mojibaco


月下の少年


 くすぐったくなるような甘い匂いを残し、教会の中へ入っていくアンナを見送った。彼女に向けて振っていた手を下ろすと、ヘクターに「行こうか」と言われる。
 後ろ姿の彼の真上にいつもより大きな月を見てから、わたしは息を吸い込む。
「ごめんなさい」
 歩き出してすぐに発した言葉にヘクターがびっくりした顔を向けてきた。
「いや、アンナと話したかったんだろうし、気にしなくて良いよ」
 苦笑する彼にわたしは首を振る。
「それもあるけど、そうじゃなくて」
 わたしは足を速めるとヘクターの前に出た。振り返り彼の腕を取る。
「今回の旅の始まりからなんだけど!」
 格好付けてこんな行動をしてみたが、ヘクターの顔を真正面からまともに見たところで照れが出てしまう。うは、駄目だ。この男前め。グレイ掛かった青い瞳がこちらを向いていると思うだけで恥ずかしい。が、わたしはフン、と鼻から息を出すと話しを続けた。 「ええっと!始めにヘクターが反対したじゃない?『同じパーティーで別行動するべきじゃない』って」
 ヘクターが何か言いかけるが、わたしはそれを遮る。
「それがショックだったの。でも『何でミーナのことほっとくんだよコノヤロウ』みたいのじゃなくて!何て言うか自分の浅はかさに気付いて恥ずかしかったのと、そういう考え無しの部分をあなたに見られたのが恥ずかしくて」
 わたしは何度もシミュレーションしたはずの台詞で、スムーズに謝罪へと流れるはずだったのだが、途中から何を言っているのか分からなくなってくる。はっきりいってヘクターにもよく分からないと思うのだが、彼は頷きながら聞いてくれた。
「でもその『恥ずかしい』もバレたくなくって、だからずっと嫌な顔してたと思う。それが一個目のごめんなさい」
 一息入れるとヘクターが明らかに「え、一個目?」という顔をするのが分かる。
「ごめん、そんな風に考えてると思わなかった」
 案の定謝り合戦になってしまう、とわたしは反論しかけたが今度はわたしが手で遮られた。
「……正直に言うと俺、ミーナの、ユハナさんの話しを聞いた時から乗り気じゃなかったんだ」
「えっ」
 わたしは驚きつつ思い返してみる。言われてみれば、そんな雰囲気はあった、……かな?
「本当に何となく『嫌だな』っていう感覚があっただけなんだ。そんな説明も出来ないような勘だけで不安にさせてたなんてごめん。もっと言葉を選べばよかった」
 ヘクターの言葉にわたしは力が抜ける。ああ、なんてお人好し……。言えば言う程逆に謝られてしまうではないか。わたしはうーむ、と唸ってしまう。
「もう一個あるんだけど、これはあなたが謝らないで、最後まで聞いてくれる?あやまらないで」
 わたしが最後を強めの口調で言うとヘクターは口を開けた後、どうぞ、とわたしに手を差し伸べる。
「昨日、コルトールの町の祭りね、ええーと皆で行きたかったの」
 どうにか誤魔化すように『皆』を強調してから気付く。これだとアルフレートにも怒ってなきゃおかしいな。まあいいや。アルフレートだし。
「だから断られてショックだったのね?でもそれってわたしの我が侭だし、そういう空気は出さないようにしよう、って思ってたのに変な酔っぱらいに絡まれるわ、あの二人組は出てくるわ、ヘクターとイルヴァがすごい責任感じてるの見ちゃって罪悪感感じるわで、ぐちゃぐちゃになっちゃって……」
「ご……」
 思わず出そうになる言葉を飲み込んだのか、ヘクターが目を逸らす。笑いそうになったがそこは堪えて、わたしは彼を睨んでみせる。
「……で、変な態度取ってたと思う。だからごめんなさい」
「……終わり?」
「うん、終わり」
 頷くわたしにヘクターはふう、と溜息をついた。その様子を見てわたしは今更思い出す事があった。
「ああ!そうだ!どっか痛めてたの!?」
 ヘクターの目がぱちぱちと瞬きを見せる。
「……ごめんなさい、アルフレートとの会話を聞いちゃって」
「あー……」
 言い淀む様子を見せた後、なかなか言葉が出て来ない彼を、わたしは緊張したまま見つめていた。
「腰が痛いんだ」
 ヘクターは恥ずかしそうに俯いている。ぽかん、とするわたしに言葉を続けた。
「成長痛、なんだよね」
 予想していなかった答えにわたしは固まってしまう。成長、痛っていうとアレだな。グラフにしてもなだらかな曲線を描いてでしか背の伸びていないわたしは経験してない、アレだ。たしかローザちゃんも一時期、膝が痛いとか言ってたっけ……。
「腰が痛む日があるんだ。格好悪いから言わないようにしてたんだけど。アルフレートには『歩き方が変だぞ』って、なぜかバレたけどさ」
 そのくらい言ってくれよ、と思ったりしたが、そういうものはわたしに言えたものではない。本人にとっては恥ずかしいことなんだろうし。ええっと、気まずい。
「ご、ごめん。気付かないフリすれば良かったね」
「いや、心配してくれてありがとう」
 ヘクターが笑いながら言うが、そこで言葉が止まる。がさがさと植え込みがざわつき、教会の脇から飛び出してくる影があったからだ。わたしは驚いてヘクターの腕を離す。
「さ、サイモン!?」
 月明かりと街灯に照らされるのは綺麗な銀色の髪。瞳はヘクターとは少し違う翡翠色だが、何となく顔つきが似ている少年。サイモンはわたし達の前に来ると唇をぎゅっと結び、焦ったような顔つきを引き締めた。次の瞬間、止める暇もなく土下座するサイモンに再びわたしはぎょっとする。
「弟子にしてください」
 既視感のある台詞が通りに響いた。
「ちょっ、何やってんの!つーか流行ってんの!?その弟子制度!」
 言ってもサイモンには分からないであろう台詞でわたしが突っ込むものの、サイモンは顔を上げない。
「……駄目だよ」
 焦るわたしに聞こえてきたのはヘクターの重い一言。サイモンはぱっと顔を上げる。
「お願いします!一緒に連れて行って下さい!」
 食い下がるサイモンにヘクターは片膝をつくと彼を立ち上がらせる。
「そっちが本音だろう?だから駄目なんだ」
「で、でも僕行かないと!ミーナが……」
 ミーナが?わたしはサイモンの言葉に眉を寄せた。サイモンの淡い恋心にわたしも微笑ましい気持ちは持っていたものの、ひどく引っかかる台詞だ。
「あなた、わたし達の話しを聞いてたのね?」
 わたしが言うのはマルコムの屋敷での話し合いの事。ミーナがどういう状況にあるのか何て話しは、子供達にはもちろんしていない。マザーターニアが言うわけないし、それしか考えつかなかった。口を閉ざす態度に肯定を読み取ったわたしは大きく溜息をついた。ヘクターが再び口を開く。
「だったら尚更わかるはずだ。俺達はミーナを護衛するので精一杯なんだ。これ以上気は使えない」
 ある意味ストレートに「足手まとい」伝える台詞だ。しかしわたしも同感だった。
「……さ、教会に戻りなさい。大丈夫、全部が解決したら絶対にフェンズリーにも顔を出すから」
 わたしはサイモンの背中を軽く叩きながら孤児院の方へ促す。
「自分で見つけるんだ」
 うなだれながら教会へと戻るサイモンの足が、ヘクターの言葉によって止まった。
「自分で探すしかないんだ。道をこじあけるには」
 淡々としているが強い口調に、わたしはサイモンにこの言葉が届いていますようにと彼の小さな後ろ姿を見送った。
 孤児院の子供が学園のような所に通うにはどうすればいいか、無責任だがわたしは知らない。そしてその分、わたし達よりかハンデのついた彼の生い立ちは分かっている。でも、自分でがんばるしか無いんだ。



