涙のあとには


扉を押して入ると、ピロピローンと懐かしい音が店内に響く。

それにすぐに反応して「いらっしゃいませ!」と聞こえる店員の声に、思わず頬が緩んだ。


「いらっしゃいま…ゆき乃ちゃん!?」

「んふふ、懐かしい〜」

「すげぇ久しぶりじゃん!」


案内に来てくれたのは、声ですぐに分かった黎弥くん。

短大の私と違ってあと二年の大学生活がある黎弥くんは、相変わらず声が大きくて、何も変わってない。

それが凄く嬉しかった。

急にカッコよくなってたらどうしようって思ってたから。

いや、黎弥くんはカッコいいけど!


「来るなら言ってよ〜!今日なんも髪の毛セットしてないのに」

「黎弥くんは十分かっこいいよ」

「え?マジ?」

「マジマジ!」


笑顔の黎弥くんに、私も自然と笑ってしまう。

キョロっと後ろを見た黎弥くんが「一人なん?」と聞いてきたから、「うん」と頷くと、また笑顔になって「ちょい待っててよ?」と店内を見渡した。

店内は平日の夜ということもあってお客さんは疎らで、メニュー表を持った黎弥くんが、あまり人の通りが少ない角のテーブルに案内してくれた。

一緒に働いていたけど、こうして案内されるのは初めてで、


「なんか…変な感じ」


そう言って笑いながら座ると、「だね」と黎弥くんも二カッと歯を見せて笑った。

一ヶ月ぶりなのに凄く久しぶりに感じる。

バイトの時、テスト期間中で会えなかった一ヶ月よりも、この一ヶ月は長かった。

きっと、私の生活環境が変わったからだと思う。

バイトの仲間内でワイワイやってた仕事とは違って、社会人として、目上の人と接する時間が多くなって…見る世界が、少しだけ変わったんだと思う。


「ゆき乃ちゃん、何食べたい?」

「ん〜今月のおすすめにしようかなぁ…あ!ローストビーフ丼がいい!」

「それずっとあるやつだし!いいの?それで」

「うん!」

「相変わらず好きだなぁ肉!ちょっと待ってて」


一旦下がった黎弥くん。

でもすぐに戻って来て…――――その手には、私の大好きなミルクティー。

頼んでないのに。


「これ、黎弥くんサービス!」

「うわぁ〜嬉しい!」

「ゆき乃ちゃん、なんやめっちゃ綺麗になったっていうか大人な感じがする…もしかして、えっ…まさか、彼氏とかできたりした?」


ちょっとだけ大袈裟な素振りで言ってるのが分かる。

黎弥くんが気にしてくれてるのか、それとも何も思ってなくて聞いてるのかは分からないけど…「綺麗になった」って言葉に気分が上がらないわけがない。


「できたと思う〜?」

「いや、綺麗になったら恋してんのかなぁって思うじゃん」

「じゃあ恋してるのかも!」

「えっ?」

「黎弥くんに」

「おおお、そうか!なら俺と付き合う?」

「うん…って、あれ?付き合ってる設定じゃなかった私達!?」


私の言葉にハッとした表情で、「そうだった」とまた笑う黎弥くん。

こんなやり取りに慣れてたし楽しいけど…現実にならないこの切ない感じが、やっぱり寂しく思う。

黎弥くんに今日会って、またしばらく会えないんだと思うと…黎弥くんの世界とは違う場所に戻らなきゃいけないと思うと切ない。

この冗談が、本気だよって言えればいいのに。


「ゆき乃ちゃん」

「うん?」

「俺、あと一時間で上がりなの。…送ってくから、待っててくれる?」


ポリっと頭を掻いて、少しだけハ二かみながら言う黎弥くん。

やっぱり好きだなぁ。

会わない間もずっと黎弥くんが忘れられなくて、今日来て、やっぱり好きだと思った私は…――――いつになったら、この気持ちを伝えられるんだろう。


- 2 -
prev next
novel / top
ALICE+