怪しい護衛隊長
「随分と義理堅い奴だねえ」
朝食後のお茶の時間、わたしの昨夜の話しを聞いてアルフレートが放った第一声がそれだった。何とものんびりした返事にわたしは眉をしかめる。
「それだけ?王子とうさぎさんの絆はどうでもいいわよ。何だか知らないけどわたし達に当たるのは違うと思うんだけど」
「ほう!何かあったと見ているということか」
アルフレートから指を突き付けられ、わたしはどきりとするがその手を振り払った。
「だってローザちゃんが言ってたじゃない。王子の周辺で騒動の気配があるから見張って欲しい、って言われたんでしょ?」
「アルシオーネが言うにはね」
ローザが紅茶の二杯目を注ぎながら答える。アルフレートは椅子を揺らしながらふんふんと頷いている。
「騒動、騒動ね。一体何に警戒しているというのかね?そしてあのブルーノという男は何をしにフェンズリーの孤児院に出向いたのだ?」
ちらり、と見られるがわたしは口を尖らせた。
「分かってるなら教えてよ」
「……なんだ、だらしないな。この単細胞め」
「きー!ホント嫌な奴ね、あんた!」
わたしとアルフレートが言い合いを始めるとローザが「しーっ」と注意する。そして隣りのアルフレート達男部屋に繋がる壁を指差した。
「まだフロロが寝てるんだから……静かにしなさいよ」
そう、昨晩ギルドに出向いたというフロロはヘクターの話しでは明け方に、似合わない酒とタバコの臭いをプンプンさせて戻ってきたらしい。「どうした?」と聞く前にばたりとベッドに倒れ込み、そのまま寝入ってしまったとのことだ。
「お酒とタバコだなんて、そりゃフロロは実年齢は大人だろうけど……」
ローザが顔をしかめつつ紅茶を啜る。その時、話題の人物が部屋に入ってきた。
「うはよーさん、皆の衆」
ヘクターに肩車され、欠伸と共に手を振るフロロはお風呂に入ってきたのか髪が濡れている。
「ったく、まだ臭う気がするぜ」
そう言って自分の袖口をくんくんと嗅いでいるが、ヘクターが「石けんの匂いしかしないけど」と言って慰めた。
「ミーナ達は?」
部屋を見回しフロロがした質問にわたしが答える。
「また中庭よ。サイモンとイルヴァの『修行』を見に行ってる」
「飽きないねー!」
フロロは「けけけ」と笑うとテーブルのパウンドケーキに手を伸ばした。昨日の晩の残りだ。
「ちゃんとしたもの、後で食べに行きましょうね。どうせ皆、表に出たくてうずうずしてるんだから」
ローザの言う通り、なるべく神殿内に籠ることにしたものの暇でしょうがない。あの赤鬼亭だけでもいいから外出したいものだ。
「じゃあ俺の話しもその時でいいか」
フロロの言葉にわたしは飛びつく。
「何、やっぱギルドで何か聞いてきたの?」
テーブルに身を乗り出すわたしにフロロは肩をすくませた。
「金払う代わりに一晩中宴会に付き合ってきたんだ。得るものなきゃ、こんな臭い思いするもんか」
なる程、それで戻らなかったんだ。それにしてもフロロってやり手なんだか抜けてるんだか分かんない。ま、多分抜けてる時はやる気が無い時なんだろうけど。
「あー、でもお昼まで暇だよねー。良い機会だから体力温存するべきなんだろうけど」
わたしがぼやくとローザが呆れた顔をしつつも廊下の方を指差す。
「神殿内だけでも散歩してくれば?入っちゃいけないような所は警備隊が立ってるから、他は基本的に自由よ」
「このお嬢ちゃんを連れてってやってくれないか」
アルフレートがわたしを指差し、ヘクターの肩を指で突いた。提案は嬉しいけど、もうちょっと言い方を何とかして欲しい。わたしがそんな事を考えている間にもヘクターは席を立ち、わたしにおいでおいでをしている。
「行こう」
……うーん、何かメンバー内での自分の立ち位置が微妙な事になってきたぞ。
「どこから回ろうか」
廊下に出るとヘクターに尋ねられ、わたしは少し天井を仰ぎ見る。
