「えーと…ここだ、ここ。
こういう証明系の問題が苦手でさ。」
「ああ…。なるほどね。」
彼女が少しこちらに身を乗り出すと、セミロングの髪が垂れて毛先がテーブルに乗った。
こんなちょっとした仕草、普段ならなんとも思わないのに今は何かを擽られるような気分だった。
「これは難しそうに見えて、案外単純だよ。」
彼女はルーズリーフを取り出すと、さらさらと要点を説明し始めた。
指先の動きやつぐんだ唇にばかり目がいってしまう自分が嫌だけど、説明はめちゃくちゃ分かりやすい。
「すげぇ。なんかいける気がしてきた!」
「そう?良かった。」
少女は照れ臭そうに笑った。
他にも何問か教えてもらおうとしたところで、彼女の注文が運ばれてきたのでとりあえず一息つくことにした。
バニラアイスをスプーンで薄く掬って食べる彼女を見ながら、オレンジジュースを一口啜る。
「そういえば、あの高校行ってるってことは家この辺なわけ?」
「うん。
2年くらい別のところに住んでたんだけど、最近この辺りに戻ってきたの。
…ちょっと、色々あって。」
困ったように言葉を濁したのが気になったが、彼女が言いたくなさそうだったので追及しなかった。
丸井はドーナツをまた一口頬張った。
ふと、ドーナツの中心の丸い空白と、自分の胸に感じる空白が重なって見えた。
この塞がらない穴は、どんな形をしているのだろうか。
「そういえば、丸井くんは部活してるの?」
彼女が話題を切り替えたので、丸井も柄にないことを思案するのはやめた。
「テニス部。天才的な腕前だぜ。
お前にも見せてやりてえくらいだ。」
こうして話していると、何か満たされているような感覚になる。
彼女が聞き上手だからなのか、彼女自身の雰囲気がそうさせているのかはわからないが。
どちらにせよ、ドーナツを頬張りながら他愛無い会話をするだけのこの時間が好きなことには変わりなかった。