消えたミツバチ
「通信センターに寄ってね。町の入り口近くにあるから」
馬車の前方にある小窓からわたしが言うと、
「分かってるわよ」
というローザの不機嫌な返事が返ってきた。御者席がよっぽどお気に召さないらしい。同じく昨日の約束通り御者席に押し込まれたアルフレートの方は意外にも、どうでも良くなったのか口笛を吹いたりしている。
ローザとアルフレート、微妙に変な組み合わせだなあ。そんな事を考えていると隣りに座るヘクターがぼんやりと窓の外を見ているのに気が付く。乗り物に乗っているとこんな風に考え事をしている事が多い気がする。
「サイモンのこと考えてるでしょ?」
小さめの声で尋ねると少しの間の後、ふっと笑った。
「がんばって欲しいな、って思って」
わたしが頷こうとすると、ミーナが怪訝な顔になる。
「サイモンが何かしたの?」
わたしとヘクターは顔を見合わせると同時に首を振った。その態度にもミーナは疑うような表情だ。
「何も無いって……」
わたしは何となく言わない方が良い気がして弁明しようとする。すると視界の隅に紫色の建物が見えてきた。
「着くわよ」
御者席からローザも声を掛けてくる。
「あ、ほら、着いたわよ」
何だか誤魔化すような流れになってしまったが、わたしはミーナの腕を引っ張った。ミーナは不満そうな顔をしていたが馬車を降りると、
「実は通信センターって入るの初めてなんだ」
とはしゃいだ声をあげた。紫色の大きな建物には魔導師協会の紋章が大きく描かれている。元々は魔導師協会でやっていたサービスが独立したものだからだ。
開きっ放しの大きな扉を潜ると通信センター独特の空気に包まれる。ザワザワと人声が絶え間なくするが、静かにしなくてはいけないような張りつめた空気感。商用で使う人が多いから緊張感が漂っているのかもしれない。匂いまで何処の町も同じなのも面白い。入って真っ直ぐにあるカウンターに腰掛ける女性へ近づくと軽く頭を下げられる。
「こんにちは、ご利用は初めてでいらっしゃいますか?」
ローザは首を振ると、
「ヴィジョンをお願い。番号は……」
手慣れた様子で自宅の装置番号を伝えた。それを受けて女性がさらさらと紙にペンを走らせる。
「2階の右手にお進みください。係の者にこれをお願いします」
一枚の用紙を受け取ると皆でぞろぞろと移動する。 「中ってこんな風になってたんだね」
最上階まで吹き抜けのロビーを見上げながらミーナは感動したように溜息をついた。
2階に上がると暇そうなおっさんに手を出される。用紙を渡すと「こちらへ」と欠伸を噛み殺すような声で案内された。ヴィジョンは料金が高い分、利用者が少ないので暇なのだろう。白い壁が広い部屋の中を縦横に区切る一角に入ると、わたしの頭ぐらいありそうな大きな紫色の水晶が台座に鎮座していた。おっさんが何やら唱えたり操作する物音が部屋の入り口の方から聞こえる。
「やっほー、元気?」
不鮮明な霧のような状態が徐々に形作られていき、目の前に現れたデイビスの残像。ローザが手を振って語りかける。仕切りで区切られただけの簡単な作りだが、隣りの利用者の声は聞こえない。防音効果のある板でも使っているのだろうか。
『おう、お前らの方はどうだ?お嬢ちゃんは元気か?』
魔法のウインドボイスを使った時のような生身の声とはちょっと違ったデイビスの声が聞こえてきた。声色が違うのは分かるけど、何かちょっと元気も無い?