「うーん、せっかくだから聖堂とかよく見ておこうか」
来た日にローザとフォルフ神官が言い合いをしてから足を踏み入れていない。こんな機会だからよく見学しておいた方がいいかも。わたしの提案にヘクターも頷いている。
「じゃあ行こうか」
そう言われ、わたし達はのんびりと神殿内の散歩を始める事にした。廊下ですれ違う人々も、初日のように明らかに神殿住み込みの僧侶だけでなく、この機会にやってきたらしい冒険者っぽい人が増えてきた。神官だけでなくその仲間なのかわたしのような魔術師っぽい人、戦士や盗賊っぽい人もいる。その様子にわたしはヘクターの腕を突く。
「……ねえ、こんだけ部外者が増えてくると神殿内でも気をつけた方が良いかもね」
一瞬きょとんとした後、ヘクターは真顔で「確かに」と呟いた。周りを疑いの目で見るのは気が引けるが、何しろミーナの安全が懸かっている。
「一応、中庭も回って行こうか」
イルヴァとサイモンにミーナ、何だか心配になるメンバーであることだし。
そんな会話をしながら下へ向かっていると、階段の下におなじみの人物がいるのに気が付く。銀の甲冑にいかつい顎、腰に手を当てる姿はガブリエル隊長じゃないか。
「隊長ー!」
ちょっと嬉しくなってわたしは呼びかける。すると、大げさとも言える仕草でガブリエル隊長の肩がぎくりと揺れた。
あ、あれ?
「おはようございます」
ヘクターが挨拶するとガブリエル隊長はこくこくと頷き、
「おはよう!元気で何より」
と答えるがどうも焦っているように見える。
「……何かあったんですか?」
わたしが尋ねると隊長の目が丸く開かれた。
「な、何も無いぞ!君らに隠し事なんて何も無いのだ!」
ブンブンと首を振るガブリエル隊長。ここまで分かり易い人も珍しい。しかし逆に追求しずらくなってしまったのも確かだ。わたしが口を開けたまま言葉を探していると、
「夜勤明けで目がしょぼしょぼするんでな!これで失礼する!」
妙にぎくしゃくした動きで踵を返し、廊下を去って行ってしまった。
「……どう思う?」
残されたわたしが隣りのヘクターに視線を送ると、彼は困ったように頬を掻いている。
「何かあったみたいだね。……うーん、でも言いたくないならしょうがないよ。少し様子をみよう」
何ともヘクターらしい返事にわたしはふう、と息をついた。わたしだけなら『聞くまで離さないぞ!』となりそうなもんだけど。
「リジアー」
間延びする呼びかけにわたしは振り向いた。廊下の先、イルヴァがミーナとサイモンを引き連れ、手を振っている。
「あれ?中庭にいたんじゃなかったの?」
三人の顔を見ながらわたしが聞くとイルヴァは「んー」と指を唇に当てた。
「サムさんの所に行って、とりあえず何か貰おうと思ったんですけどねー。いませんでしたー」
サムとはちょくちょく見かけた、あの神殿住まいの僧侶のことだろう。料理番なのか昨日の晩も厨房にいてケーキを貰ったのだ。ということはまた食い物目当てに押し掛けたのか。
「昨日の遅くまで働いてたんだろうから、朝は休んでるんじゃない?」
少し呆れつつイルヴァに言うと頷きながらも、
「残念ですー」
と呟く。早速懐いてしまったらしい。食べ物に釣られたとも言う。
サイモンの「早く行こうよー」という声に、わたしとヘクターも三人と中庭に向かう事になった。
「もう絶対サイモンとは一緒に行動しない!」
テーブルに座るなりぷんすかと怒るミーナに、みんな一瞬動きが止まる。
「どったの?」
フロロの問いにわたしは先程、サイモンが静まり返る大聖堂内を「すごいねー」と叫びつつ駆け回った話しをした。
「まあまあ、広い所に行くと走り回りたくなる年頃だし……」
ヘクターがうなだれるサイモンの肩を叩きながら慰めるが、ミーナは眉間に皺寄せたままだ。ヘクターにもあったんだろうか。その走り回りたくなる年が。
