星読みの民


 朝ごはんを終え、窓辺で温まった体を伸ばす。昨夜は意気込んだものの、とりあえず今日一日は情報収集にあてることになった。レオンの「下調べは万全にしたほうがいい」というアドバイスと、今夜戻る彼の両親に是非会ってくれないか、という申し出からだ。これは喜んで受けることにした。ずっと話に聞いていただけのレオンの両親にはわたしも会ってみたかった。そして何しろ行動を起こそうにも情報が圧倒的に足りない。シェイルノースの話を領主自らに聞けるなんて普通に考えれば滅多に無い機会なのだ。
「準備出来た?」
 午前中、わたしと行動することになっているローザがドアから顔を覗かせた。わたしは親指を立てながら頷く。コートの上にさらにファーベストを着込み、厚手のニット帽を深く被るわたしの姿を見てローザは眉を寄せた。
「この先、タンヴァーより奥地に行くことになったらもっと寒いわよ? 今からその重装備じゃ心配だわあ」
「大丈夫よ、それよりもっと心配なことがあるわよ」
 部屋から出つつ、わたしは答える。
「何?」
「魔術師が午前中に起きてるかってことよ」
 ローザも「確かに」と頷く。今から向かうのは魔術師ギルド。この町にも辛うじて存在するらしい。情報収集といっても伝手はレオンしかいないのだが、今日も従兄弟と共に忙しそうなのだ。なら町に出るしかないので、とりあえずは自分たちの話し相手になってくれそうな人物を探すしかない。
 魔術師は魔術師と。というわけで普段は疎遠な魔術師ギルドをローザと共に尋ねてみることにした。この際、規模はどうでもいい。こちらと話す意思がある人物さえいてくれればいいわけである。
 ヘクターとアルフレートは護民団の詰め所に行ってみるとのこと。ダメ元ではあるがデイビス達の行方を聞いてみて、何か身元不明の事件事故の被害者がいないか、人攫いの事件などが起きてないか聞いてみるらしい。フロロはいつも通り盗賊ギルドへ。イルヴァは未だ疲れた顔をしているイリヤの話し相手になっていてもらうことにした。余計疲れるのでは、とは考えちゃいけない。
 立派な黒塗りチーク材の玄関扉を出ると、執事のアダムスさんと話している男性がいる。膝まで覆う黒長靴に革製ヘルメット、藁の入ったバケツを持った姿からして厩務員と思われる。わたし達を見て軽く頭を下げた。
「今、話していたんですがね、坊ちゃんのお友達。今お預かりしてるそちらの馬がちょいとばかり元気が無いんですよ。寒さのせいだと思いますがね」
「あらら、やっぱり急な温度変化は辛かったかしら。馬は寒さに強いとはいえシェイルノースは別格だものねえ」
 ローザは溜息つきつつ、案内する厩務員について行く。
 屋敷の裏手に周り、少し歩くと我が家より大きそうな厩舎が見えてくる。隣には鶏舎、敷地の反対には畑も有り、寒冷地での自給自足の暮らしが伺えた。
「それに実は若くないのよお、うちの馬」
「その割には毛艶もいいし、元気なんですがね。今朝は運動場に行くのを嫌がりまして、それで寒いんじゃねえかと」
 ローザと厩務員さんの会話を聞きながら厩舎に入ると、見覚えのある黒馬の馬房の反対側にアズナヴール家の白馬が2頭並んでいた。藁をはむはむしていたりと元気そうなのだが、
「ブロン、ドレ、あんた達運動したくないんだって?」
ローザが声をかけると露骨にプイッと顔を背ける。ローザの顔が引き攣った。わたしとしてはこういうのを見ると「頭いいなあ」とむしろ感心してしまうのだが。厩務員さんは笑いながらローザに右手方向を指差す。
「シェイルノース中を周るかもしれないって話聞いたんで、代わりにこいつらでどうでしょうかね?」
 見ると背丈は小さめだが、胴回りや足の太さは二回り程は立派な長毛の馬が2頭いる。少しクリームがかった白い毛並みと顔にかかる前髪、足に生えた長い毛がブーツを履いているようで可愛い。
「ヤヌートってシェイルノース産の馬ですよ。速さは負けるかもしれんけど、スタミナは保証します」
「あっら〜、ありがたいけどいいの?」
 ローザの質問には後ろから来たアダムスさんが答える。
