「ゆき乃ちゃん、長い間お疲れさまでした!」
店長から花束を貰って、みんなから拍手で見送られる。
今日で長年働いていたファミレスのバイトが終わって、私は春から社会人になる。
大好きだったこのバイト。
本当ならもう少し早く辞めて、新社会人としての準備を始めなければいけなかったんだけど。
「ほら、彼氏からもねぎらいの言葉っ!」
「店長〜!最後までそれ言ってる」
満更でもない顔をしてみんなの輪から一歩前に出る彼。
仲間内で勝手に私の彼氏キャラになってる彼。
実際はただの仲の良いバイト仲間の大学生の彼、瀬口黎弥。
「黎弥くん、色々とありがとね!」
「ハグがいい?それともチュー?」
「じゃあ、チューで!」
私達の会話にヒューヒューと野次馬の声が飛ぶのも慣れたものだ。
「しょ〜がないなぁ」
そんな事を言いながら顔を近づけて、
「なんだよ!ほっぺかよ!」
「あったりまえだろ!お前らの前でガチのチューするか!」
軽く、本当に軽く…まるで外国での挨拶レベルのキスが頬に触れて、ジンと胸が熱くなるのと同時に「やっぱりなぁ」と落胆してしまう。
「黎弥くん、ハグも〜!」
そう言うとポリっと頭を掻きながら両手を広げた。
私から抱き着くと、迷いなく抱きしめてくれるその腕は…――――いつになったら、私だけのものになるんだろう。
「ゆき乃ちゃん、遊びにおいでよ?」
「もちろん!」
「ゆき乃ちゃん…」
「うん?」
「……」
「……」
「俺がシフト入ってる時に来てよ?浮気はダメだぞ!」
「あはっ!しないよ〜!私の彼はヤキモチ妬きだもの!」
みんなが笑って場が和む。
黎弥くんの微妙なその間の意味を聞けない私。
身体を離すと、白い歯を見せて笑う黎弥くんに胸がキュッと締め付けられた。
黎弥くんと毎日のように顔を合わせられなくなると思うと、ツライ。
結局、この関係を変えられないのが、一番ツライ。
同じ時期にこのファミレスでのバイトを始めた私と黎弥くん。
自然と仲良くなって、周りから仲の良さから「恋人」みたいなノリを振られても冗談で言い合ったりしてきた。
でも私の気持ちは冗談なんかじゃない。
本気で黎弥くんが好きで…でも、その距離が近すぎて、黎弥くんへ本気の気持ちを伝えられないでいた。
辞める時には伝えよう。
そう思ってはいたものの、結局のところそんな勇気が突然湧いてくるわけでもなく、私のバイト生活は幕を下ろした。
そんな送別会があったのが一ヶ月前。
いつも黎弥くんが入れてるであろうシフトの時間、ヒマな時間を狙って…久しぶりに古巣であるこのファミレスに仕事帰りに足を運んだ。