赤鬼亭の二階にある個室、皆が腰掛けたところでアルフレートが口を開く。
「さて、明け方の夢うつつで気持ちの良い時間帯を悪臭撒き散らし、ぶち破るという暴挙をしてくれたお前は何か収穫があったんだろうね?」
「ひでえ言い方だな」
アルフレートから指差され、フロロは肩を竦め眉を上げた。
「今の俺には何でも答えられちゃうのよ、と言いたいところだが」
フロロはそこまで言うとわたしの顔をびしりと指差す。
「今、渦巻いている一番の疑問は何だと思う?」
突然の問いかけに焦るが、わたしはうなりつつも考えていく。
ハンナさんが何処行っちゃったのかも気になるし、そういやアントン達って今何処にいるわけ?今朝のガブリエル隊長の様子も気になるんだよねー。せっかく協力し合う話しになったのに、明らかに隠し事してるんだもん。何があったんだろう。ああ、王子の周辺のいざこざも気になるよね。それに王子そっくりなレオン……、わたしから見たら王子がレオンそっくりだったんだけど。レオンといえばあの孤児院だ。何でアルフレートは絵本の落書きをレオンに見せたんだろう。まさかレオンが書いたとか?
「……ああ!」
わたしの叫びに全員がびくんと体を揺らす。
「ももももしかして!レオンってあの孤児院出身なの!?」
わたしが肩を揺さぶり体をがくんがくんと振ってもアルフレートは表情を崩さない。涼しい顔のまま「かもな」と言い抜かす。断定はしないがアルフレートはそう思っているに違いない。だってそれしか考えられないじゃない。ローザの言っていた『両親は二人とも黒髪』という話し。何故かあの孤児院から出てきたレオンとウーラ。そして絵本の落書きを見せた時の激高振り。
「ちょっと待って、じゃあレオンは何で孤児院出身だということを隠したがってるの?」
ローザが怪訝そうな顔で口を開いた。
「そりゃあ……」
今の家庭が幸せだからじゃない?と言おうとしたところで、わたしはミーナが目に入り止まってしまった。確かに異常なまでの反応よね?
「レオンも今はあの孤児院が何か良くないものだっていうのを知っているのかもしれない」
ヘクターが言うがローザは首を振る。
「それなら尚更疑問よ。あの獣人達も道中ではレオン達が標的だったんじゃないか、って話ししたわよね?それならどうして孤児院に出入り出来るの?」
続けてされたローザの質問にわたしはアルフレートの顔を見る。それに気が付いたのかひょい、と肩をすくめると目を細め、フロロを顎で指した。
「目の前の疑問に見事にこんがらがってるなあ。俺の言いたいのは単純さ。『あの孤児院は何なのか』ってこと」
フロロはそう言うとふふん、と鼻を鳴らす。ちらりと皆を見回す顔は完全に盗賊のものだった。臭い思いをして聞いてきた情報というやつか。盗賊ギルドの情報料の基準っていうものがイマイチわからないなあ。
「で、何なんだ?やっぱりサイヴァ教団の一支部なのか?」
ヘクターが珍しく身を乗り出す。あの孤児院にいる子供達がサントリナ方面からきたんじゃないか、という話しから随分気になっているみたいだ。
「正確にいうと『未完成』。それゆえにひどく気になるものだね」
フロロのにやり、という笑いに皆の顔がきょとんとした。
「蜘蛛の単語が出てきただろ?あの例の手紙だね。『足の欠けた蜘蛛』ってやつ。あれを見てアルも言ってた通り、欠けた足を呼び寄せてるもんだと思ってただろ?それが違うんだな。あの孤児院……いい加減この呼び方変えるか……『ミツバチの家』は一度も足が揃った事が無いんだ。つまり足が欠けた状態が本来の姿なんだね」
フロロの言い方は面白い話しでもするかのように弾んでいたが、わたし達は固まったまま顔を見合わせるばかりだった。
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