「元気です」
フロロに背中を押されたミーナが恥ずかしそうに答える。すると、
『……ぉい!おいおい!てめーら!何で連絡してこなかったんだよ!』
いきなり映像に入り込んできた緑の頭と怒鳴り声。アントンがデイビスに腕を掴まれながらもこちらを睨んでくる。
「まーた機嫌悪いの?まったく……。通信センターがあるような町に着いたのが昨日の夜なんだからしょうがないじゃない」
呆れた口調でローザが答えるが、アントンは更に怒鳴り返してきた。
『こっちは大変なんだぞ!』
『おい、アントン……』
もみ合うアントンとデイビスをこちらが暫し眺めるという変な状況。
「何があった?」
アルフレートが静かに尋ねると、アントンから返ってきた答えはわたし達を凍らせるものだった。
『いなくなっちまったんだよ!ハンナさんが!買い物に行くって言ってそれきり帰らねーんだ!ミーナの母ちゃんだよ!』
言葉が飲み込めずに沈黙が広がる中、
「ミツバチは、お母さんの方のことだったんですかあ」
イルヴァのぽやっとした声に再度全員が固まる。きゅ、と床を踏み鳴らす音がした。ミーナが体を返し走り出そうとしたのだ、とわたしが理解した時にはすでに、ミーナはヘクターに抱えられていた。「何処に行こうとしたの?」そんな疑問を口にしそうになったが、飲み込む。聞いてもミーナ本人にも分からないに違いない。ただ体が動いていた、というのは呆然とするミーナの顔でわかる。
『だからいきなり言うなって言っただろうが!』
ヴィジョンの中でデイビスがアントンの頭を殴りつけるのが映る。
『お前が説明するとおかしくなるだけだ』
デイビスはぶつぶつ言いながら、頭を擦るアントンに「しっしっ」と手で追い払う仕草をした。ヴィジョンからアントンの姿が消える。
「……で、何があった?」
アルフレートが再び同じ質問を重ねる。今度のは「詳しく話せ」という意味だろう。デイビスは頭を掻く。
『昨日の昼間だよ、いなくなったのは。……買い物に行ってくるって言って出て行ったっきり、夜になっても戻らねえ。やばいぞって思った時にはもう遅かった。町の何処探してもいやしなかった』
デイビスがふう、と溜息をつく。
『こっちも狙われてるのはミーナだ、っていう先入観があったんだろうな。油断してたことは確かかもしれねえ。それにニッコラ邸には学園長が張り巡らせた感知系の魔法があったんだ。屋敷に俺達以外が近付いただけで学園長には察知出来るような魔法らしくてよ。でもいなくなったのが屋敷の外じゃ意味なかったな』
「ちょっと待て、じゃあ数字の落書きはどうなったんだ?」
アルフレートが聞くのは夜な夜な書き込まれた数字のことだ。確かにそんな厳戒態勢じゃ落書きにきた所を捕まえててもおかしくないけど。
『聞いてなかったんだっけ?ああ、そうか、初めに気が付いたのがお前らが出発した日だったもんな……。フロロが一回捕まえたことあっただろう?その次の日から手紙に変わってたんだ。今朝届いたのが……これだ』
デイビスが一瞬消え、再び現れた彼の手にあるのは手のひらより少し大きい程度の羊皮紙に『6』と書かれたもの。ああ、そうか……もう一週間切ったのね。でも0になるのを待つ前にハンナさんが消えてしまったなんて。
「目撃者も見つからないの?その、ハンナさんっぽい人が連れ去られたような現場を見た人とか」
わたしが聞くとデイビスが再び大きく息を吐く。なんだか疲れ切っている様子だ。もしかしたら一晩中探しまわっていたのかもしれない。
『今のところ聞いてない。ま、今日これからも全員で町中捜索だ。イリヤがチラシ作ってるしな。あいつ、絵が上手いんだぜ』
「どうでもいい情報だなあ」
アルフレートが呟く。ローザが背中を蹴り飛ばした。
「で、我々が出発してから昨日まで何か変わったことは無かったのか?主にハンナの周りで」
背中を擦りつつアルフレートが尋ねるが、デイビスは首を振る。
『思いつくことは無いんだ。後でもう一回サラ達にも聞いてみるよ』
わたしはちらりとミーナの様子を見てからデイビスに語りかける。
「実はこっちも追っ手らしいのに襲撃されてるのよ」
デイビスが驚いたように目を大きくした。
『じゃあまだ狙いはどっちか分からないわけだな?』
デイビスの問いにわたしは頷く。
「そういうことに……なるわね」
少しの間、沈黙が広がる。状況が飲み込めないうちに、次々と身の回りに混沌が滲んでくる感覚に全員が言葉を失ったようだった。
『……今フェンズリーだろ?ってことは次はもうラグディスか。着いたらまた連絡くれ』
