獣に襲われたことは、慧人に話していなかった。
今になってそれでよかったと、安心している私がいて…―――こんなにも、ユウセイを気にしている自分に驚いている。
怖い思いをしたはずなのに。
毎回、夜になると外を見てしまう。
彼が出ていった窓を開けて、どこかに居ないかと外ばかり眺めてしまう。
もう逢えないのなら、キスなんてしないで欲しかったのに―――。
「…ユウセイ?」
仕事の帰り道。
まだ日が落ちきっていない夕方の雑踏の中、ユウセイの香りが不意に鼻をついてきた。
それと同時に、何故かあの日の傷が疼いて少し熱い。
あの日以来、痛みさえ感じなかったのに。
慌てて振り返ると、周りより少し背の高い男性の後ろ姿が目に入って、今までの人の流れを無視して追いかけた。
ぶつかる人の視線なんて気にしていられない。
待って。
ユウセイ、待って。
「…ユウセイ!」
角を曲がった彼を追いかけて、彼の名前を呼んだけど…―――もう彼の姿はなかった。
別人だったのかもしれない。
いま思えば、耳も生えてなかったし、人間の後ろ姿だった。
でもあの匂いはユウセイだった。
逢いたい。
せめて、もう一度だけでも―――。