甘く溺れる 04


 マンションへの帰り道は、遠回りをして帰った。指を絡ませ手を繋いで空を見上げて、星ってこんなにキラキラしてたんだと気づく。もしかしたら私達を祝福してくれてるのかも、なんて少女漫画のヒロインのような事まで考えてしまう。


「バレンタイン、フライングしちゃった」
「用意してくれてた事に驚いてるよ。フライングでも何でも、僕は嬉しい」
「受け取ってくれて、ありがとう」
「当然だよ! 長かったな、僕の片想い。諦めなくてよかった……やっと、こうしてコハルさんと手を繋げる」
「長かった? マンション来てすぐだったよね、アルミンが告白してきたの」
「うん、そうなんだけど……好きになったのはもっと前だよ。もっとずっと前」


 繋いでいる手に力が入る。アルミンの視線が空から私へと移り変わり、スカイブルーが揺らめくその瞳を真っ直ぐ向けた。
 ずっと前っていつなんだろう、と考えながらも並行して浮かんでくる予想に、まさかと胸が高鳴っていく。さすがにそれはない、と脳内で否定している私に、アルミンが頬を赤く染めながら、懐かしむように言葉を紡いでいく。


「コハルさんと遊んだのはそんなに多くはなかったけど、昔僕はコハルさんに助けてもらったことがあるんだ。覚えてる?」
「……覚えてない、かも」
「外国人ってこの見た目だけでイジメの対象になるだろ? それで公園で同じクラスの子に意地悪されていた時に、コハルさんが助けてくれた。取られた本を取り返してくれたんだ。その後、男なら泣くなって僕も怒られたけど」


 何となく記憶の山を辿っていくと、そんな事があったような気がする。きっと私にとっては些細な事だったのかもしれない。でもアルミンにとってはそれがとても大事な記憶なんだ。


「でもその時、褒めてくれたんだ。頭を撫でて、逃げずに戦ったのはエラいぞって言って。きっと強い男になれるって。その時、僕はこの人を守れるくらいの男になりたいって思ったんだ。それが、僕の片想いの始まり……って、ちょっと照れくさいね」
「……アルミンっ…」
「え、ちょっと待ってよ。泣くことじゃないだろ?!」
「泣くよ馬鹿! そんな前からずっと好きでいてくれたなんて……嬉しくて泣けるよっ……」


 足を止めた私を優しく抱きしめてくれるアルミン。小さかった彼も今じゃ私よりも背は高い。彼の胸元に顔を埋めると、速度の早い鼓動が伝わってくる。きっと私も同じだろう。
 私の頭を撫でながら、「僕はまだ未熟かもしれないけど、絶対に守ってみせるよコハルさんのこと」と囁くから、私の心と身体が甘く疼いた。


「今までアルミンの気持ちを無碍にしてごめんなさい。怖かったの、好きになるのが。いや違うか、好きになって棄てられるのが怖かった。でも……もう逃げない。嘘つかない」
「コハルさん……」
「アルミンが好き! 大好き!」


 なかなか言えなかった二文字がこんなに簡単に何度も出てくるなんて、少し前の私が見たら驚くだろう。だけど素直になったら、不安は消えなくても、こんなにも素敵な世界が広がっているのだ。
 好きな人が幸せそうに笑っている顔ほど、幸せなことは無い。

 家に帰る前にコンビニに寄りたいと言ったアルミンについて私も立ち寄った。スーパーで買い忘れていた歯磨き粉をカゴに入れて買おうと手に取った私の元へ、アルミンが近づいてくる。


「アルミン何買うの? 一緒に買おうよ」
「これ、買ってもいい?」


 可愛い。そう心から思うアルミンの屈託のない、まだ幼さも垣間見える笑顔を見て癒されている私の前に差し出された物。その笑顔に似つかわしくない箱。


「アルミン、それ……」
「ほら、大事でしょ? 僕が社会人になってコハルさんと家族を養えるようになるまではね」
「うんそうなんだけど……それはいつ、使うの?」
「もちろん、今夜だよ! いいでしょ?」


 お菓子の箱を手に取って喜ぶ子供のようなアルミンだったけど、その手に持っていたのは衛生コーナーに置かれている避妊具の箱。それを使うつもりなんだろうか。使うから買うのか。そっか。
 沸騰した全身の血液が集まったかと思うくらい、顔が熱い。


「コハルさん、顔赤くして可愛い」
「ア、アルミンこそ……」
「そりゃ僕だって照れるよ、初めてだし。ねぇコハルさん。早く帰ろう?」


 二人で胸を高鳴らせながら手を繋いで歩く。きっといま世界で一番幸せなんじゃないかって思う。
 家に帰ったらもっともっと、好きと彼に伝えよう。その温もりに触れながら。



end

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