暗○教室
佐助さんがうちに来てから、読んでいる漫画がある。
それは某少年誌の、黄色い超生物の先生を生徒が暗殺しようとする漫画だ。
兄の部屋の本棚に並んでいた漫画から、タイトルで興味を持ったらしく、それならと貸してみた。
もちろん、全部の内容が分かるわけじゃないだろうし、それこそカタカナとか分からない単語は辞書を引きながらだけど、なかなか面白いらしい。
「ねぇ、アキちゃん」
黙々と読み進めていた佐助さんが不意に顔を上げた。
随分読み進めたらしく、手元の巻は薄ピンク色。
「どうしたんですか」
食卓の机で課題をやっていた手を止めて、ソファに座る佐助さんに近寄った。背後から背もたれに手をついて、手元を覗き込む。
「こっちだと、きすっていうんだね」
「へ?」
開いたページでは、ビッチ呼ばわりされてる美人先生が上手なキスの解説をしてる所だった。
微妙に本編とズレたところに食いつくなぁ。
最初読み始めた時にはマッハの速度がどんなもんか質問されたし。
「佐助さんのとこではなんて言うんですか?」
「口吸い」
うわ、なんか凄いディープっぽい響き。昔の言い方なのかな。
「キスとか、ちゅーとか、口付けとか、あとは接吻?は時代劇か。まぁ、色々な呼び方がありますね。ちなみにKissは、海の向こうの言葉ですよ」
「する意味は一緒?」
「愛情表現の一種ですね、親愛とか、恋愛とか、友情、挨拶の意味もあります」
それがどうしたんですか?と佐助さんの顔を見た瞬間。腕を引かれて、ちゅ、と唇に柔らかい感触が触れた。
「…」
す、と身体が離れて一瞬の間。
キス、された……?
「…ッ!…な、にするんですか!」
「あはー、挨拶って言ったから」
悪びれもなく笑っていう佐助さん。動揺している自分が恥ずかしい。多分今絶対顔赤い。
「顔赤いよ、アキちゃん」
「うるさいですよ」
分かってるわ、くそ、このチャラ男が。まともに答えるんじゃなかった。
「ッ大体、挨拶の場合は頬にするんです!」
「へぇ、でもこの中だと見境ないよ?」
それは相手がビッチ先生だからだよ!
読ませる漫画を間違えた。もっとピュア少女漫画でも貸しておくんだった。
「とにかくっ、日本では特別な感情が無い限り軽々しくキスしませんから」
至近距離で話していたことが今更恥ずかしくなり、距離を取ろうとすると、すかさず腕を掴まれた。
「アキちゃんは、キス嫌い?」
眉を下げて、シュンとした顔をする佐助さん。なんでいい歳してそんな怒られた子犬みたいな顔できるんだよ。ほんとタチ悪い。どうして私が罪悪感を感じてるんだ。
「う、……嫌いじゃないですけど、人によります」
「俺様は嫌?」
ソファに座る佐助さんは私より低い位置にいるせいで、上目遣いだ。今までこの顔でいろんなこと許してもらってきたんだろうなぁくっそ腹立つ。
「……、誰にでも軽々しくする人は嫌いです」
「じゃあ、軽くなければいいんだ」
ぼやかしてそう言えば、先ほどのしょんぼり顔はどこへやら。にっこりと上機嫌に笑った佐助さんに、どっと疲労感が襲った。完全にからかわれてる……。この人にかなう気がしない。
もう好きにしてくださいと、投げやりに言って課題に戻る。
結局それからの課題は全然捗らなかった。