心の葛藤 伍



風柱邸から藁に打ち込む音が響く。

上半身何も身に纏っていないその体は、幾つもの傷が目立っていた。

鍛練期間のため、任務にあまり出ることのなかった実弥は、一通り打ち込みを終えると呼吸を整え空を見上げた。

あれから、ゆき乃の姿を見ていなかった。

そこまで日は開いてないが、屋敷にいる事が多いのに姿を見れないのは何だかもどかしかった。

隠が屋敷に入ってくる度にゆき乃なのではと気を向けてしまう。

休憩を取るために縁側に置いていた水と手拭いを取りに向かうと、丁度縁側の下、以前ゆき乃が寝ていた場所の近くに何かが転がっているのが目に入った。

屋敷側からだと隠れて見えないその位置。不思議に思って手にとって見る。



「…何だァこれは」



見たことのない物だったが、その持ち主はゆき乃しかいないと思った。

屋敷に出入りし、それを落とすのは彼女しかいない。

ただ、少し胸がざわついた。言葉に出来ないくらい奇妙な感覚だった。







一先ず義勇の家へと帰ることになったゆき乃は、しのぶと蝶屋敷の皆に礼を言い、義勇と一緒に歩いて屋敷を目指していた。

無理はしないようにとしのぶに言われ、少しの休みをもらった。

いつ義勇が別の任務で呼ばれるか分からないから蝶屋敷にいてもいいと言ってくれたが、何もせずに世話になるのは気が引けたし一人で考えたい事もあったので、一旦義勇の家へと帰ることにしたのだ。

ゆき乃の足取りを気にしながら隣を歩く義勇は、あれから特に何も言わなかった。

側にいるという意味が、どれ程の意味なのか。

ゆき乃は、自分の受け取り方に間違いはないとは思っていたが、その後至って普通の義勇にどう接していいのか分からなかった。

それからもっと分からないのは、ゆき乃自身の気持ちだった。

男性経験はあっても、恋の経験なんてものはなく、自分の抱えている気持ちがどういう意味を持っているのかが分からなかったのだ。

実弥とキスをし湧き上がっていた感情も、義勇に触れられて脈打つ心臓も、そこにもしかしたら違いがあるのかもしれないが、その違いがゆき乃には分からない。

元の時代では無縁だった悩みで倒れてしまうなんて…と、思わず笑ってしまう。

不意に笑ったゆき乃を不思議そうに見つめた義勇の表情は、相変わらず無表情だった。



「どうかしたのか」

「いえ…なんか、普通にこの時代で生きてるんだなって思って。体調が悪くなれば倒れるし、お腹は空くし。義勇さんには抱きしめられちゃうし」

「……」

「……」

「…嫌、だったか」



義勇が足を止めてゆき乃を見つめる。

ゆき乃は言葉にすることはできなかったが、首を横に振ると、義勇は「そうか」と目を閉じて前を見た。

それから何も言わずに、ゆき乃の手を取り、繋いだまま歩き始めた。

温かな手だった。ずっとこの手に助けられていた。

だから当然、ゆき乃はその手を離すことなど考えられずに、手を引かれるまま歩いていた。

二人の間に会話はない。

何か言って欲しいと思っていた反面、それが義勇なのだと思い直した。そもそも、普段から彼は何も言わない。ゆき乃が喋っているのを黙って聞いていただけだ。



「義勇さん」

「なんだ」

「そういえば、わたしが持ち歩いてた時計が袖から落ちちゃったみたいで。病室で見なかったですか?」



ゆき乃の荷物を纏めた義勇に、不意に忘れていたことを思い出す。

いつからか見当たらなくなった時計。

この時代にも時計はあるが、デジタルの物はない。誰か別の人が見たらと思って探してはいたのだが、どこにもなかったのだ。



「あぁ、あの時計か…見なかった」

「そっか」

「大事なものだったのか?」

「ううん、ただ時間の感覚が分からなくて頼りにしてただけなの。それにこの時代のものじゃないから落としてたらそれが心配で。でもわたしの行動範囲なんて限られてるから、また探してみる!」



義勇に手を引かれながら、竹藪に続く道を歩いていく。

傍から見れば、二人は恋仲あるいは夫婦に見えたに違いない。




そう…―――ゆき乃の姿を探しに以前送った場所までやってきていた実弥の目にも、二人の姿は映っていたのだ。

余りにも予想外な事態に、声も出なければ体も動かなかった。走って問い詰める事なんて以ての外だった。

何もできず実弥はただ呆然と、二人の背中を見つめていた。

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