四苦八苦 壱
ゆき乃がこの時代に来て、ひと月が経とうとしていた。
義勇はゆき乃が時代を越えて来たのだと分かっていたが、敢えてそれを口にはしなかった。
人と話すこと嫌いだということも一理あるが、まだにわかに信じ難い事実だったからだ。
ゆき乃が言いたいと思えば聞こうと思うが、事情を話したくないのかもしれないとも思っていた。
出会ったばかりの相手の過去に、無責任に手を出したくない。義勇自身も、触れられたくない過去を持っているのだから尚更である。
「今日は任務に行く」
「分かりました!留守は任せてください」
「…大丈夫か?」
「はい!もう義勇さんの手を借りなくてもだいぶ一人でも出来るようになったし、大丈夫です」
義勇さん、と呼ばれる事にこそばゆい感じを覚えいたが、彼は何も言わずに無言でそれを受け入れていた。
鬼殺隊のことや任務のことを、掻い摘んでゆき乃には話していた。
鬼がいるという事実を、まだゆき乃は信じてはいないようだったが、それでも義勇の言葉を理解し、任務に送り出してくれた。
任務であまり帰らないといいつつ、ゆき乃の安否のために、普段なら家に寄らずに任務に直行していたが、一旦帰って様子を見ることにしていた。
義勇が、彼女のことを考えてそんな事をしていると彼女は知らない。
ゆき乃はこの時代に来てから、随分と表情も柔らかくなっていた。
「これは、握り飯か?」
「はい!義勇さんのお昼ご飯です!」
任務に向かう前、持たされた握り飯に義勇は驚いた。
それもその筈で、火加減が上手くないゆき乃の炊いたご飯は固く若干焦げていたのだ。
表情の変わらない彼はそのまま受け取ると、「行ってくる」とだけ伝え任務に向かった。
食べられる物なのか分からなくても、受け取る優しさが義勇にはある。
だが、最初の頃に比べれば随分と成長している。
ボタン一つでご飯が炊ける時代があるなど想像していない義勇だったが、それでもゆき乃が日々努力してることは分かっていた。
口にも顔にも出さないけど。
◇
義勇が任務に出た後、ゆき乃はゴロンと寝そべった。
一日、出来るだけの家事しかしてないのに疲労が満載なのだ。
昔の人はこうも大変な生活をしていたのかと、日々慣れない家事をやって思い知った。どれだけ、今までの生活が便利に満ち溢れていたのかと。
「気分転換、しよう…」
立ち上がったゆき乃は、義勇が用意してくれた着物をもたつきながら着ていく。
外出する時は着物を着るように言われていたからだ。
ゆき乃の服装はこの時代だと珍しいものになるから、義勇は自分のいない所で悪党にでも絡まれたらという思いからそう彼女に伝えていたのだが、ゆき乃はまさか義勇に未来から来た事がバレてると思っていないため、単に義勇の趣味なのかと深く考えていなかった。
義勇が不在の間も、出かけることはなくても練習のために着るようにはしていたが、動きづらいしそもそも着るのに時間がかかるからと、あまり上達はしていない。
一人で行くし制服でもいいかと思ったが、やはり世話になっている義勇の言うことは守ろうと思い、無事に着れてるか心配だが着物を着ることにした。
町に買い物に行くのは、義勇に一度案内がてら連れて行ってもらった時以来で、一人で行くのは初めてだった。
近道も教えてもらったし大丈夫だろう。
ゆき乃は、少しワクワクしながら義勇にもらったお金を手にもって町へと向かった。