始まる一夜
「一晩?…つーのは、具体的にどういうことだ」
「えーっと、つまり、簪は焼いても捨てても長曾我部様のもとに現れるのですよね?でしたら、今晩長曾我部様のもとに簪が現れるとき何かわかるかもしれません」
「……」
横でいなりがハーとため息をつく。我ながら名案だと思ったんだけどな。なんかまずった?
こっそりといなりにお伺いをたてる。
「私なんか変な事言ったかな?」
『城主がそう易々と寝所に得体の知れぬものを連れ込むわけがなかろう』
言葉を選んでものを言え、と呟かれてハテナが浮かぶ。城主?…城主!?お殿様ってこと!?すごいえらい人じゃん。びっくりしたぁ。ていうかいなりこそ寝所に連れ込むって言い方いかがわしくない??って思ったけれど、長曾我部様は黙っちゃったし、周りの家臣らしき人達がザワザワする様子を見て、私の発言はそのいかがわしいほうに解釈されていることに気付いた。あれ、私さっきなんて言ったっけ?
たしか、
"長曾我部様の今夜一晩を、私にいただけませんか"
………うん、すごいミスったわ。まるでワンチャン狙ってるみたいだね。
「長曾我部様!大変失礼致しました。今夜一晩、"調査の時間"をいただきたいという意味で、決してその、変な意味ではなく、なんていうか…」
大慌てでしどろもどろに説明するが、なんて言っていいかわからない。思えばとんでもないことを口走ったと今更になって恥ずかしさがこみ上げる。
「わかったわかった。お前に任せる。好きなように動いてかまわねぇよ。ただし見張りはつけさせてもらうけどな」
私の動揺をよそに、にかっと人好きのする笑みで言われて、土下座の体制で頭を下げた。
「ありがとうございます」
長曾我部様の懐の深さに救われたー。マジでいい人だなこの人。男前過ぎる。船の上でやたらとアニキーって叫んでた人達の気持ちが今ならわかるよ。叫びたい。アニキー!って言いたい。
何処の馬の骨とも知らない人間を招いて、信頼してくれるとは。まぁそりゃあ、医術に妖術なんてチートをぶら下げているけど。それでも、こんな怪しさしかない私を近くに置いてくれるなんて、と好感度は急上昇。この人の役に立ちたいと単純に思わされてしまった。
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いたれりつくせりの長曾我部様の城では、なんと夕飯を長曾我部様とご一緒した。作法とか礼儀とか上下関係とか、色々度外視でいいの?と最初は緊張しまくりだったけど。そもそもここの人達は家族に近くて、和気藹々と夕飯をかこむのが常らしい。
「ちょうそかべ、さま」
「おう、元親でいいぜ」
「申し訳ありません、では失礼して。元親様は船に乗られるのですか」
「たりめーだ、この西海を牛耳れなきゃ城主なんて務まらねーからなぁ」
そう言って不敵に笑う元親様は文句無しに男前だ。筋肉と相まってうっかり惚れてしまいそうになる、納得のカリスマ性だ。なるほどなぁ、これは理想のアニキだわー。あわよくばその船で甲斐まで運んでくれたりしないかなぁ。
それとなく聞いてみたら今はどうやら十月らしい。季節は秋だ。あの夢の中では確か雪が降っていたから、佐助さんのXデーまでには少なく見積もっても二ヶ月はあるはずだ。そのことに安心しつつも、二ヶ月で探さなければならないという状況に焦りが募る。
一人で考え込んでいると、どこからともなくアニキコールが始まった。うわ、ほんとに仲良い。渦中の元親様はというと、うるせぇな、と言いつつなんだか楽しそうだ。船に乗っちゃったら船長だって船の上を駆け回る乗組員の一人だ。そういう意味では上下関係よりも仲間意識が強いのだろう。尚更元親様が呪われるほどの恨みを買うようには思えない。ますます疑念が深まるばかりだ。
深々と夜が満ちて、辺りには濃密な闇が広がる。現代に比べて驚くほど光源が少ない。指の先も見えない暗闇。体験するのは初めてだった。現代なら部屋の中でどんなに電気を消したって外の街灯がほの明るくて、闇に目が慣れれば大抵のものは見える。それに比べてこの時代の蝋燭の、なんと頼りないことだろう。せいぜい足元を照らすだけの明かりに縋りながら元親様の寝所の横に控える。
側室もいないらしい元親様は気を紛らわすためか酒を所望して、私相手に取り留めのない話をしていた。帳越しに会話をしていた最中、ふと会話が途切れて、無言になる。
「……なぁ、アキ」
「なんでしょうか、元親様」
「俺を恨んでるのはやっぱり女なのか…?」
何かを躊躇うような間のあと、元親様がポツリとこぼした。唐突に名前を呼ばれたのにもびっくりしたが、確信をつくような問に一瞬身構える。
「どうしたんですか、急に。心当たりでも?」
「いや、全くわからねぇ。けどよ、簪は女にまつわるものだろう?」
確かに、間違ってはいない。だからこそ思い人に貰った簪を元親様に送り付ける意図がわからないのだ。あの簪の記憶を見る限り、元親様はなんの関係もないはずなんだけどなぁ。
「正直に申し上げます。昼間、私には簪に込められた記憶を少し読み取ることが出来ました」
「それは本当か!」
「簪は、とある男性から女性へと贈られたものです」
「そいつはだれだ」
「生憎、まだ特定できておりません」
嘘は言ってない。顔は分かるけども、どこの誰だかは知らない。この一件のあらすじが見えない以上、不容易に疑いの種を増やすことはしたくない。あの男の人が元親様の部下であろうことは確実だが、どういった理由でこんな事件が起きているのか。そこを突き止めない限りはなんの解決にもならない。
「不安でしょうが、今夜はどうぞお休み下さい。私がなんとか探ってみますので」
そう言って、強引に話を切り上げた。元親様はしばらく寝返りを繰り返していたようだが、やがて寝息が聞こえてくる。どうやら眠ったようだ。深夜までバイトしてた私からしたら全然活動時間内だけど。辺りは静まり返っている。感覚ではおそらく夜の十一時くらいだ。