番外編�A大学生の2人





大学生編



四限の授業が終わり、学生でごった返す校内を歩く。今日の講義はこれで終わりなので、私も帰路に着く予定なのだけど、今日はその前に1人回収する予定があるのだ。
一階のラウンジにいると連絡が来ていたので真っ直ぐラウンジに歩いてきてみれば、人混みの中でも目的の人物はすぐに見つかった。


「赤葦くん!お待たせ!」


分厚い本とレポート用紙の束から顔を上げたのは赤葦くんだ。学部が違うからやってることが全然わかんない。私は経営学部、赤葦くんは文学部だ。


「芳乃さん、お疲れさまです」


私に気づくと無表情を若干緩ませて挨拶してくれる。手早く机の上を片付ける彼の向かいに座った。


「四限空きコマだったんでしょ、ごめんね待たせて」


「課題もあったので大丈夫でしたよ、こちらこそ毎度毎度木兎さんがすみません」


相変わらず高校の時から赤葦くんは木兎くんのお母さんのようなポジションだ。合同合宿以降、たまに鉄朗は連絡をとっていたみたいだけど、私と赤葦くんの大学が同じだったことで接点が増えて、今ではみんなで遊びに行く仲になった。何を隠そう、今日は宅飲みが開催されるのである。メンバーは私、鉄朗、赤葦くん、木兎くん、研磨だ。不思議なメンツ。開催場所は我が家。これは割と恒例だったりする。


「はじめに言い出したの鉄朗だし、私も楽しいから気にしないでー」


「黒尾さんは?」


「研磨と合流して先にうちに帰ってるんじゃないかな?」


高校を卒業してから私は本当に鉄朗と結婚した。学生結婚ってどうなの、この世界の親は、鉄朗の親はなんて思うかという疑念は杞憂に終わり両者とも驚くほどあっさり了承された。むしろ私の方が日和っていて、大学生の間は婚約ってことにして卒業後に結婚でいいんじゃないの?と思っていたくらいだ。けれど同棲が決まるや否や、一緒に住むならもう籍も入れちゃえばと半ば鉄朗に押し切られる形で婚姻届にサインをした。別れる気ないならいつ入れたっていいでしょ?と言い放った鉄朗の目は忘れられない。


今はお互いバイトをしつつ、学生生活を謳歌している。ちなみに大学は別々のところを受験した。やりたいこと違ったしね。一緒に住んでるし毎日顔を合わせてるっていうのに、鉄朗は日中もまめまめしく連絡をくれる。いつぞやそれを夜久に話したら、マメじゃなくて束縛って言うんだぞと少し引かれた。別に病的なわけじゃないし私が気にしてないからいいんだけど。



「あ、連絡きた。やっぱりうちに帰ってるみたい。私たちも行こうか。お酒は鉄朗たちが買ったみたいだけど何か個別で飲みたいものある?」


「いえ、なんでも飲めるので」


「じゃあ真っ直ぐ帰ろ」


木兎くんは木兎くんで彼の大学からうちに直行するようだ。赤葦くんを伴って電車に乗りながら、つまみに何を作ろうか考えを巡らせた。




#




『かんぱーい』


そこそこ広いはずのリビングも、ガタイのいい男が何人もいると流石に狭く感じる。もともと私が住んでた部屋に、そのまま鉄朗が越してきたのだ。寝室のベッドが大きくなった以外は変わらずの我が家だ。
乾杯だけ参加してあとは会話に加わりつつキッチンの中からひたすら料理を提供している。元運動部の食欲を侮ってはいけない。出した側から消えてなくなる。


「木兎さん、ピッチはやくないですか」


「メシが美味いと酒が進むんだ」


「芳乃のご飯美味しいよね」


赤葦くんの心配をよそに、木兎くんはよく食べよく飲む。そして鉄朗もそれにつられていつもよりペースが早い気がする。美味しいと食べてくれる研磨に、私も嬉しくてお酒が進む。


「さすがは俺の奥さん」


「芳乃はもう人妻なんだなー」


酔っ払って上機嫌な鉄朗の言葉に、木兎くんがしみじみとポツリ。人妻…、いや間違ってないけど、木兎くんの口から出るにはなんかこうギャップがあるというか、なんというか。


「人妻…いい響きですね…」


何かを噛み締めるように頷く赤葦くん。顔に出てないだけで相当酔ってるなこれは。念のため水でも飲ませようとグラスを持って行くと、芳乃も座ってゆっくり話そう、と研磨に言われて輪に加わる。作るばっかで私もお酒しか胃に入れてなかった。机の上に並んだ料理を適当に取って食べる。うん、味見してなかったけど我ながら美味しい。


「芳乃、本当にクロでよかったの?」


「おい何言い出すんだ研磨!」


「そうだぞ、俺だっていい男だぞ!」


「木兎さん、人妻という背徳感もそれはそれで…」


宅飲み開始からおよそ二時間。いつもより2割増くらい眠そうな顔した研磨の発言を皮切りに、支離滅裂な発言が飛び交う。あれ、みんな大丈夫?一番おかしいのはぶっちぎりで赤葦くんだけど。不倫、ダメ絶対。


