08:音柱と焦燥



「こんにちはーー!!!」

今日も今日とて薬園で作業をしていると、似つかわしくない明るい大声が聞こえてきた。
この薬園に用事があるとは珍しい。

「はーい!何か御用ですかー??」

植え始めていた苗木を置き、立ち上がって軍手を外していると、薬園の入り口にいた人物と目がった。
あ、お会いしたのは初めてだけど、何度か見たことはある。音柱様だった。
慌てて軍手を外して音柱様の近くまで駆け寄った。

「初めまして!かな。君が名前ちゃん?」

「初めまして、音柱様。はい。私が名前ですが」

「おお。俺のこと知ってるんだな、なら話が早い。音柱の宇随天元だ」

よろしくと、音柱様は手を差し出した。
握手かなと、その手を握るとにっこりといい笑顔で微笑まれた。
え?音柱様がなんの用事だろうか。
どういったご用でしょう?と首をかしげると、今度は笑顔のままでガシリ肩を掴まれた。
そしてじーっと顔を見つめられる。

「お〜君が例の『妖精さん』かぁ」

「はいぃ?」

意味が分からな過ぎて声がのけぞった。
は!柱様に失礼だっただろうか。
困ったような顔で音柱様を見つめていると、くっくっと音柱様は笑い出した。

「へぇ〜なんか意外だったなぁ。」

「音柱様・・。仰っている意味が分からないのですが・・」

「いや、君がしなず―「名前っ!」

話の途中で名前を呼ばれ、反射的にそちらを振り向いた。
すんごい形相の実弥さんがいた。
走ってきたのか、肩で息をしている。

「あ、実弥さん・・」

突然の登場に驚いたものの、あ、会うの久しぶりだなぁとかのんきに考えていた。

「え、さね、みさんって呼んでるの・・?」

なぜか音柱様の声は震えている。
なぜなのかわからず私の頭の中ははてなでいっぱいだった。

「名前、もうしゃべるなァ!」

実弥さんのすごい殺気に押され、私は口をつぐんだ。
え。怖い。私、死ぬの。

「宇随ィ、どういうつもりだァ!」

殺気立ったまま、実弥さんが音柱様に問いかける。
今にもつかみかからんばかりだが、私ははらはらしつつ見守るしかない。

「この間の柱合会議の時に煉獄に聞いたんだよ。不死川がひいきにしてる女の子がいるって」

予想外だったから会いにきちゃった、と涼しげにいう音柱様。
対して、実弥さんはクソがァ!といいつつ、また青筋を立ててる。

「いや、でもこんなかわいい子だと思わなかったよ。不死川のこ―「そいつは他人だァ!」

実弥さんが大声で音柱様の言葉を遮った。
これには音柱様も驚いた様子だった。

「俺はそんなやつ知らねェ」

「え、でも今名前呼んで「知らねェったら知らねェ!!赤の他人だァ。今後、話かけんなよォ」

それだけ言い放って、実弥さんは怒りをまき散らしながら背を向けて振り返らずに帰っていく。

「・・・・素直じゃないな、あ―」

と、私の顔をみた音柱様がギョッした顔をして慌てだした。

「うわー、ごめん!そんなつもりじゃなかったんだけど」

「え」

慌てる音柱様をみて、私の目から涙があふれ出していることに気付いた。
ぽろぽろこぼれる涙はなかなか止まってくれない。
心配かけまいと下を向いて手で覆ってみたけど、涙は手の間からあふれ出した。

『赤の他人だァ。今後、話かけんなよォ』

先程の彼の声が頭の中でこだまする。

「・・・実弥さん」

届かないとわかっていて、彼の名前を小さくつぶやいた。

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あれからは仕事にならなかった。
音柱様には必死に謝られたけど。

「音柱様が謝ることないです。彼が言っていたことが真実ですから」

と、安心させようとにこりと微笑むと逆に苦い表情をされた。

「本当にごめん。この問題は俺がどうにかするから」

何が音柱様にとって問題なのかわからなかったけど。
どう解決するのかもよくわからなかったけど。
頭を下げる音柱様に、むしろ巻き込んでしまって申し訳ない気持ちが湧いてきた。

