どんなに騒がしい音の中でも、必ずキミの声を見つけられる。
その笑顔と声に…――――俺は心を奪われた。
「休憩後に3on3やりまーす!」
汗臭い体育館に、その声があるだけで爽やかな風が吹いたような感覚になる。
実際は酸っぱい匂いがしてるけど。
そんなのを気にせずチョコチョコと動いてる、俺らのマネージャーであるゆき乃。
誰とでも笑顔で接していて、先輩に対しても時には冗談言えちゃったりなんかして…その明るい性格に、いつも心が癒されていた。
バスケ一筋で、高校生活もバスケをやる事が唯一の楽しみだった。
今じゃ、その楽しみと同じくらい、ゆき乃で俺の心はいっぱいだ。
「慧人くんさっきの良かったよ!またジャンプ力上がったんじゃない?」
「俺の武器っつったらそれだからね!次のも見ててよ」
「うん!あ、髪の毛…」
汗でデコに張り付いていたであろう髪を直してくれるゆき乃。
それから俺の肩に掛けていたタオルの端で汗を拭ってくれた。
マネージャーだし、こんなのは部員であればされた事なんてある。
だけど…――――俺の心臓は異常にそれに反応してしまう。
あまり背の高くない俺とゆき乃の顔は近くて、長い睫毛とか少し薄めで綺麗な形をしている唇に目を奪われてしまった。
「ありがと」
「来週の練習試合…慧人くんに期待してるよキャプテン」
「マジ?」
「うん、だから頑張ってね!」
ニコッと笑うその顔に、全身の血液が沸騰したみたいに熱くなって、俺のエネルギーに変わっていく。
その後の練習は、すこぶる調子が良かった。
それから調子に乗って自主練も増やして、絶対に格好良い所をゆき乃に見せたいと…そんな気持ちで挑んだ他校との練習試合。
俺達とはライバル関係にあるその学校には、中島颯太というルーキーがいて、俺と同じ一年なのにレギュラー入りをしたと有名な奴がいた。
フォームが綺麗な上に、すげぇ格好良い。
応援も凄くて俺らは完全にアウェイ状態の中、
「木村、お前スタメン入れ」
監督からの指示にテンションが上がる。
練習試合と言っても雰囲気は普通の試合と変わらない。
ここで活躍したら、俺カッコイイじゃん!なんて…そんな事を考えていた。
「慧人くん!頑張って」
「俺ぜったい点とってみせるから」
「ファイトっ!」
その笑顔にパワーがみなぎる。
天才とかそんな風に思った事はないけど、この日ばかりは負ける気がしなかった。
俺にとってゆき乃の笑顔はそれくらいの力があった。
大きな声援が飛び交うコート。
その中にゆき乃の声を見つけるのは簡単で、「走って走って!」と俺がボールを持った瞬間に届いたその声に俺の足は猛スピードでコートを駆けた。
目の前にはルーキー中島。
その奥にはゴール。
真正面から行けばカットされるのは目に見えてる。
パスした方が賢明か…――――そう思った瞬間、見えた道筋にもう勝手に身体が動いていた。
身体を反転させて中島の脇をすり抜ける。
ゴール下のディフェンスを抜けて――――俺の手から放たれたボールがネットを揺らした。
すぐに次の攻撃が始まる。
戻る時にベンチに目を向けたら、ゆき乃が満面の笑みを向けて両手を挙げていた。
このままイケル!
闘志を燃やしてる中島のマークに苦戦しながらも、さっきのゆき乃の笑顔で疲れなんて吹っ飛んだ俺はコートを走り回っていた。
前半終了間際、体力の消耗はあっても気力は十分だった。
そんな時、相手チームがミスって暴投したボールがコートの外に投げ出されようとしていた。
みんながボールを目で追う。
普通ならアウトと判断する所だけど、そのボールの先は俺達のベンチ。
真っ直ぐボールが向かうのはスコアを書いてるゆき乃。
周りの奴らが駆け寄るけど遅い。
俺は渾身の力を振り絞ってそのボールを追った…――――。
「タイム!」
身体が固い床に当たって痛い。
レフェリーの声が遠く感じて意識が遠のく寸前、キミの声はハッキリと聞こえた。