「赤葦やっぱりお前芳乃のこと狙ってるだろ」


「違いますよ、俺は古今東西人妻という言葉の耽美さの話をしているわけで…」


「黒尾が結婚できるなら俺だってもっとモテていいはずだ!」


「ねぇ、ほら、こんなちっちゃい男だよクロは」


ああ、ほらもう鉄朗が殺気立ち始めた。木兎くんもよくわかんない主張が止まらないし。だいたい木兎くんは学生時代から注目のバレーボール選手だ、モテないわけがない。ていうか研磨はなんでさっきから鉄朗のネガキャンしてるの?


「ちゃんと好きで結婚してるから大丈夫だよ」

本心でそう返したら、一斉にこちらを向く四つの顔。


「意外です…黒尾さんの超絶激重片想いだと思ってたので。てっきり押されまくって押し切られたのかと」


「おいコラ赤葦、出禁にするぞ」


「大体合ってるけどね」


「やっぱり押して押して押し倒すくらいじゃないとな!」


「いや、押し倒しちゃダメでしょ」


誰が誰に話しかけてるのかもはやカオスだ。ていうか見知らぬ日本酒の瓶が空いてるけど誰が持ち込んだのこれ。絶対このせいでしょ。研磨はそんなに遠くないとしても、木兎くんと赤葦くんは雑魚寝泊まりコースじゃない?明日朝から授業でも起こさないからね。
結構その後も日付の変わる間近まで飲み続けた結果、赤葦くんと木兎くんはしっかり終電を逃し、研磨はちゃっかり終電で帰って行った。



「ほらー、ちゃんとお水飲んでー。鉄朗は寝床あるでしょ、そっち行って」


よくよく見ると目が据わっている赤葦くんに水を飲ませ、爆睡の木兎くんにタオルケットを掛ける。鉄朗はのそのそと起き上がったので、寝室に行くのかと思いきや、グラスや空いたお皿をシンクに持ってってくれた。


「…タクシーで帰ります…」


ふらふらのまま立ち上がった赤葦くんはタクシーを呼ぼうと携帯を手に持ちながら携帯を探している。あの状態だといつまで経っても見つけられなそうだ。無理しないで。


「タクシー高いでしょ、泊まってっていいよ」

「木兎さんは?」

「隣で爆睡中だよ」


そうですか、と横にいる木兎くんを見た後、安心したようにパタッと倒れた赤葦くんはものの数秒で静かに寝息を立て始めた。遊び疲れた子供のような寝方だ。赤葦くんにもタオルケットを掛ける。


「赤葦寝た?」


「うん。鉄朗、洗い物ありがとう」


「ん、まだグラスしか洗えてないけど」


「いいよ、残りは明日やるから」


思いの外しっかりした返事をする鉄朗。少し酔いが醒めてきたのかもしれない。時計は深夜を指している。軽くシャワー浴びて寝てしまおう。

「鉄朗はお風呂どうする?」


「俺帰ってきてすぐ入った」


「そう、じゃあ私さっと入ってくるから先寝てていいよ」


「一緒に入る?」


「また今度ね」


…なんか前にもこんなやりとりした気がするな…?気のせいか。ハグしようとする腕をすり抜けて、脱衣所に入った。手早くシャワーを浴びて、ドライヤーもしたけどリビングの2人は変わらずの爆睡。寝室の灯りはすでに常夜灯に落ちていて鉄朗も寝ているだろうと思いそうっとベッドに潜り込んだ。途端に後から伸びてきた腕に捕まった。



「…寝ててよかったのに」



「今日ありがとな」



「ううん、料理好きだし、私も楽しかったよ」


「うん、知ってる。俺の奥さん」


少し眠そうな声でそう言って、うなじにチュッとキスの感触。もぞもぞと鉄朗の方に向き直ると瞼にまたキスをされた。薄暗さに目が慣れて、表情が読み取れる。少し拗ねたような顔を意外に思っているとぎゅうぎゅうと抱き込まれ、頭上でため息が聞こえた。


「はぁ、やっぱり同じ大学にしとけば良かったなぁ」


「どうしたの急に」


「だって赤葦みたいなのが他にもいるかと思うと…」


「赤葦くんに他意はないと思うけどなぁ」


小声で囁き合いながら苦笑する。多分本当に彼に他意はない。それに。


「心配しなくても、私はこれから先も鉄朗の奥さんだし。鉄朗が大好きだよ」


楽しく飲んだお酒は普段なかなか口に出せないことも言いやすくしてくれるらしい。照れ隠しにちゅっと頬にキスをし返して、腕の中でごろんと背を向けた。



「う、わー…めっちゃシたくなった」



「寝てくださーい、おやすみなさーい」



何かを耐えるような声を聞き流して目を閉じる。
今日はいい夢が見られそうだ。




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