episode.1
「探せ、奴隷が逃げたぞ!!」
「…っ、はぁ、…はあ、…ッ」
重い足を無理やり動かし走る。足首に巻かれた重たい鎖が走るたびにガシャガシャともつれあって、転びそうだった。
それでも追っ手の声に神経をすり減らしながら必死で逃げる。たまたま扉が開いていた。人気が無かった。逃げる理由はたったそれだけ。それだけなのに衝動に突き動かされるように今も気力だけで走っている。ここから逃げたところで、この先も地獄かもしれない。今よりもっと酷い目にあって死ぬかもしれない。それでも同じ地獄ならここじゃないところへ行きたい。
路地を走り抜けると広い場所に出た。すぐそこは海で、船が3つ停まっている。どれを選べば助かるか、選択肢なんてない生活を続けていたおかげでどうしていいかわからない。一番大きい船には錨のマークがついている。中くらいの船には宝箱のマークがある、一番小さい船には隠れる場所はなさそうだ。
迷ってる暇はない。一か八か目の前の宝箱のマークの船に乗り込んだ。積荷の間に身を潜めながら、ぜぇぜぇと荒い息を必死で落ち着ける。追われている最中に撃たれた腹部からは、どくどくと血が溢れていた。玉は貫通したみたいだが、血が止まらない。着ていた服の裾を引き裂いて、布の切れ端を作って胴に巻き付けキツく縛る。痛みで視界が霞んだ。ギシギシと揺れる船の様子からして、どうやら出航したらしい。島を離れたという事実に安心した瞬間、プツリと意識が途切れた。
次に目を覚ました時には、見知らぬ部屋にいた。まだ揺れているからきっと船内のどこかだ。足の拘束はそのままに、新たに手にも手錠が嵌められ床に転がされていた。見つかって、移動させられたらしい。あのまま死んだかと思ったから、目が覚めたことに少しホッとした。相変わらず体は鉛のようで、思うように動かなかった。どのくらい意識を失っていたかはわからないが、船はもう動いていない。バタバタとうるさい足音が近づいてきたと思ったら、目の前の扉が勢いよく開いた。
風貌の荒い男が立っている。
「ほら、さっさと歩け」
「っ、わ、」
船を降ろされ鎖を掴んで引き摺られていった先は、鉄格子の中だった。突き飛ばすような勢いに足の踏ん張りが効かず、たららを踏んだところで自分の足の鎖ともつれて体勢が崩れる。転びかけた私を支えてくれたのは、先に中にいた長髪の男だった。白髪からして老年のようにも見えるが、鍛えられた身体は若々しくいまいち年齢が読めない。こんな場所で鎖で繋がれているのに落ち着いていて余裕すら感じるのは何故だろう。
「大丈夫かね」
「あ、あの…ありがとう」
お礼を言って顔を見ると、向こうもこちらをまじまじと見た。観察されているのを肌で感じる。
「おや、君は…ミンク族かな?美しい毛色だ」
「多分そう、半分くらいだけど」
「そうか、では今日は君が目玉商品ということかな」
「なんの、こと?」
「ここはヒューマンショップだ。おや、何も知らないまま連れてこられたのか?かわいそうに。この部屋に集められたのは今日開催するヒューマンオークションの商品たちさ」
迫力と濃厚な色気を纏う男は、皮肉っぽくそう言って目を細めた。どうやら逃げこんだ先ははずれの船だったらしい。人生をかけて逃げてきた結果は、また別の人に飼われることになりそうだ。期待などはなからしていなかったが、やはり自分はこの程度の人生なのかと、静かに絶望する。
「わしはレイリーという、君の名前は?」
「リト」
「そうか、リト。怪我をしているのか、こっちで横になるといい」
腹に巻いた布から血が滲んでいたのを見咎められて、レイリーの隣に寝かされた。首に付けられた装置が邪魔で頭の置き所がない。この建物に入った時に付けられたそれは、取ろうとすると爆発させられるらしい。忌々しげに首元に触れる。
「随分消耗しているようだ。少し休みなさい。オークションが始まったら後で外してやろう」
「え…?」
気にしなくていい、ついでだ。とこともなげに言うレイリーに首を傾げる。この人もこれから売られる立場なのではないのか。レイリーの首にだって、しっかり同じものがついているのに。わけがわからないが、今は考える体力もない。妙に安心感のあるその声に釣られるように、うとうとと眠気が襲う。どうせこの首輪がある限り、ここからは逃げられないのだ。これ以上状況が好転することもないだろう。そう思って眠気に身を任せた。
ドォン、ドォンと地響きのような音で意識が浮上する。
ハッとして辺りを見回すが、レイリーの姿はない。それどころかあちこちから何かの壊れるような音や悲鳴が響いていてまわりはパニック状態だ。入れられていた檻は半壊していて、首元に手をやるとあるはずの首輪がない。ペタペタと首を直に触って確かめる。…本当に外れている。どうやって?
「とりあえず…逃げる」
檻の中にいたであろうほかの商品の人たちもいないのであれば、私は1人出遅れたんだろう。慌てて身体を起こすとくらりと眩暈がした。レイリーはついでに私の手足の鎖も切ってくれたらしい。枷自体は外れていないがずっとマシだ。なるべく喧騒から離れるように建物を出ようとすると、周辺をぐるりと海軍が囲っていた。
海兵にいいイメージはない。変に保護を求めたところで、元いた場所に連れ戻されるのが見えている。
さてどう逃げるかと考えていると、一際大きな音がして土煙が上がる。思わずそちらに目を向けた。
立っていたのは2人の男と1人の子供…?周りには海兵が倒れており、包囲網がそこだけポッカリと空いていた。何が起きたのかよくわからないが海兵が動揺したお陰で陣形が崩れた。その隙に海兵の間を縫って包囲網を抜け出した。
混乱する海兵の声を背に走っていると、突如目の前を光線が通過した。ピュンと風を切る音がしたと同時に目の前が爆発する。運良く直撃は避けたものの、身体が爆風に巻き込まれて宙を舞った。
受け身を取る間も無く地面に叩きつけられ、一瞬息が詰まる。吹っ飛ばされて霞む視界には大男が見えた。逃げなければと起きあがった瞬間、腹部に痛烈な痛みが走り、そのまま地面に倒れ込む。声にならない声が噛み締めた口の端から漏れた。みれば止まりかけていたはずの傷が開き、地面にポタポタと血が垂れている。
「…っ最、悪」
意識を失う直前、大男に対峙する2人の男を見た。