幻の楽園
物心ついたときからおおよそ家族と呼べるものの記憶はなく、ただ私と似たような境遇の子どもたちと、私たちに施しを与える大人たちがいた。おそらく家族など元より存在しなかった。名前も知らない男女の、交わりの末の残滓。それが私だった。
お前は伍番街と六番街の間、六伍番街道からさらに外れ、人はおろか犬猫も寄り付かないような小道に捨てられていた。
その孤児は、俺は、お前を抱えて走った。俺たちの伍番街ハウスへ。
古布の切れ端のみを纏って放置されていたお前の身体は、長いこと夜風に晒されていたせいか、もう随分と冷たくなっていた。あと数時間遅ければ取り返しのつかない状態になっていただろう。
名前のない私に、君は『#ロゼ#』と名付けた。
なぜその名前をつけたのか、君は決して教えてくれなかった。別の誰かがこっそり教えてくれたのは、昔よく君が読み聞かせられていた御伽話に登場するお姫様の名前だということ。恥ずかしがるくらいなら最初からそんな名前つけなければいいのに。
一時は生死の境を彷徨った事実などなかったことのように、お前は伍番街ハウスでみるみる健やかに成長していった。心身共に、というわけにはいかなかったけれど。
子どもが健やかに成長していくために必要なものはなんだろうか。衣食住。教養も必要だろう。それから愛情。
施しは、ハウスに住む孤児が生きていくために、これら必要最低限のものが大人から与えられることの総称だ。
まず、服は上下と下着、それぞれ三着ずつ。靴下も三足。靴は一足。与えられるのは、なんど洗濯板で擦ってもとれない染みができていたり、指が一本通るくらいの穴が空いていたり、ボタンが一つ欠けていたりするような古着ばかりだった。
食事は硬いパンと豆のスープ。私は豆が嫌いなのでよく残していた。あとは干し肉とか、缶詰とか、保存のきくもの。ミッドガルでは植物が育たず、生野菜や果物は輸入頼りの高級品なので、私たちにとってのそれらは図鑑の中だけに存在する幻だ。
寝床は二段ベッドで、一つの部屋に入るだけのベッドが所狭しと並んでいた。親の温もりを求めて夜泣きする年少の子どもを、自立心の強い歳上の子どもがあやすのは、よくある光景だった。
ハウスの一階は学舎になっていて、机と椅子、黒板なんかがある。子どもたちはそこで先生から物を教わるのだ。配られた教科書やノートは、裏表紙に知らない誰かの名前が書かれていて、中身は破れて読めない箇所や無数の落書きがあった。私は勉強が嫌いなので、よく授業を抜け出していた。
ハウスは貧しかった。だから、衣服も勉強道具も、プレートの上の人たちが使い古したお下がりを貰って、更に使い古していく。食事は質素だし、手足を伸ばして眠れる静かな寝床もない。
貧しいから、私たちはいつまでもハウスに留まることはできない。
運動が得意な子、勉強が得意な子、絵が得意な子。どんな子どもであっても、私たちは13歳の誕生日を迎えると同時に、ハウスから巣立つ決まりになっていた。
ハウスを出た子どもたちは仕事をして、自身で生計を立てていく。仕事は、持っている特技や才能を活かして自身で職を見つける子もいれば、ハウスの職員がツテを利用して仕事を紹介することもあった。そうやってみんな大人になって、今度は恩返しと称して、ハウスの先生や子どもたちを助けるのだ。助け合いは、スラムの心得その……何番だったか。
ハウスにおいて、孤児が13歳を迎えるまでの間に、どこかの家に養子として引き取られるなんてことは、殆ど無いに等しい。
貧しいのは、ハウスだけではない。スラムに住む人たちの大抵は、なにかしらの失敗をしてプレートの上で暮らせなくなったとか、あるいは私たちのような、スラム生まれスラム育ちの生まれながらにして上に行くチャンスすら与えられなかった、いわば底辺の人間なのだ。養子をとる余裕などあるはずがなかった。プレートの上に住む人達も、わざわざスラムの孤児を引き取ろうなどとは考えない。
一方で、人攫いや身売りは珍しくない話だった。当時の伍番街スラムも、六番街スラムと隣接していることもあり、孤児が誘拐されては人身売買に回されている、という噂がまことしやかに囁かれていたことがあった。実際、 ハウスに住んでいるはずの孤児が突然いなくなるということはこれまでにも何度かある。先生やほかの子どもたちがいくら探しても、いなくなった子達が見つかることは一度もなかった。
そんなどん底の暮らしであっても、大体の子どもたちは、自身の置かれている環境に疑念を持つことなどなく幸せそうに暮らしていた。ハウスに対して愛着を持ち、そこで育ったことに誇りを持っていた。外野がハウスのことを馬鹿にすれば、みんなが一団となって抗議した。
大人たちはそんな孤児たちを憐れみ、施し、時折抱きしめては愛の言葉を説く。そうやって彼らは、あたかも『あなたたちの生は真っ当なものである』ということを刷り込もうとしていた。
衣食住、教養、愛情。こうして私たちが立派な大人になるための礎が完成する。
だけど私は違った。毎晩眠りにつく前に、毎朝目を覚ます度に、自身の生まれを呪う。その感情を忘れた日はなかった。施しも、愛の言葉も、私の心の飢えを満たすには足りなかった。私の身体はどんどん成長していく。生きていくための術は嫌というほど身についていくのに、心だけがいつまでも在りし日の小道に置きざりにされてしまったかのように、空っぽのままだった。
「お前の考えてること、俺にはわかんねえ」
そう言ったのは、かつて私を拾った君だったね。
私を拾ったこと、後悔してるだろう。いっそあの小道で見殺しにすれば良かったって、そう思ったのも一度や二度ではないはずだ。
空っぽの私は、虚ろな日々を無為に過ごす。「この世の全ての物事には意味があるんだ」と説く君の隣で、じゃあ私の存在意義を教えてくれよとも言えずに、揺れる視界の中、地面を転がる石ころを眺めていた。
そんな私にも、ある日、転機が訪れる。
- 2 -
*前次#
ページ: