愛を込めて花束を 01


 凍てつく空気でブルブルと武者震いのように体が震える。窓の外を見ると、雪が舞うように降っており、この地では珍しくもない雪をぼんやりと眺めながら廊下を歩く足を止めた。
 去年は雪だなんだと外の景色を眺める余裕がなかった。この世界に飛ばされてすぐの事で、何もかもが辛くて今でも記憶が曖昧だ。
 それなのに、今はこうして雪を眺めながら季節の移り変わりを感じられるようになったのは、ここにいる人達のお陰だった。


「コハル」


 呼ばれた声に真っ先に反応する私の心臓。ただそれだけで、寒いと思っていた身体が左胸の辺りから温かくなっていく。
 その声の方へ振り向こうとした寸前、背中に掛けられた深緑の上着から、微かに薫る大好きな人の匂い。


「なんて薄着してやがる。風邪でも引いたらどうするつもりだ」
「上着を部屋に取りに行こうと思ってたんだけど、雪が降っててつい見入っちゃって」
「別に珍しいもんでもねぇだろ」
「そうなんだけどね……」
「そういや、あの日も雪が降ってたか」


 そう、私とリヴァイが出会った日も雪が降っていた。それを思い出していたのだと、言葉にしなくても伝わった事が嬉しくて、顔の筋肉が勝手に緩んでいく。
 そんな私を見つめる彼の瞳は、表情はあまり変わらないけれど、とても優しいものだった。
 そっと手を伸ばす私の手を、当たり前に手に取り包み込んでくれる。


「これからエルヴィンと王都へ向かう。夜には戻れるだろうが、もしかしたらこの雪で足止めになるかもしれねぇ」
「……リヴァイの部屋にいてもいい?」
「なんだ、たった一日だぞ。そんなに寂しいか」
「うん、寂しい」


 私が素直に言うとは思ってなかったったのだろうか。一瞬目を見開いた彼は、呟くような私の小声を聞き逃さなかった。何も言わずに私の手を引き、リヴァイの部屋に入ると、すぐさま落ちてくる柔らかな温もり。
 小柄な彼とのキスは、少し顔を上げるだけですぐにそこに触れられる。今まで付き合った人はもっと長身だったから、その違いが明白だった。
 そんな事を頭の片隅に無意識に浮かべていると、彼の舌が私の唇をなぞり、少し強引に割って入ってくる。奥で縮こまっていた私の舌を絡め取り、瞬く間に口内が犯されていく。
 酸欠気味になり、大きく呼吸をした私の唇を漸く離したリヴァイは、唇がまだ触れ合う程の距離で私を見つめる。


「……他の男の事なんて考える余裕があんのか」
「え?」
「俺の事だけ、考えてろ」


 答える前に塞がれる唇は、彼の温もりに触れて熱くなっていく。
 もう私の頭の中には、リヴァイしかいない。心も身体もリヴァイだけのもの。
 そう言いたかったけど、言わせてくれそうになかったから、自ら舌を絡め、彼の口内に侵入させる。舌が絡み合う水音が鼓膜を叩き、気持ちが昂っていく。
 その官能的な音を遮るようにトントンと扉を叩く音が背後から聞こえた。ちょうど扉を背にキスをされていた私の背中に響く彼を呼ぶ部下の声。目の前の彼は、舌打ちをしながら眉間に皺を寄せて名残惜しそうに離れていく。


「クソ、もう行かねぇと」
「リヴァイ……」
「なんだ?」
「好き。いってらっしゃい」


 気持ちを言葉にして顔に熱が更に集中する。彼の手を掴んだ私のその手を引きその胸の中に収めると、耳元で彼の低音が囁き、鼓膜を震わせた。


「続きは帰ってからだ。いってくる」


 彼の言葉にキュンと子宮の辺りが疼いた。私を片腕で頭ごと抱きしめ額に唇を押し付けると、何事もなかったかのように部屋を出ていった。
 ズルズルと壁伝いに座り込み、まだ顔を赤くしている私とは大違いだ。高鳴る胸はすぐに鎮まってくれそうにない。
 彼を好きだと気づいてからずっと増していくこの想いは、何処まで大きくなってしまうのだろう。もう私の心の容器からは、溢れてしまっているというのに。


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