愛を込めて花束を 02


「コハルの世界ではそんなイベントがあるの?」


 リヴァイを見送った後、ハンジさんに誘われて紅茶を飲んでいた時だった。モブリットさんが出してくれた頂き物だという洋菓子を前にして、そう言えばもうすぐバレンタインだと言うことを何気なく口にした。
 だが、どうやらこの世界にはそんなイベントは無いらしい。元々壁に囲われた世界だ。いやそれ以前に、本来バレンタインというのはチョコレート会社が商戦として"チョコを渡して愛を告白する日"なんて売り出したのがキッカケだ。


「へぇ! 面白いことを考えるね」
「義理チョコって言って、会社の上司とかにもあげてたんですよ。今思えば謎の習慣でしたけど……その日なら勇気を出して告白できたりなんかして」
「コハルは誰かにあげたのかい?」
「うんまぁ、学生の時ですけどね! でもバレンタインはなんか雰囲気が甘いというか、例え恋人であっても特別な感じがするんです。でもそっか、ないのかぁ」
「でも、そんなイベントが無くても君達は十分に甘いと思うけどなぁ!」
「そうですか?」
「俺たちには厳しいけど、コハルさんを見る目は全然違いますよ」


 二人の言葉に、嬉しいやら恥ずかしいやらで誤魔化すように出されたクッキーを口に入れた。
 

「でもチョコレートって言うのは高級品でさ、街で簡単に手には入らないし、差し入れにも殆どない代物なんだ。悪いね、力になってあげられなくて」
「いいえ! 何かあげたいなって思ってただけなので……」
「健気でかわいいなぁコハルは。何か困ったことがあったら言うんだよ? リヴァイには内緒にしたいんだろ?」


 ハンジさんがポンと私の頭を撫でる。この人は変わってるけど、急にこの世界に来た私のことを一番に受け入れてくれた人だった。そして、私が彼に抱き始めた気持ちを一番に気づいた人。
 そんなハンジさんがその時に考えていた事など私が知る由もなく、仕事が山ほど残っているハンジさんの部屋から出た私は、チョコレートに変わるプレゼントを探しに街へ出た。
 急にプレゼントを渡して気持ちを伝えたら、彼はどんな顔をするんだろう。
 リヴァイの表情を想像しながら渡すものを選ぶ時間はとても楽しく、買った品物を私は戸棚の奥に静かに隠した。







 2月14日、バレンタイン当日。そうは言っても元いた世界のように街がピンクに染まるわけでもなく、甘いチョコの香りを漂わせるわけでもない、至って普通の日だ。
 だけど私にとってはやはり特別な日で、元々イベント事が好きだった私にはぜひとも便乗してでも愛する人に想いを伝えたい日だった。


「え、もう行っちゃったんですか?」
「すまないコハル。急な呼び出しでね。ただ君への言伝を預かっている」


 エルヴィンの部屋に呼ばれた私は、リヴァイが日も登らないうちに出掛けてしまった事を聞かされた。元々調整日、所謂休みの日ではなかったのだけど、まさか朝から顔も見れないとは思っていなかった。
 立派な机に座るエルヴィンはゆっくりと立ち上がると、ソファに座って落胆する私の前に座り直し、少し明るい声で言葉を続けた。


「リヴァイは君の事になると人が変わるな」
「え?」
「いや、良い意味でだ。出会った頃のリヴァイとはまるで別人だ」
「そう、なんですか……」
「俺はあんなに優しい顔をするリヴァイを見たことがない。仲間を信用することはしても心の内を見せるような奴ではなかった。君と出会ってからは、人間らしくなった」


 人からそんな風に言われる程のことはしていない。だけど私が彼を変えられたのならそれ程嬉しいことは無い。恥ずかしくて話題を変えようと、預かっているという言伝の事を聞くも、その答えが更に私の顔に熱を集めてくる。


「必ず帰るから部屋で待っているように、だそうだ」
「そんな事を、わざわざエルヴィンさんに……」
「本当なら今日はリヴァイから調整日にして欲しいと頼まれていたのだがそれに応えてやることが出来なかったんだ。それに今回の急用だ。私から伝えておくと買って出たんだよ」


 柔らかな表情をしたエルヴィンさんは、「リヴァイをよろしく頼むよ」と私の肩を叩くと机へと戻っていく。どれだけいい人達なんだ。
 私はお礼を言って、普段の役目でもある食堂の手伝いへと向かった。緩んだままの顔はそのままで。


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