mojibaco


魔女っ子、考えない


「『ミツバチの家』……って言ったわよね、今」
 わたしが聞くとフロロは大きく頷いた。
「今は『青空のお家』って看板出してるみたいだね。でも経営者が代わる前の元祖は『ミツバチの家』、俺らにとってもこっちの方がしっくりくるだろ?」
 フロロはにまにまと笑いつつ、テーブルのシチューを頬張る。
 わたしはアルフレートと孤児院を訪ねた際に見た、簡素な木の表札を思い出していた。確かに『青空のお家』とあったんだった。この年中曇り空の町には似合わない名前だな、と思ったのだ。
「何でミツバチ?」
 ローザが聞くとフロロは手を羽のようにばたつかせながら答える。
「子供が多い場所ってうるさいだろ?その騒音が遠くから聞くと蜂の音みたいに聞こえるんだよ」
 ヘクターも頷きながら手を上げる。
「あー、そんな話し聞いたことがある。……でもあの孤児院には合わないだろ?気味悪いぐらい静かだった、って話ししてたじゃないか」
「そう!そんな理由は外聞向けの辻褄合わせなわけ。本当の理由は……」
 そこまで言うとフロロはテーブルに身を乗り出し、小声で囁く。
「子供達が蜂のごとく飛び回るように、というおっそろしい由来なんだってさ」
 恐ろしい?わたしが疑問に首を傾げると、アルフレートはにやりと笑った。
「混沌という名の花を咲かせるんだな。歌の一節になりそうな愉快な話しだ」
 その言葉によってわたしはアルシオーネさんが話していた帝国の事件を思い出し、背中が寒くなる。
「そういうこと」
 フロロが満足げに頷く横で、イルヴァが頬を膨らませた。
「さっぱり分からないんですけど」
「簡単に言うと、世の中が混乱するように動くよう、あの孤児院では子供達を洗脳して、新天地に向かわせるのよ」
 わたしの解説にフロロもアルフレートも否定はしなかった。
「じゃ、じゃあレオンは?」
 ローザが顔を青くする。アルフレートが鼻で笑った。
「既に彼は蒔いてるじゃないか。混沌の種を」
 エミール王子の事だろう。確かに静かに混乱は始まっているし、それにレオンのあの場の雰囲気からして『そっくりさんが現れてびっくり』で終わるとも思えない。
「でもー、そこまで悪い人にも見えませんでしたけどー」
 のほほんとしたイルヴァの声だったが、同意の気持ちもある。何と言うか……歳のせいもあるだろうが彼を悪人とするのは違和感があるのだ。妙に可愛い性格のウーラと一緒なのもあるかもしれない。甘いだろうか。
「……次の話しいこっか」
 皆が考えこむ雰囲気にフロロが口を開く。
「さっき言った通り、『ミツバチの家』はサイヴァ教団としては未完成なわけ。サイヴァ教団は八人の神官を頂かないといけないからね。ギルドの話しでは『ミツバチの家』はその数が揃ったことは無いんだ。内部を探るまでもなく、それははっきりと確実だといえる事なんだな。どうしてか分かる?」
「あの孤児院が存続してるからだろ?」
 アルフレートが素っ気なく答えるとフロロは「ちぇ」と舌打ちした。
「アルがいると何でも知ってるからつまんないな。……サイヴァ教団っていうのは完成と同時に解散しちゃう、っていうのが決まりで、それゆえにあの孤児院は未だにのそのそと活動してるから『未完成』なのが分かるってわけなんだな、これが」
「完成と同時に解散?」
 わたしが疑問を挟むとフロロとアルフレートは頷いている。答えたのはアルフレートだ。
「蒔かれた種は新しい教団を作る。その後、神官に相応しい力のあるものを集めていくんだ。その間も新たな種を蒔きながら、な。八人揃った時が本当の活動開始だ。混沌……例えば破壊活動なんかだ。人通りの多い場所で無作為に呪文を放つでもいいし、犯罪者のつまった留置所を開け放つでもいい」