「レオン様から最大限のおもてなしを申しつかっています。もちろん、大丈夫ですよ」
 今回は長距離を移動することが多そうな旅。有難いことこの上無い。わたしは許可を取ると、長毛の馬の首を撫でさせてもらった。



 アダムスさんに魔術師ギルドの場所を聞いた後、オルグレン邸から街の大通りに出る。今日は午後から雪になる予報だからか、買い物を済ませておこうというような住民が多い印象だ。
「南ブロックに向かって歩いて行って、ピンクの派手な看板の酒場が見えたら脇道に入ってすぐだって……ああ、ここだ」
 わたしは魔術師ギルド共通のマーク、羽ペンを咥えたフクロウの看板を指差す。案の定賑わった雰囲気は全くないが、人はいるらしい。箒で床を掃く音はする。ノッカーを2度鳴らすと古木のドアを開けた。薬草やポーションの独特の匂いを嗅ぎつつ中へ入ってみる。全面の壁に天井まで届く本棚がぴっちりと埋まり、魔術書や薬品の瓶でいっぱいになっている。天井のそこかしこから乾燥ハーブが垂れ下がり、魔法の照明『ライト』がいくつも漂っていた。術者のアレンジなのだろう。色も赤、青、黄色と面白い。
「あら、いらっしゃい。こんな早い時間のお客さんは珍しい」
 お客、なのかな?箒を両手で構え、声をかけてきたのはわたしの母親くらいの年齢の女性だった。黒のとんがり帽に黒のゆったりローブ、というスタンダードなスタイルである。持っていた箒に短い呪文を唱えると「後はよろしく」と送り出す。箒はリズミカルな動きで勝手に掃除の続きを始めた。
「ウェリスペルトのプラティニ学園から来ました」
「あら『卵さん』、尚更珍しい」
 わたしの背丈ほどの女性は布巾で手を拭きつつ、丸テーブルにある椅子を勧めてくれる。小さな木製スツールを引き出すと、わたしとローザは座った。
「ウェリスペルトの学生さんに会うのは何年振りになるかしらねー。まさかまさかだわ。ギルドマスターのマルモよ」
 そう言ってマスターは手を差し出して来た。キビキビした動作のギルドマスターの手と二人、順に握手する。
「今日は何のご用? 学生向けの支給品? タリスマン用の護符とか空の魔性石とかならすぐ出せるから……」
 席を離れようとするマルモを慌てて引き止める。
「あ、それも頂きたいですんですけど、ちょっと色々お話を伺いたいんです」
「シェイルノースのことを何でもいいので。この街のこととか、住んでる部族だとか、最近の大きな出来事とか」
 わたしの言葉を引き継いだローザにマルモは目をクリクリさせる。
「シェイルノースについて? 私でいいのかしら」
 わたし達は大きく頷いて返した。学生の冒険での情報収集だと気づいたのだろう。マルモは改めて前の席に座ると頬杖つきつつ天井を見る。
「そうねえ、寒いところだから娯楽は少ないわね。その代わり景色はいいし空気は綺麗。ローラスとケニスランド両方の文化が混ざってるのも面白いわ」
 ケニスランドは北の覇者ソゾル王が1000年前に建国した元蛮族の国だ。ここと雰囲気は似ているのだろう。シェイルノースがケニスランドから取り残された、とも言えるかもしれない。
「3つの地域に分かれてるのよね? 領地は3つだけど、未開の地も多いからあちこち出歩くのも危ないでしょうね」
 ローザが聞くとマルモは何度も頷いた。
「北に行けば未だに少数部族が力で争ってる世界だし、他から来た人はびっくりするでしょうね。私も若い頃は首都にいたんだけど、生まれはこっちだから戻ってきたの。だからやっていけてるけど、でなけりゃ無理でしょうね。気候は厳しい、モンスターも多い、治安も良いとは言えない。領主様や護民団は頑張ってくれてるけど、やっぱり他の地域に比べたら自衛でやっていく空気が濃いわよ。町民同士は助け合いで絆は深いけど、隣のオズゴートの街の人とは仲良いとは言えなかったりするし」
 そう言って肩をすくめる。まさか今時、領土争いでもしてる訳じゃないだろうが、協力もしない、って雰囲気なのかしら。同じ国とは思えない状況だ。
「ここだってこんな田舎町だけど、あんまり長閑って感じじゃないわね。知ってるかしら。今も殺人事件の捜査に護民団が走り回ってるし」
