episode.2
※ロー視点
バーソロミュー・くまの攻撃をいなして、どうやってこの場を逃げきるかと考える。麦わら屋のしでかしたことは痛快だったが、七武海まで出張ってくるとは少々面倒だ。ユースタス屋は力押しで強引に通り抜けようとして、派手な攻撃を繰り出している。さて、どうしたものかと逡巡していると、ベポが声を上げた。
「キャプテン!この子ミンク族だ、それに怪我してる!」
「ああ?」
こんな時に何を言ってやがると視線を向ければ、少し離れた地面に女がうつ伏せで倒れていた。ベポが助け起こしている。仰向けた腹部には傷を負っているのか、流れた血が地面に血溜まりを作っていた。意識のない顔からは血の気が引いて、このままほうっておけば失血死するだろう。手足に壊れた枷が付いたままのところを見ると、大方ヒューマンショップにいた商品のどれかだろう。ミンク族は存在自体が希少で、大半はゾウという国から出てこない上に仲間意識が非常に強いと聞く。チッ、面倒だ。
「このままじゃ死んじゃうよ!」
人助けは海軍の仕事じゃないのか。だがまぁ、このままいけば海軍が見つける前に手遅れになる可能性もある。医者としての矜持とは厄介なものだ。尚も声を上げるベポに、やれやれとため息を吐いた。
「…さっさと突破する。ベポ、そいつも連れて来い」
「アイアイキャプテン!」
先程から意思のない攻撃をしているようなくまを見据え、roomを展開した。
◇◆◇
ポーラータンク号の船内に戻り、先に処置室に運ばせた女の元に向かった。手術台の上に寝かされた女をあらためて観察する。ベポ以外のミンク族を見たことはないが、文献には人型に獣の特徴が色濃く出るとあった。しかし、目の前の女に関してはオオカミのような灰白色の三角の耳と腰の付け根から伸びる尻尾以外は人間と変わりない。まぁその耳と尻尾でベポは同族だと判断したんだろうが。腹の傷を見るために申し訳程度に着ていた服を、巻かれていた布ごと切る。
「……」
「ッなにこれ…」
顕になった肌を見て、助手として横にいたイッカクが眉根を寄せた。腹には銃創が二箇所。スキャンしてみるにどちらも体内に弾は残っていない。二発のうちの一発が内臓を傷つけていた、大量出血の原因はこれだろう。だが、イッカクが声をあげた原因は銃創以外にあった。
「これは…虐待の跡か」
体中に残っていたのは大小様々な傷跡。鞭などでできる擦過傷に、タバコを押し付けたような火傷の跡、果ては刺し傷まで。傷の具合から見るに随分前からのものだ。ヒューマンショップには誘拐されて売られることもあるらしいが、この女の場合はそれ以前にいた場所も碌なところでは無かったらしい。見たところ十五、六の年頃に思えるが、幼さの残る顔立ちと華奢な体躯に無残な傷痕が際立つ。
女の境遇を想像したのかイッカクが唇を噛んだ。目には怒りが現れている。オペを始めるぞ、と一声掛けるとイッカクは自分を落ち着かせるようにひとつ深呼吸をして、ハイと返事をした。
あらかたの処置を終えて、息をつく。輸血もしたし命に別状はないが、二、三日は熱が出るだろう。経過観察は、女に同情したのかイッカクが自ら申し出た。何かあればすぐに呼べと託けて処置室をでる。扉の前にはベポとシャチ、ペンギンが集まっていた。
「キャプテン、あの子は助かる?」
「怪我は問題ない」
あれだけの傷跡を抱えた女だ。精神状態がまともかどうかは知らないが、と心中で付け足す。やはりベポは仲間意識があるのか、心配でたまらないらしい。ペンギンがあの子も船に乗せるのか?と聞いてきた。ヒューマンショップを脱出した折にジャンバールを連れてきたから、あの女も仲間に加えるのかという意味だろう。さぁな、とだけ答えて船長室に向かう。今は潜水しているが、シャボンディ周辺は海軍の警戒が強まっている。ほとぼりが覚めるまでは近づかない方がいいだろう。シャチにしばらくの方針をまとめて伝えると少し休むと言い残して、船長室に向かった。
部屋で三時間ほどの仮眠をとって、処置室に向かった。こんこんと眠る女の表情は険しい。前髪が汗で張り付いているのをみて、イッカクが丁寧にタオルで拭った。予想通り熱が出てきたようだ。身につけていた服はほぼ布切れと化していたので、今はイッカクの寝巻きだというオーバーシャツを借りて着せてある。服を着ていれば一見して傷がみえないというところに、女に傷を負わせた相手の陰湿さが垣間見える気がした。
「イッカク、代わりにみておくからお前も少し休め」
「…でも、目が覚めた時に同性がいた方が」
珍しく食い下がるイッカクは、おそらくあの傷跡をみて自分なりに予測を立てているのだろう。元々情に熱い部分もある。名前も知らない女とは言え、同性として思うところはあるらしい。
「まだしばらくは麻酔が効いて目を覚まさねェよ」
「わかりました、よろしくお願いします」
頭を下げて部屋を出ていったイッカクと入れ替わるように、ベポが部屋に入ってきた。どいつもこいつも事情も知らねぇ他人のためによく気をまわす。ベポは眠る女の顔を覗き込んで、オオカミ…いや犬かな…?と呟いている。
「おいベポ、ミンク族ってのはこんなに見た目に差があるのか」
「あることにはあるよ。けど、この子に関しては普通の人の血も混ざってると思う」
暗にベポに比べてかなり見た目が人間に近いことを示唆してみたが、返ってきた言葉に納得した。さしずめ人間とミンク族のハーフと言ったところか。ゾウにはミンク族以外住んでいないと思うんだけど…と続けたベポに、それ以上は考えても仕方ないことだと思考放棄した。