのお誘いですよ!!」
「さっすがみょうじさんですね!昨日の転校のときから噂はあったんですよー!」
「いーなー!!私もロイヤルガーデンのお茶会参加したいです!」
「ちょっとちょっと、まって」

彼女が居なくなった途端に詰め寄ってくるクラスメイトの勢いに若干引く。噂って何。
あの子はガーディアンの子だったのか。ガーディアンって美人しか入れない決まりがあるのか。確かにケープは着ていたし…。

受け取った便箋を開くと、とてもきれいな字で“あなたをロイヤルガーデンへ招待します。”と書かれていた。ちなみにその下に小さな字で“昨日の話の続きが気になったらぜひ来てね。辺里唯世”と書いてある。辺里君の仕業だ。
確かに昨日の話とリッツのことは正直気になっていた。話を聞くチャンスは今日しかない。

「みょうじさん!もちろんお茶会行きますよね?」
「まあ…一応」
「明日ぜひ感想聞かせてくださいねー!」

丁度始業を知らせるチャイムが鳴り、私の周りに集まっていた子たちもぞろぞろと席へと戻っていった。

『なまえちゃん、お茶会ってなあに?』
「あんたは出てくるな」

急にひょこりと視界に現れたリッツをカバンの中へと放り投げ、先生に挨拶をした。


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