遠くで雷鳴が鳴る





その日は豪雨だった。

各寮はそれぞれ特性に合わせて気候や環境が魔法で調節されてるとはいえ、実際の世界と天気の辻褄を合わせることもあるらしく、寮に帰っても叩きつけるような雨がふりしきる日だった。

秋ももう終わりごろに近づいており、雨が気温を奪っているためかいつもより随分肌寒く感じた。



今日に限って満月の日。いくらマレウスが相手をしてくれるからといってあんなに毎回めちゃくちゃにされてはこちらの身が持たない。

体格差はもちろんのこと散々に弄ばれるため次の日が休みでもなければ全身の筋肉痛と情事後のけだるさ、与えられる精気の多さから湯あたりでもしているような熱っぽさが向こう1週間ほど私に付きまとう。

機嫌を悪くされるのを覚悟でできるだけの気配を消す魔法をかけ、モストロラウンジに薬を購入しに行った帰り道。あとは帰るだけだと気を抜いたのが行けなかった。やけに濡れてしまったくつ下が不快で仕方なく、どこか目立たないところで乾かしてから帰ろうと鏡の間から1歩踏み出したその時。



「ユウ」



やけに愛おしく私の名前を呼ぶその声。やってしまった見つかった。

今日が満月ということをよくわかっているためかいつもよりもずっと上機嫌な彼は返事も振り返るのも待たず、腰に手を回してすっと抱き上げるとそのまま転送魔法を用いて一瞬で彼の部屋へと視界が様変わりする。



「マレウス、わたし濡れてるから、離れよう」



豪雨で髪の毛の毛先や足元、スカートの裾がびしょ濡れのためあわてて引き剥がそうとするもぎゅうっと抱きしめたまま離そうとしない。1回綺麗にしなきゃ、と顔を見上げるとようやく少し力が緩まる。

彼が視線をちらりと窓へ見遣る。興味深そうに外を眺めたあと視線をこちらに戻すととても満足そうな顔を見せた。え、なに、窓の外に一体何があったの、と困惑していると大きな手で頭をゆるりとひと撫でする。



「まだ月は見えていないというのに」

「……ちがうちがうちがう!」

「ユウも随分素直になった」

「待って、落ち着いて、話をしよう」

「僕が必要ならすぐに言えと何度も」

「おまちくださいまれうすさま」



なにやら盛大な勘違いをしている。話そうにもご機嫌な彼の耳にはわたしの声は届いているのか届いていないのか。嬉々として私を抱き上げるとふわふわの布団に寝かせる。


ゴトッ と鈍い音が部屋に響く。


なんの音だろうと考えた後にあ、やってしまった、と顔を青ざめていくまでコンマ数秒もかからなかったように感じる。
どうかいま、足元のそれを見つめるマレウスの顔が怒りに染ってませんようにと祈らずにはいられなかった。



「ユウ?……これは……」



低い声がざらりと鼓膜を撫でる。豪雨に交じって遠くに轟音が聞こえた気がする。光ってはいないから、まだそう遠くはない。上体を起こしマントと体の隙間に腕を回し、すこし密着する。

凍ったような酷く冷たい目で足元に転がる小瓶を見つめる彼の顔をむりやりこちらに向ける。いくら慣れてるとはいえ、気を張っていなければ体がすくみあがりそうな表情を滲ませている。



「……マレウスの身体に障ると困ると思って」



精気とともに多少の魔力も吸い上げるというなんとも厄介な種族。1度始まると運が良くて意識が無くなるまで。彼の機嫌によってはとっ捕まったその瞬間から朝日が昇るまで。ノンストップではないけれど彼の気が済むまで与えられ続ける。

もちろん私自身の体力も持たない。大きな魔力の差以前に、体格差もある。妖精族特有の執着心の強さもあってかそれはそれはもう毎度とんでもないことになっていて。

幸いと言っていいか彼の魔力保有力は5本の指に入るほどと捉えられるくらい膨大のため、ピンピンしていられるが並の魔法士であれば翌日はミイラになっているであろう量の魔力を吸い上げてしまう。寝れば回復する、なんて言うけど毎回湯あたり全身むちうち状態で授業に出なければ行けないこちらの気持ちも少しは理解して欲しいというのも本音だった。


「僕がそんなに貧弱とでも?」


瞳の奥が鈍く揺れる。窓のすぐ側で雷が落ちると鼓膜を蹴破りそうな轟音とともに地面がかすかに揺れる。閃光が何度も何度も走る。数秒感眩いくらいにマレウスの顔を照らす。ああ、怒ってる。セベクもシルバーもきっと大慌て。リリアだけが楽しそうにしてる姿が目に浮かぶよう。



「好きだから、もしもの時が嫌なの」



相変わらず鳴り止まない雷鳴にも慣れたものだ。本人はこんなに涼しい顔をしているくせにすぐに癇癪を起こす。

拒絶の意思では無いことを噛み砕いて、愛の言葉を添えて何度も何度も説明をする。

毎回あれではマレウスのことも心配だしなにより私の体も持たない、と。

お願い怒らないで。マレウスがいないと生きていけない、と。

はあ、と溜息をつきながら言葉を漏らすと雷鳴がどんどん遠ざかる。閃光を何度も浴びてちかちかとする目を伏せるともう一度大きな手が私の頭を撫でる。

彼も並ぶように隣に腰かけると足もとに転がる魔法瓶をふわりと浮遊させ、感触でも楽しむかのようにゆっくりゆっくり圧をかけていく。ミシミシと音を立ててデザインのよいガラス瓶にヒビが刻まれる。表面にたくさんの細かい傷が入ったと思えばピシ、ピシ、とガラス瓶がまるで小さな悲鳴をあげながら砕けていく。

少しとろみのある柔らかなグリーンの魔法薬はカーペットに吸い込み消えていった。




「体が持たないのであれば、毎晩抱けば慣れるだろう」

「そうじゃなくてだね」

「何が不満だ?」




あんなに欲しがっておいて

心地のいい低い声が頭の中をこだまする。恍惚とした笑顔でささやかれると脳が痺れてしまったかのように上手く思考が出来なくなるのは何故なのか。

先程まで耳のすぐ隣で轟いていた雷鳴も徐々に遠ざかっていく。暗雲が晴れていきうっすらと見え始めた満月の光が徐々に室内を光で満たしていけば、心臓の動きがどくどくと力強いものへ変化し、滲む涙とともに瞳の色が徐々に変わるのを見れば随分満足そうに微笑む彼で視界がいっぱいになった。



今宵も満月が始まる。眠れない夜が来る。