泡沫

1-5


「ダイキリを……彼にも同じものを」

 聞こえてきたその言葉に、思わず弾かれたように隣に座る女を見た。
 ジェイムズから告げられた合図は『ダイキリカクテルを頼まれたら取引開始』というものだった。

 先日、立て続けにFBIにリークをしてきた情報屋。調べてもあまり情報はなく、年齢性別不明、情報屋として活動を始めたのは最近だと思われるがその情報の確実性・リークのタイミングなどがどの情報屋よりも優れているということだけ分かった。
 その情報屋の名前は「イザヤ」。ジェイムズと俺が立てた予想では、日本に関わりのある男性ではないかと思っていたが、まさか…先ほど軟派も躱すことができていなかったこの女がイザヤだというのだろうか。

 少し艶のある綺麗な黒髪は、ほんのりウェーブがかかっていて軽くアレンジされていて、綺麗な蝶のついたヘアアクセサリーで止まっている。服装は、ノースリーブの黒いミディアムドレスにレース生地のボレロを羽織っている。
 仕事で来ていなければ自分も声をかけていたかもしれない…そんな風に思わせる綺麗な女性が情報屋とは、末恐ろしいものだ。


「ご挨拶が遅くなってごめんなさい…イザヤです」


 少しはにかみながら言葉をこぼす彼女に、見惚れてしまったのはジェイムズには内緒だ。


***

 なまえが待ち人だったとは露程も思っていなかったのか、赤井は切れ長の目を少し丸くしてこちらを見ていた。


「こちら、ダイキリです」


 バーテンがなまえと赤井の前にカクテルを置いた。少し固まっていた赤井もバーテンからカクテルを受け取ったのを見て、グラスを彼の方へと揺らす。


「今日の出会いに…乾杯といきますか?」
「なかなかに面白いお嬢さんだ」


 カチリ、と控えめにグラスがぶつかる音がする。一口飲むと、ライムジュースの爽やかさと砂糖の甘さが口の中に広がる。
 ダイキリは、ラムをベースにライムジュースと砂糖を使ったショートドリンクだ。カクテル言葉は"希望"。
 今後、なまえの目的に於いても重要なキーパーソンとなる赤井秀一…そんな彼にぴったりの言葉だと思ったのでチョイスしたカクテルだった。


「赤井秀一、FBI捜査官だ」
「はじめまして、赤井さん。情報屋の"イザヤ"です。今日はお誘いありがとうございます」
「…イザヤは本名か?」
「いえ、情報屋としての名前です」
「だろうな…てっきり俺は、男だと思ったんだが…こんな綺麗なお嬢さんだったとは」
「ふふ、お上手ですね」
「本心なんだがな」


 情報屋としての名前を考えたときに思いついた"イザヤ"…。元の世界のあるラノベに出てきた人物からいただいた。一度頭の中に浮かんできたら、他の名前が浮かばなかったのだ…。
 しかし、情報屋としては人物像がもろに浮かばない方が良いので男性を連想させる名前を選んだのは正解だったかもしれないな…となまえは思った。

 しばらく他愛もない話題で雑談をしていたが、赤井の本題に入りたそうな雰囲気を感じ取りマスターに声をかけた。ここは奥に隠し部屋のような個室があり、秘密の話をするにはもってこいの店なのだ。

「マスター、例の部屋借りますね。わたしはバーボンのロックを…赤井さんはどうします?」
「そうだな…カナディアンをストレートで。」
「かしこまりました、どうぞ」

 マスターから了承の声をもらったので、赤井に声をかけて隠し部屋へと入る。中に盗聴器などの機会がないのを確認して、ソファへと腰を下ろした。赤井は部屋をぐるりと見まわしたあと、紫苑の正面に座った。
 少し遅れて、マスターがドリンクをもって部屋にやってきた。ドリンクを受け取り、マスターが部屋を出て行ったのを確認して紫苑は口を開いた。

