禁断の色香 01
熱を帯びた吐息が充満する部屋。
外は肌寒い季節になろうとしているのに、身体は火照り、じんわりと汗が額を伝う。
隊服と白シャツのボタンは既に外され、巻いていたサラシを解かれたそこに、骨張った大きな掌がスルリと侵入して少し荒々しく触れた。
指先が、敏感になっていた先端に触れて、開いた唇から吐息と共に甘美な声が漏れた。
「もっと声、聞かせろォ」
「や、アァ…ハァ……ンンッ!」
「人払いはした、我慢する必要はねェ」
優しいのか優しくないのか分からない。
隊服のズボンを脱がされ、身に纏っていた布の隙間から湿ったそこに腕が伸び、指先が触れる。
卑猥な水音がし、クッと喉を鳴らす音が聞こえた。
滲んだ視界で、銀髪の髪が揺れる。
上気した顔で熱を帯びた眼差しを向けるのは、風柱である不死川実弥だった。
◇
遡ること、数日前。
とある町で人が居なくなるという不可解な事件を鬼の仕業だと見立てた鬼殺隊は、複数人でその場所へと向かっていた。
居なくなるのは若い男ばかり。
隊員は男が殆どなので、鬼をおびき寄せるには申し分ない。その為、もしもの場合にも備えて階級が丙(ひのえ)であるゆき乃もその任務に呼ばれた。
その町に向かうと、隊員達に指揮をしている見覚えのある背中があり、思わず息を呑んだ。
白い羽織に殺と書かれたその背中。
過去に一度、任務を同行した事があり、その強さと顔面の怖さに身体が震えたが、それは荒々しくも繊細なその技に武者震いがしたからだった。
同じ風の呼吸の使い手として、それからずっと背中を追いかけてきた。
まさかまた、任務に同行できるなんて。
「オイ、お前…」
「はい!保科ゆき乃といいます」
「いいかァ、お前は俺の後にそいつ等を率いて続け。誰かの気配がなくなっても、鬼の頸を切る事だけ考えろォ!」
低い声に、やはり背筋がゾクっとした。
だけどこの程よい緊張が自分を奮い立たせてくれると、拳を握りしめ、先へ進む風柱を追いかけた。
微かに異臭がするこの町は、不気味な雰囲気だった。
暫く走っていると、どこからともなく霧が現れ、まるでゆき乃達を飲み込むように視界を遮った。
前方で、大きな舌打ちが聞こえる。
そこに風柱がいるのだと安心した矢先、後方で鈍い音が複数聞こえた。
「オイ!気を引き締めろォ!」
風柱の声に隊員が返事をするも、明らかにその人数が少なかった。
集中して鬼の気配を探る。
微かに感じた異様な気配の方へ向かうと、小さな掘っ立て小屋があり、すでにその場に風柱がいた。
「お前は裏手から回れェ!同時に行くぞォ」
足手纏いにだけはなりたくない。
そう思い呼吸を整えると、風柱の合図で扉を蹴り中へと入った。
その途端、部屋中に先ほどと同じ霧が更に濃くなって迫ってきた。
恐らくこれは血鬼術だろう。
深く吸い込まないように気を付けながら進んでいくと、奥の部屋で何かが蠢いていた。
刀を強く握り直し、深く呼吸をする。
――風の呼吸・弐ノ型 爪々・科戸風(そうそう・しなとかぜ)
繰り出した技をスルリと交わしたソレは、地響きのような声を上げた。
「女なんぞ興味はない!シネ!」
容赦なく伸びてきた鬼の手を刀で受けるも、その衝撃で壁へと飛ばされ、背中に痛みが走る。
すぐに立ち上がり、次の型を出そうと呼吸を整えた瞬間、鬼の真横から強い風が舞い、鬼の身体を引き裂いた。
ゆき乃の物とは比べ物にならないくらいの威力。
怒号と共に現れた風柱は、すぐさま別の型を繰り出し鬼の間合いに詰め寄った。
流石は、柱。
ゆき乃も上級ではあっても、やはり柱というのはこれ程違うのかと思い知らされる。
立ち上がり、参戦しようにも邪魔になるだけのような気がした。
刀を構え立っている間に、「地獄へ落ちろォォ」という声がして、それと同時に鬼の頸が跳ね飛んだ。
焦げ臭い匂いがして塵になっていく鬼が、消える間際に「美味そうな男だったのに」と捨て台詞を吐いた。
男ばかりを喰う鬼だったのだろう。
完全に塵と化した鬼を眺めていると、「隠に手当てしてもらえェ」と声がし顔を上げた。
鬼を倒し、目の血走りが緩まった風柱がゆき乃を見ていた。
「これくらいの傷、大した事ありません。それより風柱様、助けてくださりありがとうございました!」
「別にお前を助けたわけじゃねェ。俺は任務を果たしただけだァ!勘違いすんなァ」
「それでも私ひとりじゃ無理でした」
「そう、かよ……ッ、」
「風柱様?」
目の前に堂々と立っていた風柱が、不意によろめき倒れそうになった。
その直前で片足を地面に着け倒れることは踏みとどまった風柱だったが、呼吸は荒く、噴き出すように額に汗を滲ませていた。
慌てて駆け寄り声をかける。
大丈夫かと声を掛け背中に手を差し伸べると、「…ッ、触んじゃねェ!」と苦悶の表情を見せ、手を払われた。
「か、隠を呼んできます!」
「やめろ…大丈夫だッ……俺に構わず…ハァ…さっさと行けェ」
「でも、」
「つべこべ言うんじゃァねェ!」
まるで稲妻が走ったかのように、風柱の声が身体を貫通し、恐怖で震えた。
だけど、苦しそうにしている彼を置いてなど行けるはずがなかった。
「置いてなんて行けません!恐らくさっきの霧が血鬼術だったんですよ、それで!」
「ハァ…んなこたァ分かってんだよ!鬼は死んだ、これも直に収まる…ッ」
「風柱様っ!」
心臓に手を当てて蹲った風柱の身体を支えようと、もう一度触れた。
その時、「アッ…」という、初めて聞く何とも言えない甘い声が耳に届いた。