運命のひと 01
ゆき乃は炭治郎にとって特別な存在だった。
会話らしい会話をした事はあまりなく、炭治郎が一方的に話し掛けている事が多かったが、時折見せる微笑みと「炭治郎」と名前を呼ぶ声は、彼の心をくすぐり、締め付けた。
鼻が利く炭治郎には、匂いから分かる感情の変化さえも敏感だ。
感情をあまり表に出さないゆき乃の心も、炭治郎には届いていた。
だからこそ、ゆき乃も炭治郎に心を許していたのかもしれない。
「ねぇ炭治郎、もし私が死んだら、一度だけでいいから花を手向けてくれる?」
「死ぬことなんて考えたらダメだ!それに、一度だけなんて、寂しい事言うなよ」
「ううん、一度だけでいい。十分だよ」
「ゆき乃が嫌と言っても、俺は毎日手を合わせる。でもやっぱり……ゆき乃には、ずっと長く生きてて欲しい」
「……生まれ変わったら、鬼のいない世界に行きたいな」
珍しくそんな会話をした数ヶ月後に、ゆき乃は任務中に命を落としたのだ。
その知らせを鴉から聞いた時、全身の力が抜けた。
同じ鬼殺隊の仲間が命を落とした時とは、全く違う感情が現れ、胸が張り裂けそうだった。
また次に会った時に、と先送りしていた想いが溢れ、後悔の念に押しつぶされそうだった。
生きてる間に伝えたかった。
伝えるべきだった。
普段なら思ったことは言葉に出来るのに、この感情だけは優柔不断の悪い癖が出てきてしまった。
善逸みたいに、想いを伝えればよかった。
「ゆき乃……」
最後まで言えなかった言葉が、胸の奥に棘となって刺さったまま、炭治郎の心から消えることはなかった。
◇
時は流れ、鬼のいない平和な時代がやって来た。
ここ、中高一貫キメツ学園では、いつもと変わらない日常が流れていた。
この学園に通う竈門炭治郎は、ある日を境にして、前世の記憶が脳裏に浮かぶようになったのだ。
前世なのか、細胞の記憶なのかは分からない。
だけど、まるで自分自身が経験したかのようなその朧げな記憶に、心が共鳴していた。
「あの、竈門くん……」
「え?!」
突然話し掛けられ、変な声を出し振り向いた。
日直日誌を手に持ったその人物に、ドキリと胸が高鳴る。
同じクラスの彼女は、前世で想いを伝えられずにいたゆき乃だったのだ。
そう、この学園には前世でよく知る顔触れが揃っており、最初は炭治郎も戸惑っていたのだが、記憶があるのは自分だけなので知らぬ振りをして生活していた。
恐らく、目の前の彼女も記憶などないだろう。
それを寂しく感じながらも、鬼のいない世界を望んでいた彼女が生きている今が、炭治郎にとっては大切だった。
「あ、今日は俺とゆき乃が日直だったのか!ごめん、忘れてたよ。日誌俺が書いておくよ!」
「ううん、あの……私やっておくから、先に帰ってもいいよ?お店の手伝いあるんでしょ?」
「ゆき乃知ってるの?店のこと」
「有名なパン屋だもん、知ってるよ…よく買ってるから」
「そうだったのか!言ってくれたら良かったのに!あ、でも日直はちゃんとやるよ。帰りに教室で待っててよ、一緒にやろう!」
炭治郎の言葉に、ゆき乃は頬を染め頷いた。
その表情に、また炭治郎の心が騒がしくなった。