運命と未来





休日に家に黒尾を呼び出した私は、リビングのラグの上で膝をつきあわせて、深呼吸する。緊張で胃がおかしくなりそう。誘った時のただならぬ雰囲気を察して、今も黙ってこちらの様子を見守る黒尾に意を決して重たい口を開いた。


「ずっと、…黒尾に黙ってたことがあって。私…実は…、…な、中身はとっくに社会人なの…っ」


「え?、…え、どういう?…精神年齢的な話?」


あっけに取られた黒尾がハテナを飛ばすのも無理はない。自分で理解していても、いざその状況を人に説明するとなるとこんなにも難しい。何から話していいものか、と考えて端的に伝えようとしたらそうなった。いきなり、こことは別の世界があってね、と言い始めたら正気を疑われそうだったから。

黒尾の反応が怖くて顔が見れない。言葉を選びながらぽつりぽつりと、この世界で目覚めた朝からの出来事を語り始めた。私の真剣な様子に、段々と状況を理解していった黒尾は、一通り話が終わるとぐっと私の手首を掴んだ。


「その話だと、いずれ…戻るのか?その、元々いたところに…」


「それがね…ちょっとややこしくて」


すがるように黒尾の手に力が入る。

神と名乗る人からの手紙には、こちらにきた後の、向こうの世界の私について書かれていた。

元々こちらの世界で生きていた三池 芳乃の人格は、自分に無関心な両親との折り合いが悪く、日々の生活に耐えかねていた。そんな折に事故に遭い、ショックで記憶を封じ込めたらしい。記憶を失った彼女と別の世界に住むもう一人の私が同じように自暴自棄になっているのをみて、神様は人格を入れ替えた。
向こうの世界に行った私は、向こうの両親と接して心を癒やして、パートナーになりそうな人も見つけて穏やかな日々を過ごしているらしい。まぁ、私の両親は平凡だけど優しい人だと思うし。記憶も人格も変わった娘に仕事のストレスだとか勝手に納得して世話してくれたに違いない。
かくいう私も、こっちで自由に生活してきているわけで。彼女の鬼門だった両親とやらも、確かに愛情は希薄な気もするが、私自身が愛情が必要な年齢は過ぎていたせいでさほど問題に感じない。神様としては入れ替えて上手くいってるなら戻す必要なくない?という感じらしい。いや軽いな。

流石に手紙の内容を一回では受け止めきれなくて。何度か読んで、もう一人の私とやらに思いを馳せて。ようやく自分に落とし込んだところだ。


「多分手紙の内容を見るに、私はこのままこの世界で生きていていいみたい…?」


いっそ手紙を見せた方が早いかと思って、悪ふざけみたいな内容の手紙を二通とも黒尾に手渡した。初めてここにきた時に読んだものと、先日机に置かれていたものだ。黒尾は私の腕を引いて自分の膝に乗せると、まるで小さな子供に絵本を見せるような体勢で手紙を読み始めた。終始無言で読み終えたあと、ぽいと手紙を置いてそのまま抱きついてくる。


「はぁ、道理で落ち着いてるわけだ…マジで年上だったのかよ」


背中側から抱きつかれているせいで、どんな表情で黒尾がそう言ったのか見えなくて不安になる。


「…幻滅した?中身、8個も年上で。高校生に手を出して」


自分なりに負目に感じていたことをつい口に出してしまう。こんなこと聞いて何になるんだ。わざわざここで言質をとったところで、この場でなんとでも言い訳して、後から自然消滅だってあり得るよなぁ、なんて自分のネガティブさに落ち込む。


「びっくりしたけど、別に。むしろ、俺のこと眼中になかったのは、そういうことかとか。これまでのことも色々合点がいった」


「あはは、…ごめんね」


笑ってはみたけど我ながらバレバレな苦笑いだなと思った。自分の身の上を黙っていることがずっと黒尾に対して負目で。言わなくちゃとずっと思っていたことなのに、いざ話をしてみたら気持ちは軽くなるどころか急激に不安に傾いてしまう。
うわ、私いま超絶面倒くさいじゃん、多分黒尾になに言われても安心できる気がしない。


「…不安?」


「なにが」


「俺が離れてくんじゃないかって」


心を読まれたのかと思うくらい、びっくりした。じわりと涙が滲む。ああ、ほんとに情緒不安定だ。いつの間にか硬く握りしめていた手のひらに黒尾の手が重なり、強張りをを解くように、指を解かれる。右手を繋いで、左手をなぞる手が薬指を撫でた。



「なぁ、芳乃」



「なに?」



「高校卒業したら俺と結婚して」



「ッ、え…?」



聞き間違いかと思って、振り返って黒尾を見る。黒尾にはこれからいくらでも出会いと別れを繰り返す権利があるし、私よりも好きな人が出てくる可能性だってあるし。だいたい付き合ったばかりで何を。そんな言葉が心の中で浮かんで、黒尾の真剣な表情を前にして消えていった。いつぞやに、すぐにでも嫁にする、といった黒尾が唐突に思い出される。


「この先、俺みたいなガキよりもっと大人で、芳乃につり合うような、余裕のある男が現れたらって考えたら…勝てる気がしない。だからそんな男に見つかる前に、俺と結婚して」


どんな理屈?と笑おうとしたのに、涙が溢れて止まらない。何を言われても不安は消えないと思っていたのに。こんな唐突なプロポーズは完全に予想外だ。私でいいの?と震える声で聞き返す。さっきからずっと芳乃に言ってる、と少し拗ねた声を聞いて、こちらから抱きついた。


「ありがと…っ私、黒尾のお嫁さんになりたい」


「…じゃあまずは俺のこと名前で呼んで」


ちゅっと触れるだけのキスをされ、顔を見合わせて、笑い合う。
不安はどこかへ消え失せて、胸の奥から幸せが溢れ出した。



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