お腹すいたな 今日の晩御飯なんだろ? 今日は少し疲れたな 実戦魔法、また上手に出来なかった
一日に起こった出来事を反芻し、一喜一憂しながら寮へと帰る足を進める。
思えばホリデーが開け、2年生になってもう1ヶ月近く経つ。帰り道にそびえ立つ木々たちも少しづつ色づき始め、秋の始まりを静かに伝えていた。
少し肌寒くなった気温になんとなく切なさを感じセンチメンタルにでも浸るかなーと深くなった空に目を向ける。儚げに光る月が夜空にくっきりと浮かんでいた。
思わず「綺麗、」と呟くとそういえば全然ヴィルに会えてないな、と思い出したくなかった寂しい気持ちが胸を充満させる。
寮長になったし、仕事もあるし、もちろん勉強だってある。来年のインターンに向けての準備もあるだろうしハロウィンの実行委員会もある。毎日連絡をくれてるのだからこれ以上わがままなんて言えない。色々と理由をつけて会いたい気持ちを仕方ないとねじ伏せてきた。
ーーが、限界である。
会いたいものは会いたいのである。でも迷惑はかけたくない。ヴィルにお利口ね、と褒められるのが何よりのご褒美だからちょっとセルフでお預けもしたいなんて気持ちもある。
……何考えてんだ。
色んな感情が頭の中を駆け巡って、なんか変態みたいだなと我に返り力が抜ける。
考えてたって仕方がない。落ち着いたら会えるよね。再び自分を説得させながら帰路に着いた。
一通りの身支度をすませ、あとは寝るだけだなんて思いながら窓の外に目をやるとすっかり暗くなった空に浮かぶ月が否応なしに目に入る。
スマートフォンに残る最後の彼からのメッセージは先に眠りなさい、と。暗に帰りが遅くなることを告げていた。
ヴィル、今日は帰って来れないのかな なんてはたまた寂しさにひたっているとピコーーンと頭の中に名案が浮かぶ。
この時の私は本当に寂しさで頭がおかしくなっていたに違いないと思う。ヴィルのお部屋のお留守番をしよう!なんて思い浮かぶなんて。
そしてその明暗をまさか実行するなんて。
誰にも見つからないように消音魔法を自分にかけ、心臓を破裂させそうなくらい高鳴らせながら寮内を移動する。「絶対に内緒よ」とはにかみながら渡されたスペアの鍵をもって、ヴィルの部屋に忍び込む。
さすがポムフィオーレ寮生、寝るのが早い。
イグニハイド寮なら全員ネトゲやってる時間だしアズールなら今日の売上が合わなくてイライラしてるような時間なのに、ポムフィオーレ寮はほとんどの寮生が眠っている……多分!だってなんの音もしないし誰ともすれ違わない!
シルバー?四六時中寝てるよ。
誰かに見つかるかもしれない恐怖を紛らわせるために必死で頭の中をぶん回しながら寮長室へ。ゆっくりと鍵穴を回し扉を開けると綺麗に整頓された広い部屋が目の前に広がる。ヴィルの、においがする。
久々に感じる彼のにおいに嬉しいとかだいすきよりも先に寂しいが優ってしまった。誰にも見つからないように張り詰めていた緊張がとけたのもあいまってか、意図せず涙がぽたりぽたりと落ちてきた。
会いたいなあと呟いた言葉は彼が居ない部屋に吸い込まれてどこかに消えてしまった。せっかく忍び込成功したのにちょっとは喜ばないわけ!と何故か第三者視点で自分を責めてみたりしながら、ここまで来たんだから開き直ってお布団に忍び込もうという図々しさを発揮している。
ふかふかのベッドに潜り込み柔らかい布団に沈み込む。そこらじゅうからヴィルのにおいがする。抱きしめられてるみたいでこれは悪くないかも。と思いながらゆっくりと眠りの中に沈んでいく。
ヴィルと眠る時、ヴィルはいつも私の髪を撫でてくれた。大きな綺麗な手で、梳くように優しく、ぎゅっと抱きしめながらヴィルが眠るまでずうっと。暖かくて気持ちよくて、ずっとこの時が続けばいいのにって願ってしまうくらいには幸せな時間。
夢にまで見るほどあの時間が好きでたまらないんだ。夢なら夢でいいから、ひとめでいいからヴィルにあわせて、と願いながらゆっくりとまぶたを開ける。
「ーーーあら、おはよう ユウ」
すごい。本物みたい。透き通るくらい白いお肌にシャンパンゴールドの髪。端正な目鼻立ち、少し意地悪な話し方。随分精巧な夢だ。日頃の行いが夢を見せる神様に認められたんだ、なんて幸せものなんだ、もうずっと寝てたい。随分本物そっくりのヴィルの大きな手に頭を寄せてもう一度まぶたを閉じた。
ーーーーーーーーー
ーーーーー
映画の撮影が終わったのは日を跨ぐ直前だった。クランクアップも近づいてきて撮影も大詰め。緊迫した空気が常に現場に流れ続け、失敗なんて許されない雰囲気がそこには張り詰められる。
入学式から怒涛のイベントラッシュ。仕事に加えて寮長としての仕事もどっと押し寄せ息を着く暇もない日々を過ごしていた。
誰の迷惑にもならないようそうっと自室の扉を開けると無造作に脱ぎ散らかされたスリッパとこんもりと盛り上がったシーツ。嗅ぎなれたシャンプーのにおい。そっとベッドに近寄り布団をめくると久しく会えていなかったユウの寝顔が覗く。
「アタシがいない間に忍び込むなんていい度胸してる」
鍵を渡したのは自分だけど、まさかこんな使い方をするなんてと思わず笑ってしまう。そっと頭を撫でるとユウの顔がふにゃんと緩む。なんでだらしない顔だと思いながらゆっくりと頭を撫でるとまぶたがそろーっと開く。ぼんやりとしたままのユウにおはよう、と声をかけると幸せそうに笑って再び眠ってしまった。
明日はクライマックスの撮影前の最後のオフ。ユウに会いに行って驚かせるつもりだったけど、とんだプレゼントだと思いながら幸せそうに眠るユウの額にキスを落とし、しばらく寝顔を見つめていた。
翌日目が覚めると同時になんでなんで、ごめんなさいを連呼しながらシーツにくるまるユウが居たのはいうまでもないこと。