18


『まだ間隔はあいてるけど、2時間前位から陣痛始まった』

仕事中、メールが届き慌てる。会社の者には予定日を伝えていたので、すぐに早退させて貰えた。
荒北は急いで家に帰り着替えると、いつでも行けるようにと既に荷造りされたバッグを持ち家を出た。

『今から向かう』
『まだまだ時間はたくさんあるから慌てなくて平気だから。気をつけてね!』

慌てるなと言われても、こんな時慌てない奴なんていねえだろと思いながら車に乗り込み名前のもとへと向かった。
いよいよかと思ったら、なぜか今まで過ごしてきた出来事を思い出した。

小さい頃、父親とのキャッチボールをきっかけに、野球にハマり、オレはプロになってこれで飯を食っていくんだと思っていたら、大事な腕を故障した。
絶望の中、あいつらに会って自転車にのめり込み、這い上がってきた。
大学では、高校でライバルだった奴と同じチームになり、あいつらに恥じないよう目一杯ペダルを回してた。
女関係は、嫌な思い出しかなかったが。
大学を卒業と共に、自転車は競技からは卒業し趣味程度にはなったが、オレはそれで十分だった。
就職して3年目。名前と出会って。女なんてと思ってたオレがまさかまた女と付き合うなんて。名前は、はっきりと物を言うし、たまに口も悪くなるし。いつの間にかとても大切な存在になっていた。大切過ぎて、嫉妬して情けない自分が怖くて逃げて。でも結局のところ忘れることも出来ない、かと言って謝ると事も出来ずにいた。オレってこんなに情けなかったのかと思った。
でも再び名前に会えて、もう二度と手放さないと誓った。情けない自分とはしっかり別れた、つもりだ。

これからは、名前と生まれてくる息子を幸せにするんだ。




陣痛の間隔が短くなったので、病院へ行くと連絡が来たのは、荒北が着く10分前の事だった。
病院へ着き受付で話していると、名前の義父に呼ばれ陣痛室へ向かった。
陣痛室前に行くと、ちょうど名前が分娩室へと移動するところだった。

「名前!」
「やす…と…。」

名前は看護師と母親に支えられてていたので、母親と交代し名前を支えた。

「まだまだじゃなかったのかヨ。」
「ははっ…。」
「名前さん、どんどん間隔が短くなってきてね。初産でこんなにスムーズにいくのも珍しいですよ。」

そう看護師に言われた。

「いた…痛い…んーーーー。」
「あと少しだから頑張って!まだいきんじゃダメよ!」
「名前!」

荒北は、名前の名前を呼ぶ事しか出来ない。

「お父さんは一緒でいいんですよね?」
「エッ、あっ、ハイ。」

分娩室へと入り、名前が分娩台へと横になる。

「あーついた。遠かった。」
「いや、となりの部屋だからァ!」
「もっと遠くに感じた。」
「今は平気なのか?」
「うん、今は平気。じゃない!きた!」

名前は痛みで顔を歪める。こういう時、父親はこうするといいと雑誌で読んだはずなのに、荒北の頭は真っ白だった。
助産師が入ってくると、確認の為ためこれからの流れを説明された。荒北はしっかりと話を聞き、名前も痛みで顔を歪めながらも必死に頷いていた。

「よし、じゃぁここにいるみんなで頑張ろう!」

そう言って、出産が始まった。
3回目のいきみで赤ちゃんの頭が出てきた。

「頭出てきたよー、名前さーん、力抜いてねー。」

それからすぐだった。

「ンギャー」
「元気な声だ!」

生まれた赤ちゃんがタオルに巻かれ、名前の胸元に置かれた。
名前は優しく抱きながら、何度も生まれた息子にありがとうと言っていた。荒北は、言葉にならなかった。

その後、少し出血が多かった名前は、病室には戻ってこれなかったが、翌日には戻ってきた。
面会時間になったと同時に荒北は名前の病室へと入った。

「はやっ!」
「っせ!」

元気そうな名前に荒北はほっとした。

「一応さっき説明聞いたけど、体は大丈夫なのかヨ?」
「うん、全然平気。」
「出産って命がけだって聞いてたけど、本当にそうだったんだな。」
「ははっ、本当にね。」

話していると、部屋をノックする音が聞こえドアが開いた。

「名前さーん、赤ちゃん連れてきましたよ。」

カラカラという音と共に、赤ちゃんを乗せたケースを引きながら看護師が入ってきた。
ひと通り説明を受け、無理はしないようにと言われ看護師は部屋から出て行った。

「靖友、大丈夫?」

荒北は、息子を見て固まっていたが、名前の呼びかけにに我に返った。

「おぉ。」
「可愛いね。」
「おぉ、目元が名前にそっくりだな。」
「そう?」

荒北は、人差し指で息子の手を優しく突いている。

「ねぇ、抱っこしてみたら?」
「エッ……でも寝てるみてェだしィ…。」
「怖いの?」
「ばっ、ちっげーヨ!」

名前はゆっくりと起き上がると、恐る恐る息子を抱っこした。

「ちょっと怖いね。」

そう言って、今まで見たことがないような顔で息子を見ている。あぁ、名前は母親になってるんだと荒北は思った。

「名前、オレぜってェーお前もコイツも幸せにすっから。」

そう荒北が言うと、名前は息子を荒北の腕にそっとのせた。荒北はなんとも不安そうな顔で、そしてぎこちない形で息子を抱っこしている。

「うん、ありがとう。私も靖友もこの子も幸せにするよ。みんなで世界一幸せになろうね。」

そう言って見せた名前笑顔に、荒北はなんだか涙が出そうになった。





fin





2020.10.16
monoGatari