ひとときの
「さて、今から出発しますが......大丈夫ですか、猿飛さん」
「大丈夫、大丈夫」
嘘つけ。車の助手席に座る猿飛さんは明らかにそわそわしてる。存在自体はこっちに来た時散々目にしたらしいけど、やっぱり不思議で仕方ないみたいだ。
「暴れないでくださいね、事故りますから」
シートベルトを確認して、エンジンを掛けた。ぐんと動き出す車に、猿飛さんは興味津々。ちょっと得意げに文明の利器ってやつですと言ってみたら、似たような人なら元の世界にもいたよと返された。
車に似てる人ってどういうこと。
15分程市内を走り、着いた先は大型スーパー。
さて、今日は何を食べよう。
「信じらんない、これ全部食材!?」
入った途端、猿飛さんは目を輝かせた。生魚だよ!アキちゃん!と興奮気味に言われる。今までで一番テンション上がってるじゃん。
でも今までずっと、どこか不安げだったから、少し安心した。一時的にでも、気がまぎれてくれた方がいい。
「日本全土と、さらに海の向こうの野菜や果物も沢山入ってきてますからね。気になるものがあれば買いましょう」
そう言えば、あれは何、これは何?と、質問責めしてくる。そんな様子が実に微笑ましい。
興味は主に野菜と果物に向いたようで、必要な買物と一緒に時折猿飛さんチョイスで、カゴの中身が増えていく。
因みにカゴを持つ手はいつの間にか私から猿飛さんにさり気なく移行していて、イケメン忍者の凄さを垣間見た気がした。
買い物から帰り、依然として食材に魅了されている猿飛さんに台所の使い方を教えることにした。
今日はたまたま休みだが、普段は大学もバイトもある。今後のことを考えても、覚えておいてもらって損は無いだろう。
実際に教えてみると、自分で言ってただけあって、猿飛さんの覚えはめちゃめちゃ良かった。調子に乗ってお風呂の沸かし方に、洗濯機と掃除機の使い方も教えてしまったくらいだ。
「色々詰め込んでしまってすみませんでした」
「別に大したことないから、大丈夫。何か手伝うよ?」
「お気持ちだけもらっときます。夕飯は私がやるんで、猿飛さんはお風呂入ってきてください」
ありがたい申し出だが、遠慮してもらって、その手に着替えを押し付ける。ついでに下着も。兄の部屋を漁って見つけた未開封だ。
買ってきない服とかはたまぁにあるけど、買って履いてないパンツがあることにちょっとびっくりした。まぁ、買う手間が省けて結果オーライだけど。
猿飛さんを風呂場に押し込んで、ちゃんと湯船浸かってくださいと念を押す。
さて、今のうちにご飯の準備だ。今日は無難に焼き魚とカボチャの煮付けにしよう。誰かのためにご飯を作るのは久々で、少し緊張するけどやっぱり嬉しい。いそいそと料理する私の口元は無意識のうちに弧を描いていた。