 良くないだろ、と言いそうになったが言わんとすることが分かってきた。そんなことをすれば時間はかかれどとっ捕まるのがオチだ。完成と同時に解散、か。そういうことなのか。
「で、今のところは何人集まってるんだ?」
 ヘクターがフロロに尋ねる。
「さあ」
 首を傾げるフロロにローザがいらだたしげに怒鳴った。
「『さあ』じゃないわよ!とにかく敵の情報が分からなきゃ意味ないじゃない!」
「しょうがないだろ!これはギルドの奴に『聞けなかった』んじゃないよ!あいつらも掴んでない話しなんだから!」
「しょうがなくない!本格的にサイヴァ教団の相手しようって時に悠長な!」
「ケンカ良くないですうー」
 イルヴァの場に似合わないのんびりした声がやけに部屋に響く。
「あの……お母さんは結局ミツバチの家の人なの?」
 ミーナが沈んだ声で発言したことにローザとフロロもはっとした顔になった。ミーナのお母さんハンナさんがサイヴァ教団の神官『蜘蛛』である、というアルフレートの予想が当たっていればの話しだが、どうもしっくりこない。じゃあ何故ミツバチの家から手紙が届いたり、今現在姿を消したりしているのか、と聞かれると答えられないのだが。
「とりあえず、とりあえずだが数に入れて考えてみるか」
 アルフレートが珍しく気を使ったらしい言い方をした。
「あの獣人二人は入っていると思う?」
 わたしが隣りに座るヘクターに聞くと、彼は少し考える顔になった。
「……入ってて欲しい、っていうのが本音かな」
 予想外の答えにわたしが驚いているとヘクターは説明を続ける。
「あれだけのやり手が中心核にも入ってないようじゃ、俺達の相手としてはちょっと過ぎた相手だから」
「あー……」
 わたしは思わずうめいてしまった。確かにそうだ。でも本当にあの二人が幹部でもない使いっ走りだとすれば、相当大きな組織になるわよね。あの孤児院を見るにそれは無いかな、とも思う。けど表に出ないで潜っているのが闇の組織ってやつだし……。
「サイヴァ教団の幹部に相応しい資格、っていうのがどういうものなのかが気になるわね」
 ローザが腕を組み考える様子を見せ、再び口を開いた。
「アルシオーネ達なら何か分かるかもしれないわね。普段は口にするのもタブーにしてるような話題だけど、知識としてはあるかもしれないし。大元の話しを知っていたのもあるしね」
 わたしが先程思い出したアルケイディア帝国の昔の事件の事だろう。ローザの提案に頷きつつも『また神殿に直帰かあ』と溜息をつきそうになってしまう。
「ミーナ、もう怒ってないの?」
 口に物を詰めこみながらもおずおずと尋ねるサイモンにミーナは「はあ」と息をついた。そんな彼女を見て自分でも嫌だな、考えたくないな、というもやもやがありながらも頭の中でパズルのピースが回りだす。あの獣人達ってこの町に着いた途端に、露骨にミーナを狙ってきたのよね。そしてこの町はミツバチの家、すなわちサイヴァ教団が拠点を構えている。彼らが求める足。実はこの町出身というミーナ。
「ううーむ」
 わたしは目を細めて唸る。考えに気を取られ過ぎたからか、サラダのブロッコリーを落としてしまった。
「何考えてるか、当ててやろうか?」
 アルフレートの問いかけにわたしは首を振る。
「……今はいい、止めといて」
「ああ、そうかい」
 アルフレートは妙に芝居がかった仕草で肩をすくめ、コーヒーを飲み始めた。



 赤鬼店長の赤ら顔に手を振りながら店を出る。通りに出るとローザが顔を覗き込んできた。
「なに?テンション落ちちゃってない?」