「さて…と。万が一にも誰かに聞かれては困ると思いまして…ご用件を伺います。」
「早速だが本題に入らせてもらおう。坂之上建設…という会社を知っているかな?」
「…ビルなどの建築を主に行っている会社ですね。バックにはカタギではない人物がついています。良くあることですね。」
「ああ…FBIが追っているヤツが坂之上建設と繋がっている可能性が出てきてな…。こちらも捜査員を投入して探ってはいるがなかなか裏がつかめていないんだ。だが悠長に操作をしている時間がなくなってきてしまった。」
「…それで? わたしにその貴方方が追っている人物と坂之上建設とのつながりを探ってほしい…とそういうことでしょうか。」
「理解が早くて助かるよ」

 FBIでも探り出せない繋がり…坂之上建設は少し前に内情を調べていたが、怪しい人物がいた記憶はない。…が、FBIがこうして情報屋を頼ってまで探りたい人物が全くの無関係ということはないだろう。

(いまの環境でどのくらいいけるか…腕試しにもなるかな)

「わかりました。お引き受けします。」
「いいのか?」

 私がすんなりと引き受けたのが意外だったのか、赤井さんはその切れ長の目を少し大きくし、こちらを見た。彼は漫画やアニメの中ではあまり感情の起伏を見せないキャラクターだと思っていたが、意外と表情に変化がある印象を受けた。

「報酬についてだが…FBIから提示する金額はこれだ」

 そう言いながら赤井さんが、ジャケットのうちポケットから1枚の紙を取り出した。その紙を受け取り、目を通すがそこに提示されていた金額に驚きを隠せなかった。

「こんなにはいりませんよ。調べる対象も主に1人ですし…」
「いや、受け取ってもらいたい。今までの情報に対する礼も含まれているんでな」
「あれは…こちらが勝手に送りつけたものなので見返りは求めてませんよ。むしろ、身元もよくわからない情報屋からのメールを信じて動いてくださったのでこちらが感謝すべきかと…」
「ホォー、お嬢さんはこんな世界に足を突っ込んでいるのに随分と謙虚なようだ」

 まるで面白いものを見たとでも言いたげな赤井さんの視線に、紫苑は困ったように笑うことしかできなかった。
 本音を言うと、今回の依頼も金銭は受け取りたくない。元の世界で警官をやっていた自分の良心が痛むのだ。だが、こちらの世界でまともな仕事につくことはできず、かつ"彼ら"のことを救うためにと選んだ情報屋という生き方。たった数ヶ月ではあるが重ねた罪は数知れず…。それでも、せめて報酬は

「謙虚なんかじゃないですよ…情報に見合う報酬だけいただければ結構ですから」
「だが、こちらも事情があってね。今回は素直に受け取ってくれるとありがたいのだが」

 赤井さんは引く気がないようで、小切手にはもう興味がないというような表情をしていた。"今回は”ということは今後もFBIとの取り引きは続くということだろうか。こちらとしては願ったり叶ったりなので、そうであればここで揉めて余計な波風を立てるのは得策ではないか…。

「わかりました。今度から報酬に関しては事前にご相談させてくださいね」
「ああ、そうさせてもらおう」

 その日はその後お酒と共に他愛もない世間話をして赤井と別れた。作品の中ではクールで近寄り難く無口なイメージが強かったが、意外にも話が弾み楽しい時間を過ごすことができたと紫苑はほっこりしていた。

 翌日から調べ始めたFBIに依頼された件も、そう時間はかからずに情報を渡すことができた。少しアクセスする方向を変えたら繋がりがボロボロでてきたのだ。その情報の正確性により、FBIの紫苑に対する評価はもちろん上がりジェイムズから直々にまた何かあったら是非頼みたい旨の連絡が入った。
 なお、赤井は彼女が気に入ったようで次回取り引きするときも自分が向かうとジェイムズに進言し、彼を驚かせたのだがそれを紫苑が知る由はなかった。

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