「分かったわ」
ローザの受け答えを最後にヴィジョンが不鮮明なものに戻っていく。
「……参ったわね」
わたしは誰に言うでもなく呟いていた。
暗く静まり返る馬車の中、わたしはメンバーの顔を見回す。今、馬車はフェンズリーを出て国境方面に向かっている。馬車内にはわたし、ローザ、アルフレート、ヘクター、そしてミーナ。始めの日と同じく御者席にフロロとイルヴァという形になったわけだ。理由は簡単、話し合いの為である。イルヴァが「よくわかんないです」と御者席に行くのを希望し、フロロがそれに着いていく形になったのだ。
「……アルフレートは始めからハンナさんの方だと思ってたんじゃない?」
わたしの問い掛けにアルフレートはぱっと顔を上げると、にやりと笑う。
「なぜそう思う?」
「出掛けに両親と挨拶した時、やけに注目してたみたいだから。変だと思ったのよね、妙に紳士的で」
わたしが言うとアルフレートは不服そうに顔をしかめた。
「失礼な奴だな。私はいつでも紳士的だ」
「もういいわよ、そういうの」
ローザが疲れたように手を振る。アルフレートは何やら言いたげにしていたが「まあいい」と鼻を鳴らす。
「だってそうだろう?あの夫妻は『ミーナが来てからだ』と言っていたが、実際はそれ以前の落書きに気付かなかっただけかもしれない。あんな同じような頭見せられたら、そりゃあ注目するさ」
アルフレートの言う事も確かだ。わたしもハンナさんの髪色を見た時は、はっとしたものだ。
「まあ現状を見るとどちらともいえない、ってところかね。私の中でも今は決めかねている」
「わたしもハンナさんがいなくなっちゃった、って聞いて訳わかんなくなったのよね。……ミーナが狙われてるのは確かなんだし」
わたしはミーナの前で言うべきか迷うが、変に隠さず告げることにした。
「なんで?」
ローザが首を傾げる。
「昨日の黒ローブの軍団の動きよ。あいつら明らかに馬車を狙ってた」
わたしの言葉にミーナが座席の縁をぎゅっと掴むのが、白くなった指先で分かる。
「あのー」
ヘクターが遠慮がちに手を挙げた。ローザが「どうぞ」と促す。
「ずっと気になってたんだけど、あの手紙どうした?」
それを聞いてアルフレートが胸元に手を入れる。ぱっと取り出したのは二枚の羊皮紙。あの不気味な手紙だった。
「なあんでアルフレートが持ってるのよ!」
わたしが咎めるとアルフレートはひょいと肩を竦める。
「逆に何で持ってたらいけない?……筆跡を調べようと思ったんだよ」
「筆跡?」
わたしが聞くとローザが頷いている。
「あたしもちょっと気になってたのよね」
「どういうこと?」
「その二つの手紙が、同一人物の書いた物なのかってこと」
ローザの返事を聞いてもイマイチ飲み込めない。
「ほら、ユハナさんの話しで『30』の数字の時に一枚目のミツバチの手紙が来た、って言ってたでしょ?」
わたしの表情を見てローザは話しを続ける。
「あたしが細かい性格だからかもしれないけど、一枚目の手紙が『30』の時に来たのに、二枚目の食卓云々の手紙はあたし達が出発する前日に来たわけ。その日指してた数字はいくつ?」
えーっと、ユハナさんがわたし達の所へ来た日が『10』だって言ってたはずなんだから、その次の日だよね。
「『9』ね」
わたしの返事にローザは満足そうに頷いた。
「そう、何か中途半端で気持ち悪くない?」
「あー……まあ確かに言われてみれば。最初は几帳面に切りのいい数字だったわけだしね。で、どうだったの?」
わたし含む全員の視線を受けてアルフレートは再び肩を竦める。
「はっきり言って違うように思える。が所詮素人判断だ。それによく考えてみれば書き手が違ったからといって不自然さは無いんだよな。相手は複数人の集団なんだ。つまりよくわからん」
思わずコケそうになる答えにわたしはがっかりする。はあ、と全員が息をついた。
「とりあえず、ハンナさんの方はデイビス達に任せましょう」
ローザが溜息混じりに言い、何かを振り払うように首を振った。
「ごめん、窓開けていい?」
ヘクターが尋ねる事に皆が頷く。確かに暑い。そういえば明日からサラマンダーの月だ。本格的な夏がやってくるんだな、と思う。本来は「蜥蜴月」なのだが、ローラスではちょうど夏の季節に当たるので火蜥蜴サラマンダーの名前が付いているのだ。前から気になっていたのだが、その前の月である今は「火竜の月」。なぜ初夏のシーズンが竜で本格的に暑くなる月が蜥蜴なんだろ?
- 16 -
*前次#
ページ:
ALICE+