「あー、いやちょっと……テンションは落ちてないけど暗い気分だわね」
 正直に答えるわたしにローザはきょとん、とした顔だったが、突然前に声を張り上げる。
「ちょっとリーダー!」
 その言葉に素知らぬ顔で歩き続けていたヘクターが『あ、俺か!』というように慌てて振り向いた。
「そのいきなりリーダー扱い……」
 ヘクターの文句が言い終わる前に、
「ちょっと頼みがあるんだけど」
ローザが声を被せる。
「リジアと一緒に通信センター行ってくれない?まだ今日はお父様に連絡取ってないし、あたしは神殿に早く戻りたいんだけどリジアが一人じゃ嫌だって言うのよ」
「は、はあああ!?」
 わたしは身に覚えのないバッシングに思わず抗議の声を上げるが、ヘクターの「いいよー」という軽い返事に口籠ってしまった。
「こっちの方向だっけ?」
 ヘクターが曲がり角を指差す。
「そうそう、じゃあよろしく頼むわ。あたし達は一足早く帰ってアルシオーネに都合付けてもらうから」
 にこにこと手を振るローザを見て思う。多分気を使ってくれたんだろうけどね……。
「リジア、帰りに何か美味しいもの買ってきてくれません?」
 イルヴァの要望には「気が向いたらね」と軽くかわしておく。
 ぞろぞろと歩いていくローザ達を暫く見送り、わたしとヘクターは顔を見合わせると通信センターに向かって歩き出した。荷馬車が通った後に巻き起こる風が、涼しさを通り越して寒さを感じさせる。灰色の空を眺めるとわたしは呟いた。
「何だか今年の夏は損してる気分だわー。ただでさえローラスの夏は短いのに」
 溜息混じりのぼやきにヘクターが頷いている。
「帰ったら何処か行こうか?」
「えっ!ほんとに!?」
 ヘクターからの提案にわたしは思わず両手を合わせて舞い上がる。何処かって何処!?つーか何処でも嬉しいけど!誘ってくれてるだけで今幸せ絶好調だけど!
「うん、川とか海とか夏っぽいところかなー。デイビス達も誘えば喜ぶんじゃないかな。なんかやけに絡みたがってたし」
 笑顔のヘクターに顔が固まる。あ、そういう話しか。デイビス達も〜ってことはいつもの六人はもう決まってることなのね……。
「ははっ……」
 わたしの苦笑いにヘクターが目を大きくした。
「あ、嫌だった?」
「いいいいいやいや全然!嬉しい!皆で遊ぼうね!なんていうか人数多いとテンション上がるよね!」
 わたしは慌てて首を振って答える。特に大人数が好きってわけじゃないけど、まあデイビス達なら楽しいかもね。わたしが気を取り直し頷いていると、
「いつかリジアにサントリナの海を見て欲しいな」
 ふいにヘクターがぽつりと呟いた。わたしは彼の顔を見上げる。サントリナはローラスとの国境以外を海で囲まれた国だ。海からの空気が暖かいし、漁業が盛んだから美味しいものが多いらしい。
「綺麗なの?」
 わたしの質問にヘクターは深く頷く。
「南の方の国みたいにコバルトブルーの、っていうわけじゃないけど、深い青が綺麗だよ」
 その言葉に彼の瞳もそんな感じだな、と思う。深い大海を思わせるヘクターの瞳のような海はすごく素敵に違いない。
「ヘクターが越してくる前にいたサントリナの学園とかも見てみたいな」
 わたしは少し気になっていたことを聞いてみる。すると彼は頬を掻きながらもごもごと「いやいいよ」と首を振った。
 ええー!すごい気になるんですけど。何が嫌なのかしら。昔の女が出てくるとか!?それだったらすごいマセガキだわ!
 わたしは勝手にもやもやとした想像を膨らませ、気が付くと随分と早足になってしまっていた。


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