oxy


天与の再会


 あの後、#ロゼ#は充電切れを起こした電子機器のように、なんの前触れもなくその場に倒れこみ、動かなくなった。

 慌てて駆け寄り、触れようとして躊躇する。身体が冷たかったらとか、触れた途端に砂のように崩れてしまったらとか、ありもしないはずの最悪の事態ばかりが浮かぶ。それらを拭い去るように、頭を振る。

 脱力している人間は思っている以上に重く、抱えるのにもかなりの労力が要る。だが、#ロゼ#の場合はその逆で、拍子抜けするほど軽かった。身体は外套に覆われて見えないが、布越しの感触でも肉付きが薄いのは明白だった。華奢というよりも痩躯という表現が相応しい。無意識に腕に込める力を誤らないよう慎重になる。少しでも雑に扱えばたちまちに胴の中心からポッキリと折れてしまいそうだったからだ。


 決して重くはない#ロゼ#を自宅まで運ぶだけ。それなのに、呼吸が乱れ、心の臓は大きく拍動しているのがわかる。身体を支える掌にはたちまちに汗が滲み出てくる。なにを緊張しているというのだろうか。アバランチに入って初めて作戦に参加したときでさえ、ここまでではなかったと思う。


 理由なんて明白だった。心の準備もできぬまま唐突な再会をしたからだ。なにより、状況が良くない。


 今までどこでなにをしていたのだろう。なぜあんなならず者と連んでいるんだろう。俺の命を奪おうとした理由は。奴らからエックスと呼ばれていた気がしたが、なぜその名前で呼ばれていたのか。そもそも、あの様子では俺のことを覚えていないのではないか。


 聞きたいことは山ほどあった。


 だけど、そのどれもが、お前が目覚めた時、最初にかけるべき言葉ではないという確信だけはあった。じゃあ、俺は一体どんな言葉をお前にかけるべきなのだろう。


 『久しぶりだな』『元気だったか?』『心配したんだぞ』『痛むところはないか?』『俺のこと覚えてるか?』


 違う。違うだろう。もっと言うべきことがあるはずだ。


「……ごめんな」


 そうだ。

 なによりも先に、俺は、お前に謝らなければならない。

 この数年でお前に何があったのか、なんて、わからない。だけどこの様子ではきっと、平凡ましてや幸せと表現するにはかけ離れた生活を送ってきたんだということくらい、想像に難くなかった。そしてその責任の一端は間違いなく俺にある。

 俺がもっとちゃんと見ておく必要があったのだ。言葉少なで、察することを求めすぎていた。最後に交わした言葉はたった一言「元気でな」なんて、淡白すぎやしなかったか。頭の中では煩いくらい様々なことを考えていたではないか。せめて、「必ず迎えに行くから待っててくれ」って伝えていたら、今頃こんなことにはなっていなかったのかもしれない。

 この世で一番の幸せ者でなくても、せめて、幸せだと思える一瞬が日常の至る所にあるような、そんな生活を送ってあげられるように。お前が道を踏み外したり、その人生に間違いが起きることなどないように。せめてお前が大人になるまでは、俺が、導いて、見届けるべきだったんだ。

 それが、あの日お前を見つけた俺の義務で、責務だ。


「ごめん」


 何度謝ったってきっと、この積もりに積もった悔恨の念は消えやしないだろう。それでも、謝らなければならないのだ。それが、これから始まるであろう贖罪の日々の入り口だから。


 もう離すものか。二度と。お前が幸せになって、俺が必要でなくなるその日まで、俺はお前から目を離さない。この手の中に繋ぎ止めて、大切に大切に育むのだ。纏わりつく輩や柵は全て、この手で消してやる。お前の近くには、お前を大切にしてくれる人だけがいればいい。


 だから、今はただ、俺にその身を委ねてくれないか。

- 8 -

*前次#


ページ: