「なに?先生」
「……」
「追試のこと?それならちゃんと受けるから、心配しないでください」
「そうじゃない」
「……」
「保科…やっぱり俺にとって保科は大切な生徒だ」
真剣な瞳で残酷なことを言うんだ。
「それは――」
「わ、かってるよ…そんなのっ、この前聞いたじゃん!だからもういいよ!もうっ…先生に迷惑かけないから」
逃げるように椅子から立ち上がると部屋から出ようとした。
これ以上傷つくのが怖かったから。
もう先生の気持ちは分かったからって。
でも、あたしの身体はドアの方を向いてるのにグイっと反対方向に引っ張られて――――反動で、なにかにぶつかった。
ドクドクと頬に微かな振動を感じる。
「せせせ先生!?」
「頼むから最後まで聞けって…誰も迷惑だって言ってないだろ。あの日保科に言われてちゃんと考えた…保科の気持ちを軽いとかそういう風に思ってたわけじゃないから」
「……」
「保科の気持ちは、正直嬉しかった。でもやっぱり保科は大切な生徒で、だからこそ自分の将来をちゃんと考えて欲しくて、それを――――邪魔したくないって思ってた」
「夏喜…先生…?」
「だけど保科が泣いて俺から目を背けてるのも嫌で、自分の気持ちが矛盾してんのにイラついて…どうしたらいいのか分かんなくて」
「ねぇ先生、もっと分かりやすく言ってよ…」
先生の鼓動がすごく早い。
あたしの鼓動と同じくらい――――。
「分かりやすくって言われても…」
「国語の先生でしょ!?ねぇ、それって…あたしの事、気にしてくれてるって事だよね?あたし、先生のこと好きでいていいの?」
顔を上げると、背の高い先生が上からあたしを見下ろしていて。
いつもみたいに困ったように眉毛が下がっていた。
だけど、いつもと違うのは…先生が、目を細めて微笑んでること。
「いつだって正直でこっちの気持ちなんてお構いなしに入り込んできて…けど、いつの間にか保科がここに来るの待ってる自分がいた。生徒だからって、気づかないようにしていたのかもしれない」
「夏喜先生…」
「先生失格だな、俺」
「え?」
「生徒に手を出すなんて…バレたらクビだよきっと」
「大丈夫!あたし卒業まで秘密にするから!」
「保科すぐ顔に出るのに?」
「そんな事ないもん!」
ムウっとすると、先生が嬉しそうに笑う。
その表情がなんだか凄く特別な気がして…先生だけど、先生じゃないみたい。
「あたし、先生の笑ってるの初めてみた」
「そう?」
「先生笑うとリスみたい。八重歯もあって可愛いね」
「そんな事…言われても嬉しかねぇよ」
「これからもっと見れるかなぁ、先生の色んな顔」
「どうだろうなぁ…」
「ねぇ先生…夏喜、って呼んでいい?ていうかゆき乃って呼んでよ」
「あのなぁ!これ結構ヤバい状況なの、俺結構いっぱいいっぱいなんだけど」
「だって嬉しいから」
やっと笑ってくれた――と微笑んだ先生は、あたしの身体を少し離すと優しく涙の跡を拭いた。
それから優しい声色で「ゆき乃」と呼んで、
「頼むから追試合格しろよ?じゃないと、卒業遅れるからな」
大好きな先生の声が、真っ直ぐ心に届いた。
あと一年。
あたしが卒業するまでは、この恋は先生とあたしのヒミツゴト――――。
End