「気にしないでください。私も仕事があるのでこれで」

と話も早々に切り上げた。
泣いてしまった目が腫れていたので、水場で手拭いを濡らして目を冷やしつつ、その場に座りこんで天を仰いだ。

ちょっとは仲のいい友人くらいだと勝手に思っていたし。
一応、口づけ―だよね?もした気がするのだけど。
あれ?私の妄想だっけ。ちょっと自分の記憶力に自信がなくなってくる。
あんな風に言われてしまうと結構、辛い。
少し舞い上がっていた自分が馬鹿みたいだ。
もしくは風柱様になって、忙しすぎて私のこと忘れてしまったのかもしれない。

「はぁ・・・」

どちらにせよ、私の口からは重いため息しか出てこなかった。
まぁ、風柱様と知り合いになれてたほうが奇跡みたいなもんだったし。

―これで何もなかった頃に戻ったのだからよかったのかも。

また、元に戻っただけだもの。

暗い心の影を見ないようにして、私はそっと目を閉じた。


いや。無理だった。
もう、あの後は仕事にならなかった。
薬草は間違えて踏むし、添え木はおるし、水は一か所にやりすぎるし、散々だった。

「・・・もう今日は休もう」

何時もできるだけ作業したい私だが、自分の駄目さに嫌気が刺した。
明日は早く起きようと心に決めて、簡単に片づけをする。

「名前」

「!しのぶ様?どうされました。こんな時間に」

珍しくしのぶ様がいらっしゃった。
カナエ様が亡くなったと、聞いた後すぐに後を継いだのがしのぶ様だった。
私はその話を聞いてしばらく沈んでいたけど、しのぶ様はすぐに凛とした様子で仕事に臨んでいらっしゃった。
私は親、兄弟と深い繋がりがないけど、カナエ様としのぶ様が仲の良かった様子は知っている。
どんなに、打ちひしがれたことだろうと彼女のことを思うといたたまれない。
しのぶ様は何度もカナエ様と一緒に薬園に来られたこともあるし、植物の知識に関しても完璧だった。本当に尊敬すべき方だ。

秋も終盤となれば、空も漆黒に近づいている。
薬園の植物の状態を見ながら採取する彼女は、必ず昼間に来るのが通常だった。

「今日、宇随さんと不死川さんがここで喧嘩していたと聞いたので、気になって」

あ、やばい、もう噂になってる。
これは実弥さんにも音柱様にもよくないはず。

「ええっと。確かにいらっしゃいましたが、ケンカはしてません、よ?」

「そうなのですか?何やら大声で怒鳴りあっていたと聞きましたけど」

もう結構な噂になってるみたい。
心配そうに言うしのぶ様に私は笑ってみせた。

「心配おかけして申し訳ありません。でも本当に喧嘩なんてないんです」

「本当?ならあなたの目が腫れているのは何故?」

くっ、さすがは柱さま。鋭い。

「これは目に「ゴミが入ったなどとは言わせませんよ」

先に言われてしまったーーーー。

「たまには私にもあなたの心配をさせてくれないの」

そういわれて私はきゅっと口を結んだ。
私なんかに皆、優しい。

「うぅ」

またちょっと実弥さんに突き放された時のように心が痛んで涙が溢れそうになる。
そんな私をしのぶ様は優しく抱きしめてくれた。

「・・・とりあえず、今日はゆっくりしなさい。あとで、あの二人はぶっこ・・絞めておきますから」

やさしい声色と裏腹に恐ろしい言葉が聞こえた気がする。

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その日の夜。
早めに床に就いていた私は眠れずに、布団の中で時間を持て余していた。
なんだかんだ言って、実弥さんの言葉はずっと心に引っかかっていた。

「他人かぁ」

自分で言っておいてなんだが、ずんと心に重く来るものがある。
薬園で粂野さんと3人で過ごした日々は私の中ですごく大切な思い出だった。
それを否定されるのはさすがに辛い。

