アルトリア・ペンドラゴン――否、アーサー王とレオデグラス王の娘――ギネヴィアとの婚約が決まった。レオデグラス王の力を得られれば後ろ盾としては十分な効力だ。アルトリアを慕う騎士達はもちろん賛同し大いに喜んだ。
だが、ただ一人だけ異を唱えた者がいた。アルトリアの妹のなまえだ。そんなことは絶対許せませんッ!! と、声を荒らげ席を立つと、そのまま部屋にこもってしまった。
アルトリアは後を追ったものの、部屋の扉は硬く閉ざされている。何度かノックを繰り返すが応答もなく鍵も開かない。小さく息を吐いた時、アルトリア、と聞き覚えのある声に呼ばれた。視線を向けると、そこには片手を挙げて微笑むマーリンの姿。
マーリンはアルトリアの隣に並び閉ざされた扉を見て考える。程なくしてマーリンは、ここは自分に任せて欲しいと言った。アルトリアはぱちりと目を瞬いたが、なまえを前にしてなんと言葉をかけるべきか思い浮かばなかった。だから一呼吸置いてから、頼みます、と残し背を向けてその場を去った。
さて、とマーリンはこぼすと扉を叩く。
「やあ、なまえ。マーリンお兄さんだよ!」
沈黙が訪れる。笑みをたたえたままマーリンは扉を叩き続けた。しばらくして、カチャッと鍵の開く音。ゆっくりと扉は開き、隙間から目を真っ赤にしたなまえが顔を出した。
「……うるさい」
「ははっ、酷い顔だね」
なまえが扉を閉めかけた為、急いで足を入れて妨げる。話がしたいのだけど! と言うと、話すことはないとなまえ。無言の攻防を繰り広げたが、果たして勝ったのはマーリンで、ようやく部屋に入ることができた。
ぐすりと鼻をすすり、何の用? となまえはベッドの端に腰掛ける。少し話をしようと思ってと告げるとマーリンはなまえの隣に座った。
「少しは落ち着いたかい?」
なまえは答えず鼻をすするだけだ。軽く息を吐くと、なまえ、とマーリンは紡ぐ。
「今回の婚姻は仕方のないことだと、君も理解しているだろう?」
国を強くするには強力な後ろ盾がいる。その為にもギネヴィアとの結婚は重要なことだ。ただ、アルトリアが女性ということについては生涯隠し通さねばならないなまえとマーリンだけが知る秘密ではあるが。
事の重要性を語り確認の意味も込めて、わかるね? とマーリンは結ぶ。なまえはこくりと頭を縦に振るも、ねえ、と続けた。
「ちょっとあっち向いてて」
「おや。突然どうし、」
「いいからっ、向け」
なまえは強い口調で言う。相変わらずなまえはマーリンに対してだけ態度は厳しく冷たい。いつものことで慣れてはいるため、はいはい、とマーリンは従った。なまえの言う"あっち"は、彼女に背を向ける形となる。
静かに呼吸した刹那、とんっと背中に重みを感じた。軽く振り向くと、マーリンの背中になまえは顔を押し当てていた。
瞬間、なまえの体は震え声を押し殺して再び泣き始めた。時折、あたるようにして背中をぽかぽかっと叩くも、痛みはなくマーリンは受け入れることにして瞼を閉じる。
話すことはすべて話した。後はなまえの気持ち次第だ。
アルトリアとなまえは本当に仲の良い姉妹だ。アルトリアが留守をする際、なまえは男装して影武者として任を全うしている。時折、依存にも近い関係性を垣間見ることはあるものの、姉妹は本当に互いに信頼し合っているのだ。そして何より、なまえはアルトリアに対してとてつもない愛情を抱いている。つい先日、裏で婚姻話が出たものの自分にはアルトリアが居るからと全て蹴り話をなかったことにした。あの時はさすがにアルトリアとマーリンは顔を見合わせ、本人の気が変わるまで待つしかないと諦めた。
ほんの少し前の出来事なのに懐かしさを感じ、マーリンは苦笑する。落ち着いてきたのか、背中を叩く回数は減り、今度はしゃくりをあげ始めたなまえは声を上げた。
「わたしっ、男に生まれたかった!」
「男に生まれてたらどうしていたんだい?」
「男らしくお姉様を寝取るッ!!」
「はははっ! それは実に男らしい!!」
うわぁんっ、と再び背中をぽかぽかと叩かれるもマーリンは笑い続けた。本人は本気で言っているようだが今更性別を変えることなんて出来はしないし、されては困る。
「なまえ。アルトリアの結婚の話――許してくれるかい?」
そう問いかけると背中を叩くのをやめ、ぐすぐすと鼻を鳴らしながらも、なまえはぽつりとこぼした。
「……許す」
マーリンは心の中で安堵の息を吐いた。後はアルトリアに報告し、婚姻の話を進めるだけだ。
許しを得たところで名前を呼び、マーリンはなまえに向き直る。何でこっちを見たとでも言いた気に真っ赤な瞳でなまえはマーリンを上目で睨むも、程なくして驚いた色に変わった。
「マー、リン……?」
ぱちりと瞬くと頬に涙が伝うものの、驚きのあまりにそれ以上はこぼれない。なまえの華奢な体はマーリンの両腕の中に閉じ込められていた。ぎゅうっと強く抱きしめられたかと思うと、耳元でそっと囁かれる。
「私では駄目かい?」
「えっ?」
「アルトリアの代わりに、私が君の傍に居る。ずっとだ」
それでは駄目かい? とマーリン。唐突な言葉になまえは呼吸をするのも忘れそうになった。きゅっと下唇を噛み、気持ちを落ち着けるために深呼吸を一つ。マーリンは距離をとり、なまえの顔を見る。
「ばっかじゃないの?」
マーリンの瞳に移ったのは、涙はどこへ行ったのやら真顔で答えるなまえの姿。あれ? と首をかしげたマーリンの頭に、てしっとなまえは手刀を落とす。あいたっ!? と声をあげると、ふんっとなまえはそっぽ向いた。
「マーリンがお姉様の代わりになれるわけないじゃない。だってマーリンはマーリンだし。ただのマーリンだし」
塩対応及び冷たい口調で愚痴々々とこぼすなまえに、そういう意味ではないのだけど、とマーリンは思うものの心の中に仕舞い込む。いつもの、マーリンに対してだけの態度に戻ったなまえに冗談だよと笑った時だった。
ぽすんっ、と力なくなまえはマーリンの腕の中に倒れこんだ。次に驚いたのはマーリンで、えっ、と固まる。
「……なまえ?」
恐る恐る声をかけると、でも、となまえは続ける。
「今日だけは甘えさせて――……マーリンお兄さん」
ぎゅっ、となまえはマーリンの服を掴み顔を胸に押し当てる。明日は天変地異でも起きるかもしれない、なんて失礼なことを一瞬考えてしまったが、初めて見るなまえの甘えぶりに不思議と表情は緩む。マーリンは目を細めると、なまえの頭を優しく撫でた。
不器用はご愛嬌
(今日だけは、特別な一日)
愛子||180902(title=星屑Splash!)