 わたしは昨日見た事件現場を思い出す。狭い路地にひしめき合う人々と、張り詰めた空気。未だ犯人は捕まっていないということは目撃者もいなかったんだろうか。
「そういう物騒な事件もよくあるんですか?」
「よく、って言われると答えに困るわね。大きな街の方が事件の数で言ったら多いでしょうけど、この規模の街にしては頻発してる気がしちゃうのよ。狭い街だからすぐに情報が入ってくるせいもあるんだけど」
「周辺の少数部族が犯人かも、って聞きました」
 やや不躾すぎるわたしの言葉に、マルモはゆったりと首を振る。窘めるためかと思ったら返事は意外なものだった。
「『星読みの民』が犯人だ、って話でしょ? それ、私は違うと思うのよ」
 わたしとローザは顔を見合わせる。掃除を終えた箒がマルモの手元に戻ってきた。
「実際、血の気の多い人達だからね……。今までも彼らの起こした事件は多いし、彼らの気質を知らないでトラブルになった住人が……ってのはあるのよ。でも今回のダッセフ通りの事件とモートマー地区の事件は彼らのせいじゃないわよ」
「えっと、根拠は?」
 わたし達の食いつきに、こちらの意図が読めたらしい。マルモは立ち上がると「お茶入れるわ」と言った。
「すいません、申し訳ないわ」
 慌てるローザにマルモは手を振る。
「いいの、いいの、どうせ暇だし。セーム茶飲めるわよね?」
 お茶缶を振るマルモにわたし達は頷いた。棚からカップとジャム瓶を出すマルモに私は頭を下げる。
「ありがとう、実は今、その星読みの民の話を集めてるの」
「へええ、何でまた? この辺の人達しか知らないような部族よ」
 マルモの顔は「物好きね」と語っていた。彼女が用意したティーポットはお茶っ葉と水を注ぐとテーブルの上を勝手に動き出す。体温(?)を上げるために腰振りダンスをする喧しいものだった。やがて注ぎ口から湯気と共に「ピー!」と合図の笛を鳴らす。その様子を眺めながらわたしとローザは交代交代に「学園の友人の両親が少し特殊な力を持っていて、その両親がシェイルノースで占い師をしているらしいという情報が入ったので探しに来た」という話をする。特に隠すような要素は無いものの、事情を全部話していては夕方になってしまう。どこまで話すべきか、どの部分を省いたら分かりにくいか、を考えながらつっかえつっかえになってしまった。
「そのイリヤって友達はずっと両親と離れて暮らしてるの? 若いのに大変ね。でも何でまた探すことになったの? 待ち合わせとかしてないのかしら」
「それは……」
 答えようとしたローザの動きが止まる。そしてわたしを見た。彼女の目線の意味はよくわかる。わたしも言われて初めて気づいた。ずっと離れて暮らしていた両親に会いにいくのに、こんな辺境地まで来てなぜ慌ただしく捜索しなくてはならなかったのだろう。
 わたし達の動揺を見てマルモは首と手を同時に振る。
「ごめんごめん、本人じゃないのにわかんないわよね。星読みの民の話に戻しましょうか。……彼らはタンヴァーの東に住むシェイルノースの先住民族よ」
 ティーポットが自らカップにお茶を注ぎ出す。柑橘系の果物を剥いた時に似た爽やかな香りが広がった。
「政治的なリーダーはいなくて、行動を全て占星術で決めてるらしいわ。力の強い術者が指揮を取ってるんだと思うけど、詳しい体制は分かってないわね。街に生活物資を買いに来ることもあるんだけど、あまり交流はしたがらないの。でも刺激するのもよくないから、ここの住民にも買い物を拒否するようなことは領主様が禁止してるのよ。……とても難しい問題よね。トラブルが多いのは確かなんだけど、それは星読みの民の入店を断った店主だったり、彼らを騙そうとしたり侮辱的な言葉をかけた人が報復でやられてる。でも住民にとっては得体の知れない存在で馴染もうともしない怖い存在であることも確かなの」
 先ほどの話の『根拠』が読めてきたわたしは大きく頷いた。
「事件の被害者は、そういった人間じゃなかったってことですね」

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