はぁと何度目かのため息をついたとき、コンコンと戸を叩く音が聞こえた。
え。こんな真夜中に?いや、気のせいかも。
すっと、布団をかぶりなおすと、再度叩く音が聞こえた。

『名前、起きてるかァ』

予想外の声に慌てて布団から飛び出し、ばっと戸を開けた。
突然戸があいたからか、驚いた顔の実弥さんがいた。

「さね・・・風柱様」

思わず名前を呼んでしまいそうになり、今日の昼のことを思い出して慌てて訂正した。
その様子を見て、実弥さんはすぐに罰の悪そうな顔になった。

少しの沈黙。

ふと彼の姿に目をやると隊服のままで、所々服は破け、血がにじんでいる。
今日は任務だったんだろうか。終わった後にそのままここに来たんだろうか。
痛々しい傷に顔をしかめる。
痛くないわけないのに。
そうやって命を削って任務をこなしてくれている彼らにはやっぱり感謝の念しかない。
そして役立たずな私のことが恨めしくなる。
また、両親に怒鳴りつけられている昔が思い出され、私は目をつぶった。


突然、実弥さんにぎゅっと抱きしめられた。
ふわりと漂う血の匂いと、実弥さんの香り。
突然のことに心臓は爆発しそうだし、意味がわからないし、私の頭は完全に混乱していた。

「か、風柱様!?」

「・・・実弥って呼べよ」

すがるような声に息が詰まる。

「・・・でも、」

私が躊躇すると、抱きしめる腕に力が増した。

「・・・昼間は悪かったァ」

急なことで焦ったんだよ、と彼は耳元でぼそりとこぼす。
実弥さんでも焦ることあるんだなぁ。
いつも、怒っている様子の彼からは想像がつかない。

「・・・私が、また、名前を、呼んでもいいですか?」

「名前には、呼んでほしい」

お願いされて、私の顔はこれでもかってほど真っ赤になった。
良かった、顔見られてなくて。

「さ、実弥さん」

「ん」

少しうれしそうな声色。
返事はあったけど、実弥さんは私の肩に顔をうずめたままでいる。
いつまでこの状態なんだろう。
私の心臓持つかな、音聞こえてないといいなと必死に耐える。
と、実弥さんに急に首筋を舐められた。

「んぁっ!!」

変な声が出た。
恥ずかしくて死にそうだし、腰が砕けそう。
慌てて、目の前の実弥さんにギュッと捕まる。
涙目になってばっと顔を上げれば嬉々とした彼の顔が映った。

「・・・あんまりこんな格好で夜中に出てくんじゃねぇぞォ」

格好とは寝間着のことだろうか。
普段は一応隊服で作業しているから実弥さんからしたら見慣れないのかもしれない。
じっと視線があっていた彼はすっと体を離した。

「遅くに悪かった。またなァ」

と私の頭を撫で彼は去って行く。
私の頭を撫でた手が名残惜しそうだったのは気のせいじゃない。
私が体中変な汗かいてるのは、気のせいだと思いたい。
真っ赤な顔を抱えこんで私はその場にへたり込んでしまった。



おまけーーーーーーーーーーーーーーーーー

「あれぇ?煉獄が遅刻?めずらしいな」

「宇髄!うむ。芋を大量にもらってな!食べていたら思ったより時間が過ぎていた!」

「もうそんな季節か」

「うむ!今年の芋も出来が良い!名前のおかげだな!そして、名前が不死川の恋人だったことに驚いた!」

「へぇー・・・ってちょっと待て!!どこから突っ込むべき!?名前って誰!?不死川、恋人いたの!?」

「毎年芋を届けてくれる胡蝶の薬園の子だ!」

「え?不死川の恋人なの!?」

「わからん!!だが不死川はまんざらでもなかった!!!」

「どんな子?」

「妖精みたいでかわいらしい子だ!」

「よ、妖精・・・??それはよくわからんが、これは会いに行くしかねーな!」



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