創作居酒屋「皇」
「すいませーん、注文いいですか?」
「只今お伺い致しまーす」
「アキ、三番テーブル片付けて」
「はい!」
「二名様ご来店でーす」
「「いらっしゃいませー!」」
程良く賑わう店内を忙しなく動き回りながら、注文を捌いていく。
平日ということもあって目が回るほどではないが、それでもフロアに2人しかいないのはきつい。
「三番片付け終わりました、これお願いします」
下げた食器をそのままキッチンの丸井くんに任せる。と、器に煮物を盛り付けていた丸井くんが、そういえばと切り出した。
「一昨日のバイトん時、なんか元気なかったけど、もう平気なの?」
「え、…まぁ…うん」
「微妙な返事だな」
丸井くんはバイト先の中で唯一の同い年で、入った時期も一緒だ。大学は違うが、時間が合えば飲みに行ったりする仲である。
話題に出された一昨日というキーワードに、まっさきに浮かんだのは元気のでない理由ではなく佐助さんのことだった。
「いや、大丈夫……ていうかそれどころじゃないって感じ」
「なんだそれ…まぁ、元気ならいいんだけど。何かあったら言えよ、愚痴くらい聞いてやるから」
そう言いながら、これお通しな、と小鉢を渡された。なんだ、いい奴か。
「何だろうこの滲み出るお兄ちゃん感……同い年なのに」
「実際弟いるからかもな、ほら行ってこい」
「うん、ありがと丸井くん」
受け取った小鉢をトレイに載せて、お客さんの元へ向かう。
前回のバイトの時は確かにメンタルぼろぼろだったけど、仕事中は忙しくて気も紛れてたし、なにかミスをやらかしたわけでもなかったのに。
元気ないってなんで分かったんだろうなぁ。
新しくきたお客さんにお通しを出して、注文をとり、そのままカクテルを作っていると。
本日のもう一人のフロア担当、切原くんに声を掛けられた。
「アキさん、今日ラストまでっスよね。レジの締め方教えてほしいっス」
「あー精算ね 、いいよ。じゃあ今日は説明するから一緒にやろ」
「ありがとうございます!」
切原くんは、最近入った新人さんだ。たしか丸井くん中学時代の後輩とか言ってたっけ。笑顔が無邪気でとても愛嬌がある。二十歳の男の子なのにかわいいとは何事だ…。
元気よく注文を取りに行った切原くんを微笑ましく思いながら、出来上がったカクテルを運んだ。
閉店後の店内を掃除して、切原くんにレジの精算を教えていたため、普段より遅くなってしまった。
方向が違うからと、丸井くんたちとは店の前で別れ、私は商店街を早足で歩く。
佐助さんちゃんとご飯食べたかな。お風呂入ったかな………もう寝てるかな。
きっと子供をもつ世のお母さんはこんな事をいつも心配するんだろうな、なんて。呑気な考えを巡らせた。
できるだけ音をたてないように玄関を開ける。
見ると、リビングにはまだ明かりがついていた。 佐助さんまだ起きてるのかな。リビングに続くドアを開けると、予想通り佐助さんはソファに寛いで漫画を読んでいた。近くに辞書が開いているのを見ると、たまに引きながら読み進めていたようだ。
「おかえりアキちゃん。お疲れ様〜」
「……ただいま、です。まだ起きてたんですか?」
「うん、アキちゃんがちゃんと帰ってくるか心配だったし」
さらっとそんなことを言われて、何だか気持ちがじんわりと暖かくなった。
両親が共働きだったこともあり、小さい頃から留守番が多かった。兄はいつも私より帰りが遅かったから、迎えることはあっても迎えられることはなかった。だから、おかえりと言ってもらうのも、帰りを心配されるのも、新鮮すぎて何だか落ち着かない。
「どうかした?」
「いえ、なんか……誰かに帰りを心配されるのって嬉しいなって」
訝しげな視線を送る佐助さんに、そう返す。
すると不意に頭の上に手を置かれ、そのままぐしゃぐしゃと頭を撫でられた。
「じゃあ、俺様がここにいる間はアキちゃんのこと目一杯心配してあげるよ」
「な、んか、それはちょっと遠慮します」
「えー」
「佐助さんは、自分の事心配してください」
「ここでそれを言う...」
他愛ない会話が心地いい。けど、佐助さんってば、ほんとにどうしちゃったんだろう。心境の変化でもあったのかしら。なんかやたら優しい気がする。それも、一昨日までの表面的な優しさから、一気にお母さんみたいな踏み込んだ感じになって、正直ちょっと戸惑う。
少しは信用されてきた、ということだろうか。まぁ、妙に距離を置かれていたときよりは居心地がいいので良しとしよう。