「目が開いてないわよ」
 翌朝の朝食の席、まだ働き出していない胃に無理矢理食べ物を流し込んでいると、ローザが呆れたように言った。
「んぐー、ごめん……」
「あたしに謝らなくていいわよ。まったく、アンナもあんな夜遅くまで連れ回さなくてもいいのに」
 ローザは器用にパンでハムと野菜を包むとかぶりつく。
 アンナが全部悪いわけじゃないんだけどね。話しを聞いてもらったのはわたしの方だし、寝不足なのは旅の最中は定番となってしまったベッドに入ってからの目の冴え。多分、普段の生活より興奮する事が多いからなんだけど。ただでさえイルヴァやヘクターなどに比べると体力の無いわたし。何となく気付かれないようにあくびを噛み殺した。
 予定では昼過ぎに出発することになっていた。少しゆっくり出来るかな、と油断していたらミーナ本人が朝の出発を望んだのだ。
「どのくらいでラグディスまで行けるの?」
 ミーナは心なしか不安そうに見える。無理もない。町の外に出るということはただでさえ危険が増すというのに、あの獣人達がいる。
「ローザちゃんが言ってた山の麓にある宿場まで夜までに着けば良いわね。その後はラグディスまですぐよ」
 ラグディスの町があるメイヨーク山は馬車も通れるとの事だ。認定式に行くだけなら、本当に楽な旅だったんだけどな。



 バクスター邸の前に集まる人の群れ。ミーナを見送りにきた子供達は小さな子はよく分かっていないのか笑顔。もう少し大きい子は泣きそうな顔をしている。
「じゃあ気をつけて」
 マルコムが再会した時と同じように全員と握手した。大きな手で掴まれるとグローブ越しでも温かみが伝わってくる。
「ちゃんと帰りにも寄ってよ?」
 アンナに言われ、わたしは馬車に荷物を積み込む手を中断させた。
「どうせ帰り道になるんだから、そりゃ寄るわよ」
「もー、こういう時は『もちろん!アンナに会いにくるわ!』って言わなきゃ!」
 注文の多いお嬢様だなあ。わたしが頬を掻いているとバクスター邸のメイドさんがお尻をふりふりやってくる。
「頼まれていたもの、ご用意出来ましたよ」
 メイドのおばちゃんはローザに大きな袋を渡した。
「何ですか?食べ物?」
 嗅覚鋭くイルヴァが聞くとローザは「フローラのね」と答える。
「やっぱり変じゃないか?」
 ミーナの肩にとまるフローラちゃんに袋を近付けるローザへ、アルフレートは眉間に皺寄せる。やっぱり変な感じだよね。フローラちゃんにあげる時はあそこから引っぱり出すんだもの。
「なんで?」
 ローザはあんまり気にならないらしい。言っている間にも袋はフローラの首元にある赤いスイッチに吸い込まれていった。
「じゃあ行こうかー」
 フロロが馬達に声を掛けた。白く輝く馬車が馬の動きによって揺れ、朝日を反射させた。

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