その視線の先には何がある**閑話

 俺は営業部三年目の後藤という。
 元々営業なんてものは苦手だったが、色んな部署を回されて今じゃこの職に落ち着いてる。
 あまり仕事ができない部長の元でまぁテキトーに仕事をしていたわけだが、先日その部長が辞めて急遽やって来た新しい部長がやってきた。
 リヴァイ・アッカーマン。
 最初はおっかねぇ奴がやってきたと思ったが、仕事は出来るし言う事もまともだ。小せぇくせに口も悪いが、それでもたった一ヶ月で俺達の信用を奪い、いや信用を得る強者だ。
 そして今日はその歓迎会というわけだ。リヴァイ部長の補佐でもある成瀬コハルが、ずっとちょこまかと動き回ってこの会を仕切っている。
 実は、俺とアイツは同期なんだが、大勢いる同期をいちいち覚えてないだろう。別に構わねぇけど。


「リヴァイ部長、次は何飲みますか?」
「同じでいい」
「あ、鈴木さんも次何にします? 食べ物足りるかな……すみませーん!」


 元々気が利く性格をしている成瀬は、幹事にはもってこいだ。今日はいつも以上に働くな、と生ビールを飲みながら一際賑わうその一角を見ていて、俺は気づいてしまった。
 見ている。リヴァイ部長が成瀬を見ている。恐らく視線をやるのは一瞬だけど、見る回数が明らかに多い気がする。
 あれか、仕事が出来るかどうかをこんな場所でも見極めてるのか。おっかねぇな。そんな事を考えながら今度は枝豆を口に放り込んだ。でもその考えが違うのだと気づいたのは、歓迎会ももうすぐお開きって時にトイレに立った時だった。
 廊下で話し声が聞こえて足を止めた。別にそんなに趣味はねぇけど、足を止めたのは恐らく本能だろう。


「コハル、足元がふらついてるが大丈夫なのか」
「大丈夫ですよぉ! 今日はリヴァイ部長の歓迎会なのでちょっと多く飲んじゃったけど、とっても気分がいいんです」
「酔っぱらってんじゃねぇか」
「リヴァイ部長……」
「なんだ?」
「私、リヴァイ部長が営業部に来てくれて嬉しいです。リヴァイ部長と一緒に働くようになって仕事も楽しいし、部の雰囲気も良くなってるし……リヴァイ部長のおかげです!」
「俺は何もしてねぇ。人間やろうと思えば出来るんだ。それをサボるか努力するかの違いだからな。お前もよくやってる……コハル」


 なんだこのクソ甘い雰囲気は。リヴァイ部長と成瀬だよな? ていうか……二人デキてんのか? おいおいさっそく部下に手を出してやがるのか。
 顔だけ少し突き出して二人を盗み見る。成瀬の頭を撫でてるリヴァイ部長。マジかよ。あんな顔見たことねぇぞ。


「そこで何してる、後藤」
「ひっ! あ、えっと……トイレに」
「さっさと行ってこい。小便漏らすぞ」


 通り過ぎる俺に、「後藤くんちゃんと飲んでた?」という間抜けな質問を成瀬が飛ばしてきて、思わず舌打ちしそうになった。空気読め成瀬!
 振り向くと、案の定成瀬の後ろに立っていたリヴァイ部長は虫も殺せそうなくらいの睨みを俺に向けていた。その目が「さっさと行け」と言っている。
 俺は何も言わずに急いでトイレに駆け込んだ。


「あ〜マジで漏れそうになったじゃねぇか」


 用を足しながら背筋が震えた。あの睨みは何だったのか。成瀬は分からねぇけどありゃ確定だな。リヴァイ部長は隙がねぇし遠い人間だと思ってたけど、案外普通の男じゃねぇの。親近感湧くぜ。
 そう、俺は気づいてしまった。リヴァイ部長が成瀬だけ名前で呼んでいることを。お前ばっかで名前で呼ばれることはそうないけど、男女共に確か名字で呼んでいたはずだ。成瀬は気づいてねぇのか。鈍そうだもんな。





「リヴァイ部長! 次の会議ですが……」


 今日も俺は、遠目で二人を見ている。ポーカーフェイスの男はどうやって女を口説くんだろうな。
 あー、春だな。早くくっつけ馬鹿野郎。


- 1 -
 
novel / top
ALICE+