知らない幸せ




「…げーのーじん?」


「ユウサンしらねがっだの!?」

「ありえねー引くって」

「テレビとか…ないんですか!?」

「さすがにあるよ!もう!」



ヴィルが芸能人…ねえ、と小さく呟けばびっくりしながらうげぇって顔をする1年生一同。ジャックくんに至っては固まってしまってる。

恥ずかしいのでやめてくれ人間…と語尾を小さくしているセベクの口に食べ物を放り込みながらそんなにびっくりすることもないでしょ、知ってはいたもん、ちょっとだけ、と少し頬を膨らませる。



私がテレビを見るのなんて地震が起きた時くらい、それも国営放送しか見ない。ドラマや映画はじっと見ていることが出来ないし、バラエティ番組も面白いけど見る必要はあるかって聞かれたら、ね。それよりも本を見たり箒に乗って街を見下ろしたり、旅行したりする事の方が好き。

ルークさんについてって狩りについて教えてもらったり、ジェイドと山に登るほうが楽しいし。

ヴィルがそういう仕事をしてるって言うのは知ってた。こっそり撮影現場に行って怒られたこともあるけど実際放送されてるものは見た事がなかったりする。マジカメの投稿は美しすぎて見れない。ハートを連打して投稿の中までじっくり見た事はない。そもそもマジカメもほとんど見ない、投稿しない。

だから、ヴィルが芸能人と言われてもあまりピンと来なかったのを笑われている。



え、てかユウ先輩マジカメやってんじゃんフォローしよ エペルもそろそろマジカメやればー?

可愛いやり取りを尻目にひたすらにセベクに食べ物を食べさせ続けながら、別に、芸能人だって知ってた、知ってたけど。と胸の内でわあわあ騒ぎながらその場を凌いだ。














お風呂上がりに誰もいなくなった夜中の談話室でひとりスマホとにらめっこをする。

ヴィルの投稿を見漁って、彼を芸能人だと実感しても別に良いのだけれど、良いのだけれど。


彼にたくさんのファンがいて、とてもきらびやかな世界にいて、自分の矮小さやここにいてもいいのかと疑念を抱いてしまう自分になりたくないと醜い心が囁く。

こんなにもなんにもない自分が隣に立っていては行けないと実感するのが怖かった、ただそれだけだ。

無邪気に純粋に彼の傍で女王陛下、と笑いかけるには何も知らない方がいいのではないか。
たくさん目も手もかけてもらったくせにこんなことで自信をなくしてしまうほうが馬鹿馬鹿しいんじゃないか。

だけど、知らないっておかしいのかな。知ってなくちゃダメなのかな。彼女として?それともここにいる身分として?別に理解がないという訳じゃないんだし自分のために知らない方がいい幸せだってある。ああだめだ、熱が出そう。もう日付も変わりそうだし部屋に帰らなきゃ、と飲みかけのマグカップに手を伸ばす。




「こんな時間まで何してるの」




予期せぬ声が聞こえてくればあまりの驚きにマグカップを落としそうになりながら勢いよく振り向く。撮影終わりなのか、いつもよりもしっかりとメイクを施されているヴィルがそこに居た。


いつもなら嬉しそうな声を上げて駆け寄ってくるのに、こんな日に限ってマグカップをもったまま動かないユウに眉をひそめながら近づいてくれば、机の上に置かれたスマートフォンに目をやる。自分のアカウントが開かれっぱなしになっているのを見て、珍しいこともあるものだと思いながら多方誰かさんたちに何か言われたのだろうと察知し隣に腰掛ける。



「…で、なんて言われたの」



さっきの咎めるような声色とは打って変わって優しい声で聞かれてしまえば、なぜだか上手くいえない。

もっと叱るような口調で聞かれればムキになって言い返すことも出来たのだろうに、ほんの些細な鱗片であらかた察知したのであろうヴィルが紡いだ声は私にはちょっと優しすぎた。



情けなさに視界が涙で歪む。泣きたいわけじゃなかったのになんでかなぁと肩を落とす。勢い任せにぐちゃぐちゃと目元を拭ったら怒られちゃうから顔をヴィルから背けて少しだけ鼻をすすれば顔を掴まれて強引にヴィルの方に向き直させられる。




「どうせジャガイモたちに余計なことを言われたんでしょう」



涙を目にいっぱい溜めたまま、こくりと頷けばはあ、とため息をつく。



「耳に入れる言葉は自分で選択なさい。全部が全部素直に聞き入れればいいってもんじゃないのよ」



馬鹿正直で素直すぎるところはアンタの悪いところね、と指先で目尻をぬぐい、優しく抱き寄せられる。

ああ、そうか、自分で選べばよかったのか。私の考えてる事は間違ってる間違ってないに関わらず、自分で信じるものは自分で決めてよかったんだ、なんだ、それだけか。




「ヴィルが、芸能人なの、知らないのーって言われて」

「ええ」

「知ってるけど、見たくないって思ってるの、知られたくなくて でも見なきゃダメなのかなとか 知ってなきゃいけないかなとか」





ぐずぐずと鼻を鳴らしながらぽつぽつと話せば何も言わずに頭を優しく撫でながら話を聞いてくれている。





「ヴィルを見る目が変わるのが嫌で見てなくて、ヴィルに比べて私ってなりたくなくて、でもそんな事言えなくて」
「きっとたくさん嫉妬するし自分が嫌になるから」
「だから見てなかったのに、なんにも知らないのって言われてちょっと傷ついた」




少し早口になりながらも思っていたことを全部吐き出せばぼろぼろと涙を流しながら背中にすがりついた。

ヴィルのことをまっすぐ好きでいたいがための知らない幸せを否定されたと感じて、勝手に傷ついて、ヴィルに包まれたら冷静になって反省して。すごい子供じゃん、と思いながらぴったりとくつつく。




「いいのよ別に 芸能人のヴィル・シェーンハイト知らなくても」




顔を起こしたヴィルに泣き顔を見られればくすくすと「酷い顔、信じられない」と笑われる。




「もっと特別なアタシをアンタは痛いほど知ってるでしょ」




ジャガイモにワーワー言われたくらいで揺るがないの、しっかりなさい と鼻をつままれれば何度もこくこくと頷く。

もう夜も遅いからさっさと寝る!と言われればヴィルと寝ます。と頭を深々下げる。




「アタシはこれからやることあるのよ、先に寝なさい」

「ヴィルのお部屋で先に寝ます」

「いちいち傷つくくせに変なところ頑固よね」

「今日は傷ついたのでヴィルのお布団で寝ます」




枕持ってきますとニコニコしながら談話室を後にした。



そのすぐ後にユウのマグカップを持ち『寝る前のroutine』との言葉とともにヴィルの自撮りがあげられていたのは本人は露知らず。


あのジャガイモたちにどうお灸を据えるべきか悶々とするヴィルがいたことを1年生たちは後日おもいしることになり


次の日もその次の日も。能天気にヴィルさま、ヴィルさまとヴィルの後ろをニコニコ笑顔でついて行くユウを1年ズが教室から見ていた。





end